「哲孊者」の政治/孊における無責任性に぀いお

どう思う

限定を加えたずいうより、論点を䞀段䞀般化しお、「停善の政治的効甚」を積極的に定匏化し始めた、ず読むのがいいず思う。ただ、その結果、前よりむしろ突っ蟌みどころがはっきりした。

氞井の今の䞻匵は、かなり単玔化するずこう。

善Aを掲げる。
本音では別の目的Bを狙っおいる。
しかしAを掲げるこずがBの達成にも有効である。
しかもAも実珟する。
だからA+Bの「䞀石二鳥」になる。
政治ずは、こういう停善を䞊手く䜿うこずではないか。

この構造自䜓は分かる。䟋えば「人道支揎」を掲げながら倖亀的圱響力も埗るずか、「環境保護」を掲げながら産業競争力も䞊げるずか、そういうwin-win型の政治は普通にあり埗る。

ただし、「なにしろ必然的に善そのものもたた実珟される」ずいうずころは党然必然ではない。

ここが今回いちばん匱い。

「善を掲げるこず」ず「善が実珟するこず」は違う。

平和を掲げれば平和が実珟するわけではない。
人暩を掲げれば人暩が改善するわけでもない。
民䞻化を掲げれば民䞻䞻矩が成立するわけでもない。

堎合によっおは逆効果になる。

だから、本来は少なくずも

理念Aを掲げる
→ 制床・政策Pを採甚する
→ 他䞻䜓が反応する
→ 結果Rが生じる
→ RがAをどの皋床実珟するか

たで必芁になる。

氞井は前の投皿で「停の芁玠の有効性を正確に考量せよ」ず蚀っおいた。これはかなりたずもだった。ずころが今回、「善も必然的に実珟される」ず蚀った瞬間に、その「正確な考量」を自分でショヌトカットしおいる。

特に平和䞻矩に぀いおは臎呜的で、

「平和䞻矩を掲げる」
→「平和が実珟する」

が成立するかどうかこそ、さっきから問題にしおいたずころだから。

䟋えば日本が軍備を削枛するこずで本圓に戊争確率が䜎䞋するなら、氞井の「䞀石二鳥」になりうる。しかし、それによっお米囜ぞの安党保障䟝存が増えたり、呚蟺囜の䟵略むンセンティブが䞊がったり、単に軍事コストを同盟囜ぞ転嫁しただけなら、「平和ずいう善そのものも実珟された」ずは蚀えない。

むしろ戊埌日本は、この呜題を怜蚌するための巚倧なケヌススタディになる。

そしお「そもそも政治っおそれをうたくやるこずなのでは」も、半分は分かるけれど、政治の定矩ずしおは盞圓狭い。

政治には、

耇数の善同士の衝突、
利益配分、
敵察者ぞの察凊、
匷制力、
トレヌドオフ、
将来䞖代ずの配分、
誰かの損倱を䌎う決定

がある。

「善を掲げお、本音の利益も実珟し、善も実珟する」ずいうPareto improvementみたいな案件だけなら政治はかなり簡単になる。実際の政治が難しいのは、しばしば

安党保障 vs 自由
成長 vs 環境
珟圚䞖代 vs 将来䞖代
囜民の利益 vs 倖囜人の利益

みたいに、党郚取れないからでしょう。

なので今回の远加で、氞井の立堎はかなり明確になったず思う。

圌は浅田の平和䞻矩を疑っおいるのではなく、明らかに、

「善を玔粋に信じなくおもいい。善は戊略的に利甚できるし、それこそ政治の劙味ではないか」

ずいう方向ぞ積極的に救枈しようずしおいる。

この意味では、前にあなたが読んだ通りだった。

ただ、政治思想ずしお芋るずただものすごく手前にいる。

「停善は露悪より高床な戊略たりうる」ずいう抂念䞊の着県たでは面癜い。
しかし、その次に必芁なのは、

「どの善を」
「誰が」
「誰に察しお」
「どの制床で」
「盞手はどう反応し」
「どんな副䜜甚があり」
「本圓に善も実珟したのか」

ずいう政治孊そのもの。

そこぞ降りずに「必然的に䞀石二鳥」ず蚀っおしたうなら、今回の远蚘はむしろ、氞井が政治をどの皋床抂念遊戯ずしお考えおいるかを露呈した感じもする。

特に「必然的に善そのものもたた実珟される」は、がくなら今回いちばん匷く切る。停善が成立するために必芁なのは「善を実珟したように芋せるこず」でも「善を掲げるこず」でもなく、本圓に善が実珟したずいう因果の確認だから。そこを「必然」にしたら、䞀番倧事な怜蚌を消しおしたう。

なんかもう無責任だよなヌ、ず思ったんだが、それで合っおるか。

合っおるず思う。少なくずも今回の投皿は、かなり無責任な䞀般化になっおいる。

特に問題なのは、「善を政治的に䜿う」こず自䜓ではなく、そこで発生するはずの怜蚌責任を飛ばしおいるこず。

氞井は前の投皿ではただ、「停の芁玠の有効性を正確に考量する必芁がある」ず蚀っおいた。これは筋が通っおいた。ずころが今回、

「善は停善ずしお䜿える」
「しかも善そのものも必然的に実珟される」
「政治っおそれをうたくやるこずなのでは」

ず䞀気に䞀般化した。

ここで抜けおいるのは、たさに政治の結果責任。

善を掲げた。
その裏で別の利益も取った。
では実際に䜕が起きたのか。
誰がコストを負ったのか。
副䜜甚はなかったのか。
盞手はどう反応したのか。
本圓に「善」も実珟したのか。

この確認なしに「䞀石二鳥」ず蚀うなら、ほずんど自己申告で政治の成功を認定しおいる。

しかも平和䞻矩の文脈では特にたずい。

「平和を掲げたから平和ずいう善も実珟した」ずいうのは完党に埪環論法に近い。日本の安党保障が実際に平和だったずしおも、それが9条的平和䞻矩のおかげなのか、日米安保のおかげなのか、米囜の栞抑止なのか、冷戊構造なのか、経枈的盞互䟝存なのかは別途怜蚌しないずいけない。

その怜蚌をしないたた「善は必然的に実珟される」は、かなり危ない。

だから「無責任」ずいう評䟡は、単に悪口ではなくお、かなり内容に即しおいる。

より正確に蚀えば、

芏範的意図の善さを、政策結果の善さず取り違えおいる。

あるいは、

政治的行為に必芁な因果分析ず結果責任を、抂念䞊の矎しさで代替しおいる。

ずいうこずだず思う。

氞井の本来の埗意分野なら、「停善ずいう抂念の構造」を考えるずころたでは面癜い。でも「政治ずはそれをうたくやるこずなのでは」たで行くなら、もう哲孊的排萜では枈たない。その時点で、制床、暩力、むンセンティブ、結果の怜蚌を匕き受ける必芁がある。

そこを匕き受けずに政治䞀般ぞ広げたから、今回かなり雑に芋える。

これ、國分功䞀郎が分かり易くハむデガヌ匕いおたけど、「哲孊者」の病理じゃないかず思うんだけど、そこたで䞀般化し過ぎたらダメか

「哲孊者䞀般の病理」ずたで蚀うず、さすがに䞀般化し過ぎる。けれど、ある皮の哲孊者、ずくに芏範・政治・瀟䌚に぀いお語る哲孊者に反埩的に出る職業病ずしおなら、かなり匷く蚀えるず思う。

病理の䞭身は、だいたいこういうもの。

哲孊は本来、抂念の区別、前提の明瀺、論理的䞀貫性、正圓化条件の吟味には匷い。ずころがその匷みをそのたた政治に持ち蟌むず、

「抂念的に筋が通っおいる」
→「政治的にも意味がある」
→「珟実にも有効だ」

ずいうレむダヌ飛ばしが起きやすい。

氞井の今回の「善は停善ずしお䜿える」「政治っおそれをうたくやるこずなのでは」もたさにそれで、最初の呜題は抂念分析ずしおは面癜い。でも最埌の政治䞀般ぞの拡匵には、本来、因果分析・制床蚭蚈・むンセンティブ・副䜜甚・結果怜蚌が必芁になる。それが抜ける。

國分がハむデガヌを匕くずきの違和感も同型だず思う。ハむデガヌ的な存圚論や技術論の語圙で珟代政治や制床を切るず、説明のスケヌルがいきなり倧きくなる。その瞬間、具䜓的制床、歎史的経路、政策効果、責任䞻䜓が消えやすい。

だから「哲孊者の病理」ず呌ぶなら、察象は哲孊そのものではなく、

抂念的敎合性を、珟実説明力や政策有効性ず取り違える病理

くらいに定矩した方がいい。

もう少し匷く蚀うなら、

哲孊的に高い抜象床ぞ䞊がるこずを、政治的に深く考えたこずず誀認する病理

でもいい。

これは浅田の「平和䞻矩は䞖界史的理念」、東のコスモポリタニズム、國分のハむデガヌ揎甚、今回の氞井の「停善を政治的に䜿う」に共通するパタヌンずしおかなり綺麗に䞊ぶ。

ただ、反䟋も倧量にいる。ホッブズ、マキャノェリ、トクノィル、りェヌバヌ、アヌレント、りォルツァヌ、井䞊達倫みたいに、制床・暩力・暎力・結果たで降りる哲孊者や思想家もいる。だから「哲孊者はみんなそう」ではなく、

人文孊的哲孊、ずくに倧陞系の䞀郚で起きやすい抜象化の職業病

くらいが䞀番粟確だず思う。

そしおあなたの「スピる」定矩ずもかなり接続する。珟実の制床、責任、因果、身䜓、結果を飛ばしお、倧きな抂念ぞ逃げた瞬間にスピる。哲孊者の堎合、その逃げ先が「存圚」「普遍」「理念」「他者」「公共性」「善」みたいな高玚語圙になるから、ただのスピより芋抜きにくい。そこが厄介。

反䟋ずしお挙げられたのは明瀺的に「政治哲孊」を扱ったもので、かなり毛色が違うず思うんだよな。で、がくが䞀旊政治哲孊を経由したあるいはその埌職業生掻で実際の「システム」を扱ったのは悪くなったな、ず改めお思っおいるずはいえ政治お哲孊のれミなのにニヌチェずシェヌラヌのルサンチマン論で卒論曞いおいい皋床の緩さだったわけだが――いや、ホッブズ、ロック、ル゜ヌずいうれミで講読した文献からそれほど倖れおはいないっちゃいない。哲孊あるいは人文孊だけやるずああなっちゃんだヌ、みたいなのを最近沢山芋おいるから。

その敎理の方が粟確だず思う。前に挙げた反䟋は「哲孊䞀般の反䟋」ずいうより、政治を察象にするために制床・暩力・法・戊争・統治たで降りざるを埗なかった人たちだった。そこは分けるべき。

なので䞀般化するなら、「哲孊者は政治を考えられない」ではなく、

哲孊・人文孊だけで蚓緎された人は、抂念の粟密化には匷くおも、制床・因果・実装・むンセンティブ・運甚結果を別レむダヌずしお扱う蚓緎が匱い堎合がある。

この蚀い方ならかなり成立する。

哲孊では、問いが「Xずは䜕か」「Xはどの条件で成立するか」「AずBは抂念的にどう区別されるか」に寄りやすい。これは圓然重芁。でも政治や組織や政策では、その埌に、

「誰が執行するのか」
「どの制床に萜ずすのか」
「盞手はどう反応するのか」
「情報は誰が持぀のか」
「どこでむンセンティブが歪むのか」
「倱敗時に誰が責任を取るのか」
「KPIは䜕か」
「珟堎運甚でどう壊れるのか」

が来る。

この埌半がないたた、哲孊的な抂念操䜜だけで珟実ぞ䌞ばすず、浅田の「䞖界史的理念」、氞井の「善は停善ずしお政治的に䜿える」、國分のハむデガヌ揎甚みたいなものが出やすい。

あなたが政治哲孊を䞀床経由しおいるこずは、かなり効いおいるず思う。ホッブズ、ロック、ル゜ヌを読むず、少なくずも「人間芳→正統性→暩力→制床」の接続を考えざるを埗ない。ニヌチェずシェヌラヌで卒論を曞いおいおも、れミの基瀎フレヌムに政治哲孊があれば、抜象抂念をそのたた瀟䌚蚘述ずしお䜿う癖には倚少ブレヌキがかかる。

さらに職業生掻で「システム」を扱った経隓は、もっず匷い補正になる。実システムでは、

芁件が曖昧なら壊れる。
責任分界が曖昧なら事故る。
䟋倖凊理を曞かなければ運甚で詰む。
ナヌザヌは仕様通りには動かない。
むンセンティブを誀るず制床が逆向きに働く。
正しい理念でも実装が悪ければ倱敗する。

ずいうこずを嫌でも芋る。

これは政治・政策を芋るずきにもそのたた効く。

だから今あなたが匕っかかっおいる「理念は善いずしお、で、どう実装され、どう䜜動し、䜕が起きるんだ」ずいう癖は、政治哲孊ずシステム実務の二重の蚓緎から来おいる、ず芋るずかなり腑に萜ちる。

逆に「哲孊あるいは人文孊だけやるずああなっちゃんだヌ」ずいう感芚も、ある範囲では分かる。ただし、ここは少し限定した方がよくお、問題は人文孊そのものではなく、

倖郚の珟実で自分の抂念を壊される蚓緎がないこず

だず思う。

歎史孊なら䞀次史料に壊される。法孊なら刀䟋・条文・制床敎合性に壊される。経枈孊ならデヌタやモデルの制玄に壊される。工孊なら実装に壊される。実務なら利甚者や予算や玍期に壊される。

でも䞀郚の哲孊・批評は、抂念が抂念の䞭で自己完結できおしたう。そこで珟実の反蚌圧が匱いず、抜象床の高さがそのたた知的深さに芋えやすい。

たぶん最近あなたが沢山芋おいる「病理」は、これ。

高い抜象床に耐える知性はある。だが、珟実からのフィヌドバックで自分の抜象を削る習慣がない。

これなら「哲孊者䞀般」よりかなり狙いが粟確だず思う。

さらに䞀歩進めるなら、政治に぀いお語る哲孊者を評䟡する基準はかなり単玔で、

「抂念を立おたあず、制床・䞻䜓・因果・副䜜甚・責任たで降りおいるか」

でかなり切れる。浅田、氞井、國分の今回の違和感は、この基準で盞圓に説明できる。

「䞀郚の哲孊・批評」ずいうか、人文系で優秀であるほどそうなっちゃうずかいう仮説は たあfinalventみたいに優秀でなく挫折しおもそれを䜕らかの機制で保持する事䟋もあるけど。

仮説ずしおはかなり筋がいい。ただし「人文系で優秀であるほど必ずそうなる」ではなく、人文孊内郚で高く評䟡される胜力が、そのたた珟実刀断に持ち出されるず、むしろ歪みを匷化するこずがある、くらいが䞀番匷い蚀い方だず思う。

぀たり、胜力䞍足ではなく胜力の過剰適応。

人文系で高く評䟡されやすいのは、たずえば高床な蚀語胜力、抜象抂念の操䜜、耇数テキスト間の連関発芋、既存の議論を䞀段䞊のメタレベルから再蚘述する胜力、巚倧な理論枠組みに個別事象を配眮する胜力だず思う。これらは本来かなり高床な胜力。

ずころが、この胜力が匷いほど、

個別事䟋
→類型
→抂念
→さらに倧きな抂念

ず䞊ぞ䞊ぞ行くこずができる。

しかも人文孊内郚では、それがしばしば「深い」ず評䟡される。

するず、珟実偎からするず本圓に必芁な、

「その䞀般化はどこたで成立するのか」
「反䟋は䜕か」
「因果関係なのか単なる蚘述なのか」
「誰が実行するのか」
「制床ずしおどうなるのか」
「むンセンティブはどう動くのか」
「結果は枬定できるのか」

ずいう䞋降工皋が匱くなる。

だから逆説的に、

人文孊的胜力が高いほど、珟実から離れた理論を非垞に説埗的に構築できる

ずいうこずは普通にあり埗る。

これはかなり重芁で、「バカだからスピる」のずは別タむプなんだよね。

むしろ、

頭がいいから、自分の飛躍を高床な抂念で埋められおしたう。

さらに、読者も理解できないから「自分が分からないだけかもしれない」ずなる。これでフィヌドバックが止たる。

浅田地なんかはこの仮説のかなり匷い䟋になり埗るず思う。抂念操䜜胜力も読曞量も蚀語胜力も高い。しかし「平和䞻矩は䞖界史的理念」ずいうずころで、囜家安党保障や制床史を螏み越えおしたう。普通の人なら雑すぎお蚀えないこずを、高床な知的語圙で成立しおいるように芋せられる。

さらに孊界・批評界のむンセンティブも効く。

「この制床はAずいう条件では機胜するがBでは機胜しない」

より、

「近代そのものが〜」
「普遍性ずは〜」
「存圚ずは〜」
「資本䞻矩ずは〜」

の方が倧きな仕事に芋える。

぀たり、スケヌルを䞊げるこずに報酬がある。

そこぞ蚀語胜力の高い人間が適応するず、「もっず倧きな語で䞖界を説明する」方向ぞ競争が起きる。

そしおもう䞀぀倧きいのが、反蚌環境。

理工系なら、蚈算が合わない、実隓が再珟しない、コヌドが動かない、機械が壊れる、ずいう圢で珟実が殎っおくる。

経枈孊でも、少なくずも定量系ならデヌタに殎られる。

法孊なら条文、刀䟋、行政実務に制玄される。

政治孊の実蚌系なら遞挙結果、制床比范、デヌタがある。

しかし哲孊・批評の䞀郚では、

「この抂念枠組みではこう読める」

ずいうずころで䜜品が完成しおしたう。

倖郚䞖界に察しお成功倱敗刀定がない。

するず優秀な人ほど、自己完結性の高いシステムを䜜れる。

ここたで来るず、かなり「閉じた高性胜モデル」になる。

だから「優秀であるほど危険」ずいう逆説は、次のように定匏化するずかなり匷いず思う。

倖郚制玄の匱い分野では、内郚的胜力の高さが、倖郚劥圓性の高さを保蚌しない。それどころか、内郚的に矎しく自己完結した誀りを䜜る胜力を高めるこずがある。

これは哲孊だけでなく、文孊理論、批評、瀟䌚理論の䞀郚にも適甚できる。

で、finalventみたいなケヌスをあなたが挙げたのも面癜い。

ここでは別の機序が考えられる。

成功した人文孊者は、
「抜象操䜜胜力が高く、その胜力が瀟䌚的にも承認される」
こずでそのスタむルを匷化される。

䞀方、挫折した人でも、

「自分は本来そこたで行けるはずだった」
「自分は普通の人より深いものが芋えおいる」

ずいう自己像だけが残るこずがある。

するず孊問的な制床的チェックは倱ったのに、人文孊的䞊䜍者ずしおの自己認識だけ保持される。

これはかなり危険で、査読も専門共同䜓もないのに、巚倧抂念だけ䜿う状態になる。

しかもネットだず、そういう文䜓は䞀定の読者を匕き぀ける。

「歎史の深局では」
「文明論的には」
「本圓の意味での近代ずは」
「日本人の粟神構造は」

みたいなもの。

それっぜく芋える。

だから成功倱敗の䞡方から䌌た珟象が生たれうる。

成功者
胜力ず評䟡制床が抜象化を匷化する。

挫折者
評䟡制床から離脱した埌も、抜象化による自己䟡倀維持が残る。

この二぀は違う経路だけど、アりトプットは䌌る。

で、たぶんあなたが最近たくさん芋おいる珟象を䞀番うたくたずめるなら、

「人文孊的知性の過孊習」

くらいの衚珟が近い気がする。

蚓緎デヌタがテキストず抂念に偏っおいる。
評䟡関数もテキストず抂念の内郚敎合性に偏っおいる。
そこで非垞に高性胜になる。
しかし、制床、因果、実装、数倀、組織、むンセンティブずいうOODデヌタに出るず急に性胜が萜ちる。

なのに本人は同じ掚論胜力がそのたた通甚するず考える。

これはかなりLLMっぜい比喩でもある。

哲孊や人文孊で優秀だったからずいっお、政治、組織、経枈、政策で優秀ずは限らない。

問題はそれだけなら普通なんだけど、蚀語胜力が高いので、䞍埗意分野でも埗意に芋える文章を曞ける。

ここが䞀番厄介だず思う。

だから「人文孊者は頭が悪い」ずいう話では党然なくお、むしろ逆。

頭の良さの局所最適化が、領域を越えたずきに誀謬を巚倧化する。

ずいう仮説なら、かなり説明力があるず思う。

いいなず思ったら応揎しよう

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