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『溶けたバニラと方位磁針』深掘り解説

もちろん。今度は知りたがりの読者が「この小説、結局何がすごいの?」まで理解できるレベルで、一段深く読みます。

この小説の面白さは、表面的には「遊園地から電車で帰る話」なのに、深く読むと、

「人と人との距離」
「記憶」
「時間の終わり」
「言葉にできない思いやり」
「自分がどこへ向かっているのかわからない感覚」

が描かれているところです。

しかも作者は、それを説明しません。

匂い、音、光、飲み物、電車、風船、方位磁針などを使って読者に感じさせています。



1.この小説には「二つの物語」がある

まず重要なのは、

表の物語

遊園地に行った二人が、帰宅する。

裏の物語

二人がお互いを気遣いながら、少しずつ距離を縮めていく。

この二つが同時に進んでいます。

主人公は最初、

「いかに無事に家まで送り届けるか。
それが俺の使命だ。」

と思っています。

つまり主人公は、

「自分が白石を守る側」

だと思っています。

ところが途中で主人公自身が倒れる。

すると白石が主人公を助ける。

そして最後には、今度は白石が眠ってしまい、主人公が背負う。

つまり、

主人公 → 白石を守る

だけではありません。

主人公 ⇄ 白石

と、助ける関係が行ったり来たりする。

ここに二人の関係性があります。


2.実は「ありがとう」が言えない小説

この作品でかなり重要なのが、

──ありがとう。
素直にそう言えたなら。

という一文です。

主人公は白石に助けてもらっています。

普通なら、

「ありがとう」

と言えばいい。

でも言えない。

なぜでしょう?

おそらく、この二人は、

いちいち感謝を言葉にするような関係ではない

からです。

長く一緒にいる人ほど、

「ありがとう」

「ごめん」

「心配してる」

みたいな言葉を素直に言えないことがあります。

でも、その代わりに行動します。

白石は主人公を冷やす。

主人公は白石を電車に乗せる。

最後には白石を背負う。

つまり、

言葉では「ありがとう」と言えない。
でも、行動では「ありがとう」を返している。

という構造になっています。


3.「もうちょっと、近く歩けよ。」がすごい

この一言を普通に読むと、

「白石が先に行ってしまうから、近くを歩いてほしい」

というだけです。

でも、小説全体を読んだあとに見ると意味が変わります。

主人公は白石に、

「もうちょっと、近く歩けよ。」

と言います。

これは、

物理的な距離を縮めてほしい

という言葉です。

でも同時に、

心の距離も近くにいてほしい

という意味にも読めます。

作者は、

「主人公は白石を大切に思っていた」

とは書きません。

そんな説明をしない。

たった、

「もうちょっと、近く歩けよ。」

というセリフで、それを感じさせます。

これが小説の技術です。


4.「銀色の風船」は時間そのもの

最初に出てくる銀色の風船も重要です。

風船は手から離れると、

どんどん空へ行ってしまいます。

主人公はそれを見て、

「あ。」

と声を出します。

そして手を伸ばす。

でも届かない。

ここには、

「過ぎていくものをつかまえたい」

という気持ちがあります。

楽しい時間もそうです。

遊園地で過ごした時間も、

友達と一緒にいる時間も、

子どもの頃の時間も、

一度過ぎてしまったら戻せません。

だから風船は、

「過ぎ去っていく時間」

のようにも見えます。

そして、その風船を見失った直後、

主人公は意識を失います。

これは単なる偶然としても読めますが、

「時間を追いかけていた主人公が、そこで現実から離れてしまう」

という象徴的な場面にもなっています。


5.「青」が何度も登場する

この小説には「青」がたくさん出てきます。

たとえば、

  • 青い色

  • ポカリスウェットの青いラベル

  • ジェットコースターの光

  • 青くぼやける星

  • 青い富士山の電車

  • 青い光

  • 「Sinking into the blue」

などです。

これは偶然とは考えにくい。

「青」は、この作品の重要な色です。

青には、

夜、空、水、冷たさ、静けさ、遠さ

というイメージがあります。

主人公がぼんやりしていくにつれて、世界が「青」に包まれていく。

つまり青は、

現実と夢の境目

のような役割をしています。


6.音も重要

この作品は「見る小説」でもありますが、同時に**「聴く小説」**です。

たとえば、

  • ジェットコースターの音

  • 人々の絶叫

  • 葉擦れの音

  • 電車の走行音

  • 吊り革の揺れる音

  • 音楽

が登場します。

特に面白いのが電車です。

電車の走行音と音楽が混ざります。

そして主人公は眠っていく。

つまり、

現実の音 → 音楽 → 夢

という順番で、主人公の意識が現実から離れていきます。

映画で言えば、画面がだんだん暗くなっていくような演出です。


7.「ポカリが甘い」のも大切

主人公はポカリスウェットを飲んで、

「甘……」

と感じます。

白石は、

「それ、君の体温ですからね。」

と言います。

つまり、世界が変わったのではなく、

主人公の身体が変わったから、世界の感じ方が変わった

のです。

これは小説全体のテーマにもつながります。

同じ場所でも、

元気なときと疲れているときでは、見え方が違います。

同じ友達でも、

元気なときと弱っているときでは、相手の存在の感じ方が違います。

つまり、

世界は、自分の状態によって違って見える。

ということです。


8.タイトルの「溶けたバニラ」

では、なぜ「溶けたバニラ」なのでしょう。

バニラアイスは、最初は形があります。

でも時間が経つと溶けます。

つまり、

形あるものが、形を失っていく。

楽しかった一日も同じです。

遊園地にいる間は、

「楽しい時間」

という形があります。

しかし、夜になる。

遊園地は閉まる。

テントは解体される。

電車に乗る。

そして家へ帰る。

楽しかった時間が、

少しずつ溶けていく。

だから「溶けたバニラ」という言葉には、

「終わってしまった楽しい時間」

という寂しさが感じられます。


9.そして「方位磁針」

一方、方位磁針は、

「自分がどちらへ進めばいいか」を教える道具

です。

ところが最後の主人公は、

「壊れた方位磁針みたいに夜の駅前でくるくると回り続けていた。」

となります。

つまり、

方向がわからない。

これは単純に駅前で迷っているだけではありません。

もっと大きく、

「自分はこれからどこへ行くんだろう?」

という人生の迷いにも読めます。

中学生風に言えば、

「将来どうする?」

「自分って何がしたいんだろう?」

「このままでいいのかな?」

という感覚に近い。


10.だから「バニラ」と「方位磁針」は対になっている

ここがタイトルの一番面白いところです。

溶けたバニラ

→ 過ぎてしまったもの

壊れた方位磁針

→ これから進む方向がわからない

つまり主人公は、

過去もつかめない。
未来もわからない。

その間にいる。

では何が残るのでしょう。


11.残るのは「隣にいる人」

ここで白石の存在が重要になります。

主人公は未来の方向を示す方位磁針を持っていません。

過去の時間も風船のように飛んでいきます。

でも、

白石は隣にいる。

しかも最後には、

主人公が白石を背負っています。

つまり、

未来がわからなくても、隣にいる人と一緒に歩くことはできる。

という読み方ができます。

これはこの作品の、とても優しいところです。


12.主人公は「正しい方向」を見つけたわけではない

ここも重要です。

最後に主人公が、

「人生の答えを見つけました!」

とはなりません。

むしろ、

方位磁針は壊れたままです。

未来はわからない。

方向もわからない。

それでも、

白石を背負って歩いている。

つまりこの小説は、

「人生の正解を見つけよう」

という話ではありません。

むしろ、

「正解がわからない夜でも、大切な人と一緒なら歩いていける」

という話として読むことができます。


13.この小説には「鏡」のような構造がある

面白いのが、

最初

主人公

白石を送り届ける

中盤

主人公

白石に助けてもらう

最後

白石

主人公に背負われる

という流れです。

つまり最初と最後が反対になっています。

最初は主人公が白石を守る。

途中では白石が主人公を守る。

最後はまた主人公が白石を守る。

これによって、

「二人は一方的に助ける関係ではなく、お互いに支え合う関係」

だとわかります。


14.実は「遊園地」そのものも象徴的

遊園地という場所は、

子どものように楽しめる場所

です。

でも、時間が来れば閉園します。

どれだけ楽しくても、

「閉園時間です」

と言われれば帰らなければならない。

人生も少し似ています。

楽しい時間は永遠には続きません。

だからこそ、

楽しい時間が終わるから、その時間が大切になる。

この小説では、

「遊園地が楽しかった!」

とはあまり書きません。

むしろ、

終わってしまった遊園地

を描いています。

だから読者は、逆に、

「楽しかったんだろうな」

と感じるのです。


15.この小説の本当のテーマ

ここまで全部つなげると、この小説は、

「人生の方向がわからなくても、過ぎていく時間の中で、人と人が支え合うことには意味がある」

という物語だと考えられます。

もっと簡単にすると、

楽しい時間は終わる。
未来はわからない。
それでも、人と一緒に歩くことはできる。

ということです。


最後に、この小説を「読書感想文」風に考えるなら

この作品を読んで一番考えさせられるのは、

「大切な人を大切に思っていることは、必ずしも言葉にしなくても伝わるのではないか」

ということです。

主人公は白石に「ありがとう」と素直に言えません。

白石も主人公に「大丈夫?」と何度も確認するわけではありません。

それでも、

タオルを敷く。

飲み物を渡す。

近くを歩く。

一緒に音楽を聴く。

最後には背負う。

そういう小さな行動が積み重なって、

「あなたを大切にしています」

という言葉の代わりになっています。

そして最後の「壊れた方位磁針」。

これは、

「人生の方向がわからないこと」

の象徴です。

でも主人公は、完全に一人ではありません。

背中には眠っている白石がいる。

だからこの小説は、少し寂しいけれど、最後にはかなり温かい。

「答えがわからなくても、誰かと一緒に歩いていけばいい」

というところまで読める小説なんです。

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