春は、戻らない
公園を一人で歩いていた。
肌にあたる空気は、まだ少し冷たい。
けれど、その冷たさは冬のものとはもう違っていた。
頬を縮めるような冷たさではなく、冬の冷たさが少しずつほどけていく途中のような空気だった。
今日は天気がよくて、小川の水が光を反射していた。
水面はきらきらと揺れていて、その上をカモが静かに流れていく。
足を止める。
土のあいだから、つくしが何本も顔を出していた。
少し前まで、何もなかったはずなのに、いつの間にか、そこにいくつも立っている。
春になると、足元を見る時間が増える。
空の明るさより先に、地面の変化が気になる。
冬のあいだは見えていなかったものが、春になると急に目に入ってくる。
暖かくなってきたせいか、肩の力も抜けていた。
歩く足取りも軽い。
景色がほどけていくのに合わせるみたいに、自分の身体も少しずつゆるんでいく。
そうやって歩きながら、季節はちゃんと戻ってくるのだなと思った。
寒い季節があり、あたたかい季節が来る。
小川は流れ、植物はまた芽を出す。
そうやって世界は巡っているように見える。
でも、本当は同じではない。
去年と同じように春が来たようでいて、去年の春ではない。
流れている水も、土の中にいたものも、それを見ている私も、もう前と同じ場所にはいない。
循環とは、同じ場所に戻ることではない。
戻れなくなったものたちが、それでもまた別の形であらわれてくることだ。
つくしを見ていると、始まりの見え方も少し変わる。
何もないところに突然、新しいものが生まれるわけではない。
寒さの中をじっとくぐり抜けてきたものが、ようやく姿を見せる。
春とは、そういう季節なのだと思う。
小川は今日も流れている。
足元では、つくしが静かに土を押し上げている。
世界は巡っている。
けれど、ただ元に戻っているわけではない。
私は、戻れない場所をいくつも重ねながら、生きているのだろう。
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