【言語聴覚士が解説!】言語発達について (チョムスキーの生得的言語獲得装置・生成文法・深層構造と表層構造、そしてサピア=ウォーフ仮説と言語相対性仮説)
※本記事は、言語発達や言語学の考え方を一般読者向けにわかりやすく紹介することを目的としています。特定の個人の発達状態を診断したり、治療・訓練方針を示したりするものではありません。ことばや発達について心配がある場合は、医師、言語聴覚士、心理職、学校・園などの専門職へ相談してください。
※登場人物は説明のための架空の人物です。
※本記事は参考文献をもとに筆者が要約・再構成したものであり、各文献の逐語訳ではありません。学説にはさまざまな立場があり、本記事では一般向けに理解しやすい形で整理しています。
目次
言語発達って何だろう?
子どもはどうしてことばを覚えられるのか
チョムスキーの「生得的言語獲得装置」
生成文法とは?
文の奥にある「深層構造」と「表層構造」
ことばは考え方に影響するのか
サピア=ウォーフ仮説とは?
言語相対性仮説とは?
言語聴覚士の視点で見る言語発達
ことばは世界を見る窓になる
まとめ
参考文献
ある日の放課後。
太郎君と花子さんは、ダット先生の研究室にやってきた。
「先生、今日のテーマは“言語発達”ですよね?」
太郎君がノートを開きながら言った。
「うん。でも、ただ“子どもがことばを覚える”という話だけではないよ。今日は少し深くいく。チョムスキーの考えた“生得的言語獲得装置”、生成文法、深層構造と表層構造。そして、ことばが考え方に影響するのかというサピア=ウォーフ仮説や言語相対性仮説まで見ていこう」
花子さんは少し不安そうに眉を上げた。
「先生、名前だけで難しそうです……」
ダット先生は笑った。
「大丈夫。難しい言葉ほど、物語にすると見えてくる。今日は“人間はどうしてことばを身につけられるのか”と“ことばは私たちの見方を変えるのか”という二つの大きな問いとして考えよう」

※生得的言語獲得装置についての解説 ↓
【言語聴覚士が解説!】言語発達 チョムスキー生得的言語獲得装置について|言語聴覚士 ダット
1 言語発達とは何か
ダット先生は黒板に、大きくこう書いた。
「言語発達=ことばを通して、世界とつながる力が育つこと」
「言語発達って、単語をたくさん覚えることですか?」
太郎君が尋ねた。
「それも大事。でも、それだけではない。子どもは、音を聞き分け、意味を理解し、文を作り、相手に合わせて話し、場面に合った表現を選べるようになっていく。つまり、言語発達とは、音・語彙・文法・意味・コミュニケーションが絡み合って育つ過程なんだ」
花子さんがうなずく。
「たとえば、“ワンワン”と言えるようになるだけじゃなくて、“ワンワンいた”“ワンワンこわい”“ワンワン、あっち行った”みたいに、だんだん文になっていく感じですね」
「そうそう。そこで昔から研究者たちは考えた。子どもは、どうしてこんなに複雑なことばを、比較的短い期間で身につけられるのか。大人が文法を一つひとつ説明していないのに、なぜ子どもは母語の文法を使えるようになるのか。この問いに大きな影響を与えたのが、ノーム・チョムスキーだ」
チョムスキーは、言語を単なる習慣や模倣だけでは説明しにくいものとして捉え、人間の心に備わった言語能力を重視した。特に『Aspects of the Theory of Syntax』では、言語知識の獲得について、生得的な言語獲得装置という考え方と結びつけて論じている。Chomsky_1965.pdf
2 チョムスキーの生得的言語獲得装置とは
「先生、“生得的言語獲得装置”って、脳の中に機械があるってことですか?」
太郎君が、頭の横をコンコンと叩いた。
「本当に機械が入っているわけではないよ。英語では Language Acquisition Device、略してLADと呼ばれることがある。ざっくり言えば、人間には生まれつき、言語を獲得するための特別な仕組みが備わっているのではないか、という考え方だ」
花子さんがメモを取る。
「つまり、赤ちゃんは白紙の状態で生まれて、まわりの大人の言葉をただコピーしているだけではない、ということですか?」
「その通り。チョムスキーが問題にしたのは、子どもが聞くことばの量や質だけでは、最終的に身につける文法の複雑さを十分に説明できないのではないか、という点だった。子どもは、間違いを含む会話、途中で切れた文、言い直しだらけの発話を聞いている。それでも、母語の文法をかなり整った形で身につけていく」
チョムスキーは、スキナーの行動主義的な言語学習観に対して批判的であり、強化や模倣だけで子どもの言語獲得を説明するのは難しいと論じた。スキナーは言語行動を強化の観点から説明しようとしたが、チョムスキーはその説明では人間の創造的な文生成を十分に扱えないと考えた。(Universidad de Granada)
「創造的な文生成?」
太郎君が首をかしげる。
「たとえば、太郎君は今まで一度も聞いたことのない文を作れるよね。“昨日、透明なカエルが図書館でラーメンを読んでいた”みたいな文は、たぶん聞いたことがない。でも文としては作れるし、変だけど意味もなんとなくわかる」
「確かに、そんな文は聞いたことないです」
「ここが大事。人間は、聞いた文を丸暗記しているだけではなく、限られた語彙やルールを組み合わせて、無限に近い新しい文を作れる。チョムスキーの考えでは、子どもがそれを可能にする背景には、人間に固有の言語能力がある」
花子さんが言った。
「でも先生、じゃあ環境はいらないんですか?」
「いや、そこは誤解しないでほしい。生得的な仕組みがあるとしても、子どもが実際にどの言語を身につけるかは環境による。日本語の環境で育てば日本語を、英語の環境で育てば英語を身につける。つまり、“言語を獲得するための土台”は生まれつきあるが、“どの言語として育つか”には周囲の入力が必要だと考えるとわかりやすい」
言語を生物学的な性質として見る考えは、チョムスキーだけでなく、レネバーグの『Biological Foundations of Language』などでも重要なテーマとして扱われてきた。レネバーグは、言語を人間の生物学的性質と関わる現象として捉え、言語獲得や発達を医学・心理学・人類学などと結びつけて論じた。(インターネットアーカイブ)
「たとえるなら、植物の種みたいなものですね」
花子さんが言った。
「そう。種には芽を出す力がある。でも水や光や土が必要だ。人間には言語を獲得する力がある。でも、周囲のことば、やりとり、共同注意、遊び、感情の交流が必要になる。言語発達は、“生まれつき”と“環境”のどちらか一方ではなく、両方の関係で育つと考えるのが大切だね」

3 生成文法とは何か
ダット先生は黒板に次の言葉を書いた。
「生成文法=文を作り出す心のルールを説明しようとする文法理論」
「生成って、AIみたいに文章を生成するってことですか?」
太郎君が聞いた。
「現代だとそう連想しやすいね。でも、チョムスキーの生成文法でいう“生成”は、人間が文法規則を使って、無数の文を作り出せるという意味に近い。生成文法は、ある言語の話者がどのような文を“文法的だ”と判断できるのか、その背後にある規則体系を明らかにしようとした理論なんだ」
「文法って、学校で習う“主語・述語・目的語”みたいなものですか?」
「それも文法の一部だけど、生成文法が見ようとしたのはもっと深い。人間の頭の中にある、文を作ったり理解したりするための知識だ。たとえば、日本語話者は“太郎がりんごを食べた”は自然だと感じる。でも“食べたを太郎がりんご”は変だと感じる。誰かに毎回説明されたわけではないのに、自然・不自然を判断できる。この内在的な知識を説明しようとするのが生成文法の大きな目標だった」
チョムスキーの『Syntactic Structures』は、生成文法の初期の重要文献として知られ、文法を有限の規則から文を生成する体系として扱う方向を示した。『Aspects of the Theory of Syntax』では、言語能力、文法、深層構造・表層構造などの議論がさらに整理された。(Stanford University)
花子さんが言った。
「つまり、生成文法は“ことばの説明書”を作ろうとしたんですか?」
「いい表現だね。ただし、その説明書は国語の教科書の文法ではなく、人間の心の中にある文法の説明書だ。チョムスキーは、私たちが実際に話すときの言い間違いや記憶の限界とは別に、理想化された言語能力を考えた」
「理想化された言語能力?」
「たとえば、寝不足で文を言い間違えることがあるよね。でも、それは文法知識そのものが壊れたというより、注意や記憶、疲労の影響かもしれない。生成文法では、そうした実際の運用上のミスと、頭の中にある言語知識を区別して考える」
「それ、言語聴覚士の視点でも大事ですね」
花子さんが言った。
「そうなんだ。言語発達や言語障害を考えるときにも、“知識としてわかっていないのか”“処理の負荷でうまく使えないのか”“発音や聴覚や注意の影響なのか”を分けて見ることがある。もちろん臨床は生成文法だけで説明できるわけではないけれど、“見えている発話”の奥にある仕組みを考える姿勢は、とても大切なんだ」
4 生得性をどう考えるか
太郎君が手を挙げた。
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