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最大の効率化は、業務を『なくす』こと——「できない理由」で止まる会議の壊し方

数年前、私のいたチームは、静かに溺れていた。

時短勤務のメンバーが多い部署だった。子どもの迎えがある人、介護を抱える人、それぞれの事情で、一日に使える時間が最初から決まっている。なのに、仕事だけは減らない。前任者から引き継いだ処理、毎月の定例、誰かのための集計。みんな、限られた時間の中で、必死に速く回そうとしていた。マニュアルを整え、手順を覚え、ショートカットを覚え。

私は良かれと思って、その努力を後押ししていた。もっと効率よく、もっと速く。——今思うと、いちばん残酷なことをしていた。すでに溺れかけている人に、「もっと上手に泳げ」と言っていたのだ。

「速くしろ」と言い続けて、何も変わらなかった

業務改善の会議は、いつも同じ景色だった。

「この作業、もっと効率化できないか」。誰かがそう言う。返ってくるのは、決まって「できない理由」だ。「前任から引き継いだ業務なので」「他部門との兼ね合いがあるので」「昔からこうなので」。どれももっともらしくて、反論しづらい。気づけば会議は「なぜできないか」の説明会になり、何も決まらないまま時間だけが過ぎる。

私はしばらく、この空気を人のせいにしていた。当事者意識が足りない、と。でも、違った。悪いのは、私の問いの立て方だった。「どう効率化するか」という問いには、こっそり前提が仕込まれている。「この業務は続ける」という前提だ。続けることが決まっている仕事について制約を並べるのは、誰にとっても簡単だ。だから「できない理由」しか出てこない。当たり前だったのだ。国や業種が違っても、続けることを前提に置いた会議は、たいてい同じ景色になる。

問いを、逆さまにした

あるとき、私は問いを丸ごとひっくり返した。「どう速くするか」ではなく、「そもそも、これは要るのか」と。

言葉にすれば単純だが、口にするには少し勇気がいる。自分たちが何年も続けてきた仕事を「要らないのでは」と言うのは、過去の自分を否定するようで、居心地が悪い。でも、そこを越えた瞬間に、景色が変わった。

最大の効率化は、速くすることではない。なくすことだ。 速くする工夫には限界がある。どんなに磨いても、ゼロにはならない。でも、なくしてしまえば工数はゼロだ。マニュアルの更新も、引き継ぎも、二度と要らない。時代が変われば、役割を終える業務は必ず生まれる。誰も読まない報告。惰性で続く連絡。使われないまま溜まっていくデータ。それらは「改善」の対象ではなく、「廃止」の候補だ。磨くべきは、残すと決めたものだけでいい。

業務改善の世界には「ECRS」という古い原則がある。Eliminate(排除)、Combine(結合)、Rearrange(再配置)、Simplify(簡素化)。この順に検討せよ、という教えだ。肝は、排除がいちばん最初に来ること。手間もコストもかからず、効果が最大だからだ。なのに実際に手を動かす現場は、たいていいちばん最後のS(簡素化)から入る。「どう簡単にするか」を考え始めてしまう。順番を、丸ごと飛ばしている。私もそうだった。

「改善しろ」をやめて、「要るか要らないか、決めて」に変えた

もうひとつ、効いたことがある。問いを投げる"向き"を変えたのだ。

私はメンバーに、こう頼むのをやめた——「この業務を改善して」。代わりに、こう言った。「この業務、続けるべきか、やめるべきか。あなたの目で判断して、部課長に提案してみて」。

不思議なことが起きた。「できない理由」を並べていた同じ人から、「これは、もう要らないかもしれません」という言葉が出はじめたのだ。人は「改善しろ」と命じられると守りに入る。でも「要否を判断してほしい」と任されると、当事者として考え出す。命令は人を受け身にし、問いは人を主役にする。受け身だったメンバーが、自分の仕事を自分で仕分けし、上に提案しにいく——その変化を、私は何度も目にした。

いちばん深い膿を、出してくれた人がいた

この問いかけが、思わぬ副産物を生んだ。

あるメンバーが、長年みんなが見て見ぬふりをしてきた業務——決裁の回り方の、どうにも非効率なプロセス——を、正面から「これはおかしい」と言語化してくれたのだ。誰もが薄々気づいていて、誰も触れなかった膿だった。それが表に出た瞬間、部署としてようやく、そのプロセスにメスを入れる話が動き出した。

私が学んだのは、こういうことだ。改革は、正しい分析からではなく、正しい問いから始まる。 「どう速くするか」を問うている限り、膿は膿のまま残る。「これは要るのか」と問うて初めて、誰かがそれを口に出せるようになる。

ただし——「なくす」は、勢いで決めてはいけない

最後に、大事なブレーキの話をしておきたい。

「この連絡、要らないよね」と勢いでなくしたら、実はそれが別の重要なプロセスを静かに支えていた——そういう事故は、本当に起きる。表面の作業だけを見て切ると、思わぬところで血が噴き出す。

だから「なくせるか」を決める前に、一つだけ掘る。「この業務は、そもそも"なぜ"存在しているのか」。数回「なぜ」を繰り返すと、表向きの理由の下から、本当の理由が顔を出す。その真因が「もう存在しない事情」なら、安心してなくせる。真因がまだ生きているなら、なくすのではなく、形を変える。この一手間が、乱暴な廃止と、賢い廃止を分ける。

溺れているチームに、まず必要だったのは

あのとき、時間に追われるチームに本当に必要だったのは、速く泳ぐ技術ではなかった。泳ぐのをやめていい場所を、一緒に見つけることだった。

あなたの組織にも、惰性で続いている業務が、きっと一つはある。誰も要否を口に出せないまま、静かに時間を食っている仕事が。まずはそれを、「もっと効率化できないか」ではなく、たった一言、「これ、なくせないか」と問うてみてほしい。会議の景色が変わるのは、その一言からだ。


なくせるかどうかは、結局「その業務がなぜ在るのか」という真因が見えないと決められません。でも、この"なぜ"を一人で掘ると、人はどうしても自分が納得したい方向に掘ってしまう。「なぜを5回」繰り返しても、同じ角度から5回掘るだけ、ということが起こります。

有料記事では、この真因掘りをAIに手伝わせる方法を、実際の失敗から書きました。私が失注の分析をAIに丸投げして「どこかで見た一般論」しか返らずがっかりした話から始めて、頼み方を変えるうちに掴んだ三つの勘所(役割・課題の数・なぜの回数)、真因を一点に収束させる回し方、そのままコピーして使えるプロンプトまで。業務のなくす判断にも、失注分析にも効く手順です。

[有料記事]「AIと『なぜなぜ』で真因にたどり着く——業務改革・失注分析の実践手順」

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