なぜ人気女優は“ドイツ”の雑誌を読んでいたのか【田中絹代】
女優が雑誌を読んでいる写真を見たら、“映画雑誌かファッション誌だろうなあ”と、なんとなく予想してしまいます。
しかし、戦中の「国策写真」は違いました。
人気女優・田中絹代が眺めていたのは、意外なようですが「ドイツの週刊グラフ誌」(『示威と宣揚 戦中の国策写真 1』より)
「何気ないスナップショットと思われる一葉も、周到な準備の上に撮影された」とのことなので、この写真もいろいろ計算されているのでしょう。

▽ページ全体はこんな感じ。田中絹代のほか、大島浩(駐独大使)や大政翼賛会の展示物などもあって、まさに「国策写真」。
田中絹代は革手袋のまま雑誌を読んでいますね。

雑誌の表紙を拡大してみた
田中絹代が手にしているドイツの週刊グラフ誌『DIE WOCHE』とは、一体どんなノリの雑誌なのだろう?
気になったので、上記の写真を拡大し、ドイツ歴史博物館が運営しているオンライン・ポータルサイトLEMOで確認してみました。どうやらこれは1940年の『DIE WOCHE』で「ムッソリーニのドイツ公式訪問」特集らしい。
▽田中絹代の手もとを拡大したところ

▽1940年10月9日"Die Woche"。これが、田中絹代の写真と一致します。(もとからカラーです)

▽ちなみに同じ雑誌の別の号(1939)はこんな感じ。ドイツ歴史博物館が運営しているオンライン・ポータルサイトLEMOより

▽しかしなぜ、田中絹代が、ドイツの雑誌を読んでいたのしょう?時代背景がうかがえる画像がこちら。新潮社『日の出』(1938/昭和13)2月に掲載されていた「日独伊防共をどり」です。「意気は伊太利、気概は獨逸、正義日本の三ツ巴(ともえ)」という歌詞がすごい。

▽さらに、国旗の掲げ方のマナーもこんな調子でした。中央公論社『婦人公論』(1938/昭和13)4月号より。
「外国旗などと交叉する場合は我が国旗を内側にし、門外から見て旗が右になるように掲げます。」

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以上、田中絹代がドイツの雑誌を読んでいる(というテイの)国策写真を紹介しました。
その写真からわずか8年後。焦土と化した日本で、田中絹代は《仕方なく売春する主婦》を演じています。小津安二郎『風の中の牝雞』──子供は病気、夫は戦地から戻ってこない──をアマプラでぜひ。
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