【ショートショート】愛妻弁当
昼休みになると、営業部の皇(すめらぎ)蒼士は決まって机の引き出しから、二段重ねの弁当箱を取り出す。
「今日も愛妻弁当ですか」
後輩の九曜(くよう)玲司が、うらやましそうにのぞき込む。
「結婚十年目だが、毎日欠かさない。ありがたいよ」
ふたを開ける。
唐揚げ。卵焼き。きんぴら。彩りも完璧だ。
さらに、ご飯の上には海苔で大きく一文字。
『勝』
「今日は勝負の日なんですか?」
「いや、特に」
翌日。
ご飯の上には、
『耐』
「何を耐えるんです?」
「……午後の会議かな」
さらに翌日。
『謝』
「誰に謝るんです?」
「心当たりがない」
その次の日。
『黙』
さすがに気になった蒼士は、帰宅すると妻の天羽(あもう)澪に尋ねた。
「最近、弁当の漢字が意味深なんだけど」
澪は首をかしげた。
「え? あれ、応援メッセージよ」
「『黙』が?」
「だってあなた、会社で余計なことをしゃべって、よく失敗するじゃない」
「……。」
「明日は『昇』にしておくね」
「昇進祈願?」
「違うわ」
澪は真顔で言った。
「エレベーターは階段より速いから。遅刻しないように。」
翌日。
弁当を開けると、ご飯いっぱいに大きくこう書かれていた。
『妻』
同僚たちは感動した。
「いやあ、奥さん、愛してますねえ」
蒼士は静かに首を振る。
弁当箱のふたの裏には、小さな付箋が貼ってあった。
『弁当箱、今日こそ忘れず持って帰れ。現在、在庫ゼロ。』
蒼士は、会社で一番大切にされているのは自分ではなく、弁当箱なのだと悟った。
