介護業界!?あるある 自分編その85
「『箸が進む日・進まない日』、天気より正確に体調を表しがち」
〜食欲は、最強の健康バロメーター〜
はじめに
介護現場には、天気予報より正確な予報がある。
食欲だ。
「Aさん、今日は箸が進んでないな」
その気づきが、体調変化の第一報になる。
「昨日まであんなに食べてたのに」
「どこか具合悪いんかな」
「熱、測ってみよか」
案の定、微熱があったりする。
食欲は、言葉より早く、体温計より敏感に、体調を教えてくれる。
逆に。
「Bさん、今日は完食や!」
「おお!」
「全部食べはった!」
完食の報告に、職員みんなが喜ぶ。
食事介助が必要な利用者さんが全部食べてくれた日は、なおさら嬉しい。
箸の進み具合は、施設の一喜一憂の源。
これが食事をめぐる、温かいあるあるだ。
「箸が進んでない」は要注意サイン
毎日の食事を見守っていると、わかるようになる。
その人の「いつもの食べ方」だ。
Aさんは、ご飯から食べ始める。
Bさんは、おかずを先に攻める。
Cさんは、汁物で口を湿らせてからスタート。
食べる順番、ペース、量。
「いつも」を知っているから、「いつもと違う」に気づける。
「あれ?Aさん、今日はご飯に手をつけてない」
「Bさんの好きな魚、残ってる」
「Cさん、汁物だけで止まってる」
箸の進み具合の変化は、体からのメッセージだ。
「Aさん、食欲ないですか?」
「うーん、なんかあんまり……」
「どこかしんどいですか?」
「ちょっと、だるいかなぁ」
言葉になる前の不調を、箸が教えてくれていた。
「熱、測りましょうね」
「37度8分あります」
「やっぱり」
看護師さんへ報告。早めの対応。
第三十六話で書いた看護師さんとの連携が、ここで活きる。
「食事の様子、教えてくれてありがとう。早く気づけてよかったわ」
「箸が教えてくれました」
食欲の変化は、体調不良の早期発見システムなのだ。
食べない理由は様々
箸が進まない理由は、体調不良だけではない。
観察を続けると、いろんな理由が見えてくる。
入れ歯の不調。
「Dさん、噛みにくそうにしてる」
「入れ歯、合ってないのかも」
確認すると、入れ歯がずれていた。
「調整したら、食べられるようになった」
口内炎。
「Eさん、口の中痛そう」
「口内炎できてました」
「柔らかい食事に変更しましょう」
気分の問題。
「Fさん、今日は元気ないなぁ」
「昨日、家族と電話で……」
心の状態も、食欲に出る。
「Fさん、隣で一緒に食べましょか」
寄り添うことで、少し箸が進むこともある。
献立の好み。
「Gさん、この魚苦手やったな」
「代わりの物、用意しましょう」
第八話で書いた「食の記憶」が、ここで役立つ。
理由がわかれば、対応できる。
箸の進まない理由を探ることも、大切なケアだ。
完食の日の喜び
食欲が落ちていた利用者さんが、完食した日。
その喜びは、格別だ。
「Aさん、全部食べはった!」
「ほんまに!?」
「お皿、ピカピカです!」
配膳を下げに来た職員が、空になった食器を掲げる。
「Aさん、完食おめでとうございます!」
「そんな大げさな」
「大げさじゃないです!嬉しいです!」
数日間、半分も食べられなかったAさん。
体調が戻り、食欲も戻った証だ。
「今日のご飯、美味しかったわ」
「よかった〜!」
その一言に、みんなが安堵する。
申し送りでも、明るい報告。
「Aさん、昼食完食です!」
「おお!」
「回復してきましたね!」
「よかったよかった」
完食情報は、施設中を喜びで包む。
たかが一食、されど一食。
完食は、元気の証明書なのだ。
食事介助での完食は、さらに嬉しい
自分で食べられる方の完食も嬉しいが、食事介助が必要な方の完食は、さらに嬉しい。
Hさんは、全介助の利用者さん。
一口ずつ、スプーンで口に運ぶ。
「Hさん、お口開けてくださいね」
「あーん」
「はい、ごっくんしてくださいね」
一口、また一口。
ペースはゆっくり。時間もかかる。
飲み込みを確認しながら、慎重に進める。
食欲がない日は、数口で口を閉ざしてしまう。
「今日はここまでかな……」
残った食事を見ると、切なくなる。
でも、調子のいい日は違う。
「Hさん、今日はよく食べますね!」
「あーん」
口が、しっかり開く。
ごっくんも、スムーズ。
一口、また一口。
そして。
「Hさん……完食です!」
お皿が、空になった。
「全部食べはった!」
介助していた職員の顔が、輝く。
「Hさん、すごい!全部食べましたよ!」
Hさんは言葉が少ないが、穏やかな表情。
「美味しかったですか?」
かすかに、頷いてくれた気がした。
「よかった〜!」
全介助での完食は、利用者さんと職員の共同作業の成果。
30分かけた食事介助が、報われる瞬間だ。
「Hさん、完食!」の報告に、フロア中が沸く。
「Hさんが!?すごい!」
「今日は調子ええんやな!」
一人の完食が、みんなの喜びになる。
食事量の記録が語るもの
毎食の食事量は、記録される。
主食何割、副食何割。
その数字の並びが、体調の推移を物語る。
「Aさん、先週は5割続きやったのに、今週は8割、9割、そして今日10割!」
「回復の軌跡が見えますね」
数字が右肩上がりになる嬉しさ。
逆に、数字が下がり始めたら、警戒モード。
「Iさん、ここ3日、食事量落ちてます」
「受診も検討しましょう」
記録は、体調管理の羅針盤だ。
そして月末、食事量の記録を見返す。
「今月のJさん、ほぼ完食続きでしたね」
「安定してました」
「いい一ヶ月でした」
食事の記録は、その人の元気の記録でもある。
10割の数字が並ぶページは、見ていて幸せになる。
「美味しい」の一言のために
食欲を支えるのは、体調だけではない。
「美味しい」と思える食事があってこそだ。
第四十三話で書いた厨房のおばちゃんたちの力も大きい。
「Aさん、食欲落ちてるって聞いたから、好きな煮物にしといたで」
「ありがとうございます!」
好物パワーで、箸が進むこともある。
「あら、これ私の好きなやつ」
「厨房さんが、Aさんのためにって」
「嬉しいわぁ。食べよかな」
数口だった食事が、半分、そして完食へ。
「美味しかったわ」
その一言が、厨房にも届けられる。
「Aさん、完食して『美味しかった』って!」
「よっしゃ!」
厨房でガッツポーズが出る。
食事は、施設全体で支えるケア。
「美味しい」と「完食」は、みんなの勲章だ。
おわりに
「箸が進む日・進まない日」、天気より正確に体調を表しがち。
これは食事をめぐる、温かいあるあるだ。
食欲は、最強の健康バロメーター。
「箸が進んでない」の気づきが、体調不良の早期発見に繋がる。
言葉になる前の不調を、箸が教えてくれる。
そして完食の日の、あの喜び。
「全部食べはった!」
食事介助での完食は、30分の共同作業の成果。
一人の完食に、フロア中が沸く。
食事量の記録は、元気の記録。
10割が並ぶページは、幸せのページだ。
今日もどこかの施設で、職員が箸の動きを見守っている。
「Aさん、今日はよく食べてますね!」
「美味しいからな」
その会話が聞こえる食堂は、今日も平和である。
