見出し画像

「やめてもいいよ」の先にあった、娘の「やりたい!」

「いいの?」
そう言って、長女は私の顔を見た。

「うん。やめてもいいよ」
そう答えると、娘の表情がふっとゆるんだ。

それから7か月後。

娘は自分から言った。
「コスモ、やる!」

あの時、やめて本当によかった。

今では、自分で選んだ習い事を楽しそうに続けている娘。

けれど当時の私は、「やめる」という選択を、後退だと思っていた。


娘が3歳で幼稚園に入園した春。
私は同じタイミングで、子どもだけで参加する体操教室にも申し込んだ。

「3歳から始めるといいらしい」
「リズムがつかめていいだろう」
「周りの子も始めている」

そんな理由だった。

ところが、幼稚園が始まると状況は想像と全く違っていた。

娘は毎日のように泣いていた。
「お母さんといたい」
「帰りのバスで涙が出ちゃった」

私は、
「そのうち慣れる」
「甘えさせすぎちゃいけない」
そう思いながら、必死で背中を押していた。

それでも、同時期に始めた体操教室は順調だった。

受付では、元気に名前を言い、私からもサッと離れて、
一番先頭で先生の話を聞いて、体を動かしている。

終わると、
「もう終わり?」
「今度は、いつ?」
と楽しみにしている言葉を聞いては、安心していた。

だから、あの日の出来事には、正直驚いた。
レッスン中、まだ小さかった次女のおむつ替えのために、数分だけ席を外した。

戻ると、娘の姿が見当たらない。

探すと、アリーナの端で先生のそばに座り、大泣きしていた。
「どうしたの?」

そう聞くと娘は、
「お母さんが、いなくなっちゃったと思った……」
と泣きながら言った。

その日を境に、
「行きたくない」
「お母さんがそばにいないと不安」
と言うようになった。

私は、娘の言葉を聞きつつも、ここで、「やめる」という選択肢を出してはいけないと思い、
「とりあえず行ってみよう」
「行ったら楽しいかもしれないよ」
と言うことで、自分にも娘にも言い聞かせていた。

でも、本当は心のどこかで分かっていた。

娘は頑張っている。
このまま続けるのは、難しいかもしれない。

それでも、
「続けることが正しいこと」
と思い込もうと、言葉には出さずにいた。

4月の終わり。
熱を出して眠る娘を見ながら、ふと思った。

”体操って、今じゃなきゃいけないのだろうか。”
”幼稚園だけでも精いっぱい頑張っているのに、私はさらに何を頑張らせようとしているんだろう。”
”家庭で一緒に過ごせる時期なんて、ほんのわずかしかないのに。”
”そんなに急いで、手を離さなくてもいいのではないか。”

そう思って、私は覚悟を決めた。
「体操、やめる?」

娘は少し驚いた顔で私を見た。

「いいの?」

「うん。幼稚園に行っているだけで、凄いと思う!
体操教室は、またやりたくなったら探せばいいし。」

そう言った瞬間、娘の顔がぱっと明るくなった。

その表情を見た時、気づいた。

ああ。
私は娘に無理をさせていたんだな、と。

幼稚園だけでも精いっぱい頑張っているのに、
私は「続けること」の方を大事にしていた。

本当は分かっていた。

娘が弱いのではない。
今は「まだ、その時期ではない」
ただ、それだけ。

急ぐ必要はない。
家庭で充分に気持ちを満たしてから、
娘自身が「やりたい」と思う時を待てばいいのだと思った。


手続きの関係で1ヵ月後の退会となったが、約2ヵ月の教室を経て、私たちは体操をやめた。

幼稚園生活一本になった娘は、少しずつ笑顔を取り戻していった。

バス停の友だちと遊ぶようになり、私から離れて過ごす時間も増えていった。

夏休みが終わり、2学期になると、また少し泣いて登園する日々が始まった。
「帰りのバスが長くて不安なの」と言う娘に、
「じゃあ、帰りだけお迎えにする?」と提案すると、
娘は「いいの?」と少し安心した顔を見せた。

初めてのお迎えの日。
私は笑顔で待っているものと思って迎えに行った。

……のに、娘の目には涙が浮かんでいた。

「どうしたの?」と聞くと、
「お母さんが、来ないかもしれないと思って、不安だった」と。

涙が乾いた頬、うるんだ瞳を見つめながら、私は言った。
「お母さん、ちゃんとお迎えに来たよ」
そう言って、ギュッと抱きしめた。

そうやって、少しずつ、少しずつ“安心”を積み重ね、
やがて娘は、帰りのバスにも一人で乗れるようになった。

その後も運動会や発表会を経て、幼稚園を楽しみにする姿も見られるようになり、心も安定していった。


冬休みが明け、「幼稚園に行く」ことが当たり前になりつつあった3学期のある朝。

風邪でお休みしていた娘が、突然言った。
「わたし、コスモ(体操教室)やろうか迷ってるんだよ〜」

そう言った次の瞬間、
「コスモ、やる!」と宣言した。

さらに、「お母さん、来なくていいよ!」とも。

思わず聞き返してしまった。
「ほんとに? やるってことでいいの?」

「うん! 早く連絡して!」

翌日には、お友だちに「わたし、コスモ行くんだ!」とうれしそうに話す姿があった。

もう、そこには何の迷いもなかった。

コスモ体験日。
娘は、私からサッと離れ、先生の元へ走っていった。
振り返ることもなく、笑顔で体を動かしている。

その姿を見ながら、私の目からは涙が溢れた。

7ヵ月前、「お母さんがいないとできない」と不安で泣いていた娘。

あの頃の娘が、じっくりと安心を積み重ね、自分の意志で走り出したのだ。

その瞬間に立ち会えたことが、たまらなく嬉しかった――。

けれど、それ以上に、
あの7ヵ月は、私たちには、ちゃんと必要な時間だった。

娘が遅れていたわけでも、弱かったわけでもない。
ただ、その準備がまだ途中にあっただけ。

振り返れば、娘は何度も私に聞いていた。

いいの?

そして私は、そのたびに

いいよ

と答えてきた。

その安心感の積み重ねの先にあったのが、
あの力強い「やる!」だった。

#子育てエッセイ

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集