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デイサービスでの、今日の会話③|「昨日は誰も来てくれへんかった」

いつもは明るい独居の女性利用者さん。
今日デイサービスに来られた時、少し元気がない様子でした。


「どうしたんですか、今日はいつもより元気ないですね」

「昨日は誰も来てくれへんかったわ」

「誰か来る予定やったんですか?」

「うん、娘が来るはずやったんやけどな。仕事が忙しいみたいで。電話はしっかりとしたんやけどな」

「そうやったんですね。声聞けても、会えへんのはやっぱり寂しいですよね」

「寂しいなんて言うたら、娘に迷惑かけるみたいで嫌なんやけどな。でも、まあ、ちょっとだけ寂しかったかもな」

「そう思うのは、全然おかしないですよ」

「先生もそう思う?」

「もちろん。楽しみにしてた分だけ、寂しさも大きくなりますよね」

「うちの子、忙しいのは分かってるんよ。それでも、来てくれるって思って、朝から楽しみにしてたのに」

「楽しみにしてはったんですね」

「そうよ。まあでも、先生に会えたから、まあいいけどな」


そう言って、少し笑ってくれました。


この「先生に会えたから、まあいいけどな」という言葉。

もちろん嬉しいのですが、私はまだうまく受け止めきれていません。

会いたい人を待つ時間は、それ自体が特別なものなのだと思います。

この方は昨日、朝からずっとその時間を過ごしていました。

お仕事が忙しい中、電話の向こうで、娘さんもきっと、行けなかった心残りを感じていたんだろうなと思います。

待っていた時間の分だけ生まれた寂しさは、今日私がどれだけ関わっても、なかったことにはできません。

娘さんの代わりは、私には務まらないのです。

それでも、「先生に会えたから、まあいいけどな」という一言には、昨日の寂しさが、今日という日で少しだけ和らいだような響きがありました。

昨日をやり直すことはできなくても、今日という日が、その寂しさに寄り添う時間にはなれたのかもしれません。

デイサービスという場所は、生活を支える場であると同時に、誰かと過ごす時間そのものでもあるのだと思います。

今日の会話は、そのことを改めて感じさせてくれました。

お読みいただき、ありがとうございました。


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