もし母親が生きていたら…と思うこと
若くして、というほどでもないけど
まぁまぁな早さで私の両親は他界した。
母は55歳で私が25歳の時。
父は69歳で私が36歳くらいだったか?
亡くなった順番というのもおかしなものだけど、母が亡くなった時の方が衝撃で
その時の自分がどうだったかよく覚えている。
母は癌の末期で、それを見込んで私の結婚を早めたこともあった。
誤解を恐れずに言うなら
本人には気の毒だし、実際は家族にとっても残酷で辛いけど死期が予想できるのは少なからず覚悟ができる。
一方、父はリュウマチと長くつきあい、
あちこち痛いなんて言いながらも1人で気丈に店(和菓子屋)を切り盛りしてまだまだ長生きしてくれると思っていた。
しかし、突然の知らせが舞い込み、
死に目には会えたものの呆気なく原因もわからずさっさと天国に行ってしまった。
私は30半ばにして両親を失ったワケだけど、
高校を卒業して進学と同時に東京に出たので、
なんだか両親がもういないことに実感が持てないのも事実だった。
それでも誰も住まなくなった家をどう管理するか?
店じまいをどうするか?
など、実務はそれなりにあった。
4つ上の姉はずっと地元暮らし。
実家へも車で20分くらいのところに住んでいた。
結婚しても、子供が産まれても
ことあるごとに実家に立ち寄り
姉の子供はまだ元気だった母にたっぷりと可愛がってもらった。
きっと彼女の方が親の死はリアルだったに違いない。
実際、実家を更地にする時は驚くほど動揺していた。
私から全て奪うのか?と言われたこともあるが、
私は何ひとつ奪っていないし貰ってもいない。
私が子供を産んだのは33歳の時。
父はいるけど母はとうに亡くなっていた。
慣れない育児や寝不足。
全く役立たない不在がちな夫と都会のマンション暮らしをする中で、
「母が生きていれば」と何度思ったかわからない。
特に休日のデパートで見るベビーカーの3世代ファミリー
病院にいる爺婆のダブルサポート付きのママを見て、ふと涙が溢れる事も度々あった。
あぁ、母親が生きていれば。
母ならどうしただろう?
熱を出したり吐き戻したりした夜中も
全然食べてくれずに私が泣いてしまったあの頃も
「大丈夫」という根拠のない一言は
唯一母からならすんなり受け入れられたと思う。
父には悪いが、やはり子育てとなると頼りになるのは母親だ。
とうの父もそのことは自覚していたらしく
ことさら頼りにならない自分や私の境遇をすまないと嘆くこともあった。
そういう時は大抵、お酒が入っている。
自分が一番寂しいくせに。
私だって父の助けにはなれないし、
1人で暮らすそこはかとない寂しさを包み込むことだってできなかった。
推測でしかないが、逝き急いだ感がある父はきっと大好きだった母に早く会いたかったのだろう。
そして明日は母の誕生日だ、生きていれば91歳になる。
90オーバーの現役世代や
100歳のご長寿も珍しくない昨今。
母が55歳より歳を重ねるのを見てみたかったし、何より無駄話がしたかった。
だから私は自分がどう歳をとっていくのか?
そして歳とった親とどういう関係性になるのか全くわからない。
言い換えると自分の未来の一番身近なモデルが欠落している。
それと同時に私も母と同じ病に罹患してはや12年。
なんとなく、あぁそうか。そうだよね。
長生きするはずないもんね。
と、どこかで諦めとか納得感に近いものを胸に抱えている。
それもこれもひっくるめて、
今は母と無駄話がしたい。
やれ、何を食べたとかどこに行きたいとか
父の悪口や、なんなら父の死後に店を改築してお弁当屋さんをやろうと言っていた野望についても語りたい。
けれどどれも妄想でしかないし、
実際は膝が悪くて歩けない母や
耳が遠くて聞き取れない母
デイサービスを嫌がる母
そしてだんだんと話が通じなくなって病院の送り迎えにもイライラするんだろうなぁと。
楽しいばかりではない現実も同時に受け止めることになるのだろう。
いずれにせよ、そのすべてが経験できない。
そう思うけど、勝手な願いは
母と他愛もない話がしたい。
そして、今は携帯電話でなんでもできるとか
東日本大地震やコロナとか色々あったよとか
バックトゥザ・フューチャー的に
彼女が知らない出来事も教えてあげたい。
そして、これまた更なる妄想だけど
もしさっさと生まれ変わっているなら
どうか私と友達になって欲しい。
私は気づけるかな?
もしかして、え!めっちゃ嫌なヤツと思ったらなんかゴメンw
それも含めてエアー91歳おめでとう。
もう少し一緒にいたかったよ。
孫の姿だってみせたかったさぁ。
そんなことを時々思いながら
私は貴女が生きられなかった時間をもう何年も生きている。
