担任の先生に「卒業出来ないよ」と言われた高校時代の話
「このままじゃ卒業させてあげられない」
高校2年生の夏休み前、担任の先生に呼ばれて、そう言われました。
そろそろ言われるだろうなと僕も思っていました。
僕は小学校4年生から中学校3年生まで、ほとんど学校に行っていませんでした。
原因は、起立性調節障害でした。朝起きることができなかったり、体の強い倦怠感やめまい、頭痛があったりして、学校に行きたいと思っていても体がついてきませんでした。
高校は全日制の私立高校を選びました。家から徒歩5分くらいのところにある学校です。
起立性調節障害で朝起きることができない僕にとって、家から近いというのはかなり大事でした。電車に乗らなくてもいいし、最悪ギリギリまで家にいられる。
高校生になったら、今度こそちゃんと学校に行こうと思っていました。
環境も変わるし、中学校までの自分とは違う自分になれるんじゃないかと、本気で思っていたんです。
実際、高校1年生の一学期は、ほとんど欠席せずに通うことができました。
自分でも驚きました。
普通に朝起きて、制服を着て、学校に行く。それまでの僕にはできなかったことができていたので、「もう大丈夫かもしれない」と思っていました。
ただ、二学期くらいから少しずつ休む日が増えていきました。
最初は一日だけだったのが、二日になり、また学校に行って、数日後には休む。そんな感じだったと思います。
三学期にはさらに欠席が増えて、高校2年生の一学期になると、学校に行った日より休んだ日のほうが多くなっていました。
高校生になって何かが劇的に変わったわけではなく、結局、体調も生活も中学生の頃に少しずつ戻っていきました。
「このままではまずい」とは、ずっと思っていました。
私立高校だから絶対に卒業させてもらえる、なんてことはもちろんありません。欠席が増えれば単位を落とすし、単位を落とせば進級できない。留年や退学という言葉も、だんだん現実味を持って頭に浮かぶようになりました。
でも、分かっているから学校に行けるわけではありませんでした。
そこが一番しんどかったです。
行かないと卒業できない。親にも迷惑をかける。また中学生の頃と同じになる。
全部分かっているのに、朝になると起き上がれない。
自分でもどうしたらいいのか分からないまま、夏休み前になりました。
そして担任の先生に呼ばれて、直接言われました。
「このままじゃ卒業させてあげられない」
覚悟していた言葉ではありました。
それでも実際に先生の口から聞くと、かなりきつかったです。
高校生になったら自分を変えるつもりだったのに、結局何も変わっていない。むしろ、最初だけ頑張って、また元に戻っただけなんじゃないか。
自分に呆れました。
悲しかったというより、もう少しぐちゃぐちゃした感じだったと思います。情けなさもあったし、先生や親に申し訳ない気持ちもあったし、「やっぱり僕には無理なんかな」とも思いました。
ただ、担任の先生は「卒業できないかもしれない」と伝えて終わりではありませんでした。
そこから、卒業するための作戦会議を一緒にしてくれました。
教科ごとに、あと何時間休んだら単位を落としてしまうのか。全部の授業に完璧に出るのが難しいなら、どの授業には絶対に出ないといけないのか。
出席日数を一緒に数えて、ギリギリでも単位を取れるように、ある意味では計画的に休む方法を考えてくれました。
今考えると、「学校を休まない方法」ではなく、「休むことも前提にして卒業する方法」を考えてくれたのが大きかったと思います。
数時間だけ足りない教科が出てきた場合は、夏休みや冬休みに学校へ行き、補習を受けることで単位を認めてもらえる可能性があることも教えてくれました。
朝から一日学校にいることが難しければ、遅刻してもいい。途中で体調が悪くなったら、早退してもいい。
僕の高校では、保健室で休めるのは一人一日一時間までというルールがありました。一時間以上休む場合は帰宅しなければならなかったのですが、その一時間を使って体調を立て直すこともできる。
必要なら別室登校の許可も出せると言ってくれました。
正直、急に学校へ毎日行けるようになったわけではありません。
先生と話した次の日から皆勤になりました、みたいな話でもないです。
その後も普通に休みました。朝起きられない日もあったし、学校に行ったものの途中で帰った日もあります。
ただ、それまでは休むたびに「もう卒業できないかもしれない」と漠然と不安になっていたのが、先生と話してからは少し変わりました。
あと何時間なら休める。今日はこの授業だけは出たほうがいい。ここを乗り越えれば、補習でなんとかなるかもしれない。
卒業までの道が、ほんの少しだけ見えるようになりました。
その後、僕はなんとか高校3年生に進級し、卒業することができました。
本当に、なんとかです。
卒業式の日も、「自分は高校生活をやり切った」という感覚より、「ほんまに卒業できたんや」という驚きのほうが大きかった気がします。
今は大学4年生になり、また卒業が近づいています。
大学まで来ることができたから、高校時代の自分の頑張りがすべてだった、と言いたいところですが、正直それは違います。
僕が高校を卒業できたのは、かなり運が良かったと思っています。
高校1年生から3年生まで、三人の担任の先生が全員いい先生でした。
学校に来ない僕を面倒な生徒として切り捨てず、その時にできる方法を一緒に考えてくれました。怒るだけでもなく、無理に励ますだけでもなく、卒業という現実的な目標に向けて動いてくれました。
コロナ禍だったことも大きかったです。
高校1年生の最初の頃は、私立高校だったこともあり、学校から配布されたパソコンを使ったリモート授業が中心でした。
もし毎日朝から学校に通う必要があったら、一学期の時点で欠席が増えていたかもしれません。
先生にも環境にも助けられました。
だから、「諦めなければ絶対に卒業できる」と簡単に言うつもりはありません。学校によってルールも違うし、体調や家庭の状況も人それぞれです。
頑張っても難しいことはあります。
ただ、毎日普通に学校へ行くことができなくても、卒業するための道が完全になくなったとは限りません。
遅刻でもいい。早退でもいい。別室でも、補習でもいい。
本人だけではどうにもならないなら、大人に頼っていいと思います。
僕の場合は、担任の先生が「学校に来い」と言うだけではなく、来られない僕のままでどうすれば卒業できるのかを考えてくれました。
あの時、先生から「このままじゃ卒業させてあげられない」と言われたことは、今でも覚えています。
でも、その後に一緒に考えてくれた時間のほうが、たぶん僕にとっては大事でした。
卒業できないかもしれなかった僕は、周りの人にかなり助けてもらいながら高校を卒業し、今は大学の卒業を迎えようとしています。
自分一人の力でここまで来たとは、全然思いません。
それでも、途中で完全に諦めなくてよかったとは思っています。
