離職率60%の特養を4年間で「日本一の職場」に変えた二代目社長の話 第11話 黒い三連星、出動す
「できた」
思わず声が出た。
夜中の2時。
小会議室。
モンスターエナジードリンクのパイプラインパンチの空き缶が3本、机の上に転がっている。
1日18時間、14日間。総時間252時間。
春山さんが53時間起き続けて倒れかけ、
「終電までには帰ること」というルールが生まれ、それでもまだ終わらず、、、。
そんな修羅場の末に、仮説検証シートは完成した。
ぼくはひとりで、静かにガッツポーズをした。
そのとき、
「まあ、これなら何とかいいでしょう」
西が画面を覗き込んで、ぼそっと言った。
…いたんかい。
「西さん、いましたか」
「いましたよ。ずっと」
「気づかなかったです」
「知ってます」
あいかわらず、何なんだ、この人は。
でも不思議と、腹は立たなかった。
あれだけ頭を掻きむしられて、革靴でカツカツ歩き回られて、それでも最後まで付き合ってくれていたのだ。
西の「何とかいい」は、
たぶん他の人の「すごい!」より重い。
そう思うことにした。
「では、これが合っているか確かめないといけません。高坂さん、プロジェクトメンバーを集めてください」
「何をするんですか?」
「仮説検証ですよ」
「それは知ってますけど、具体的に何を」
「何を言ってるんですか。これからが本番ですよ」
…本番、まだ来てなかったんかい。
業務が終わる20時。
各店舗からプロジェクトメンバーが集まってきた。
疲れた顔。眠そうな目。
でも全員来た。
ぼくは説明した。
なぜ仮説検証をするのか。
シートの中身。
現場でのクロッキングのやり方と記録方法。
「期間は2週間です」
シーン。
「…わかりました」
誰かがぽつりと言った。
みんな、いい人たちだ。
説明会の3日後から、クロッキング部隊が動き出した。
左手にストップウォッチ。
脇にバインダー。
肩に「調査中」の腕章。
そして全員、黒のスーツ。
黒い三連星、出動。
店舗の前に黒服の一団がズラリと並ぶ。
その瞬間、入ってきたお客さんが固まった。
「…あの」
「いらっしゃいませ」
「……なんで、みんな黒いの」
「調査中です」
「え、何の」
「業務改善です」
「……帰っていいですか」
「処方箋、お持ちじゃないですか?」
「持ってるけど……なんか怖い」
申し訳ない。本当に申し訳ない。
でもこれは業務だ。
カチ。
ストップウォッチを押す。調査開始。
クロッキングとは何かを説明する。
お客さんが処方箋を持ってきてから、薬を受け取って帰るまでの全工程を、一つひとつ分解して時間を計ること。
①処方箋を受付 カチ
②レセコンに入力 カチ
③薬剤師が確認して調剤開始 カチ
④調剤完了 カチ
⑤監査者へ渡す カチ
⑥監査(処方内容・薬歴との照合確認) カチ
⑦服薬指導 カチ
文字にすると7工程。
でも実際は、そんなにシンプルじゃない。
処方箋の中身は毎回違う。
錠剤、軟膏、粉薬、水薬。チューブタイプか、ボトルから小分けするタイプか。
パッケージから出すだけか、分包機で一から作るものか。
皮膚科なら軟膏を混ぜる。
小児科なら粉薬を混ぜる。
大学病院前なら13種類の薬を一包化する。
薬が足りなければ近隣に買いに走る。
処方箋の内容が間違っていれば医師に電話して修正を依頼する。
そしてドラッグ併設店では、調剤中に薬剤師が突然フロアに呼ばれて駆け出すことがある。
俗に言う「ロキソニンダッシュ」だ。(諸説あり)
走る薬剤師を見ながら、ぼくはストップウォッチを止めた。
…これ、どこで押せばいいんだ。
西がいたら頭を掻きむしっていたと思う。
そんなこんなで1週間。
集まった処方箋の総枚数、8,400枚。
この8,400枚を集計して、分析する。
処方箋の入力時間平均45秒。
錠剤一種類の調剤時間30秒。五種類なら2分。
粉薬、水薬、軟膏、一包化、それぞれの工程ごとに平均値を出す。
その平均値に、1時間ごとの処方箋枚数をかけていく。
朝の閑散時は何人必要か。
昼のピーク時は何人必要か。
薬剤師は何人で、調剤事務は何人か。
全部、数字で出す。
全部、根拠を持たせる。
あの地獄のExcel特訓が、ここで初めて活きた。
インデックスマッチ、回帰分析。
怒鳴られながら覚えたあの関数たちが、8,400枚のデータを整然と並べていく。
西さん、使えてますよ。
言えないけど。
そうして、人時プロジェクトシフトが完成した。
ぼくは西に報告した。
「できました」
「見せてください」
西が画面をじっと見る。10秒。20秒。30秒。
「…まあ、悪くはないでしょう」
前回より、少し上がった気がした。
でも、すぐに気づいた。
このシフトは、今まで「ピーク時も閑散時も同じ人員」で動いてきた現場を、根本から変えるものだ。
現場は、必ず反発する。
「西さん、現場、揉めますよね」
「揉めるでしょうね」
「どうするんですか」
「やるんですよ」
「…そうですね」
革靴の音が、また遠くで聞こえた気がした。
次回、人時プロジェクトシフト、実証検証の巻。
はたして、現場は動くのか——。
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