見出し画像

「腸がない」と、人はどうなるのか。外科医が伝えたい、短腸症候群という病気

「胃を切ると食べられなくなる。」

そう思っている人は多い。

でも実は、人が生きるうえで本当に重要なのは胃よりも「小腸」だ。

食べ物を消化し、栄養や水分を吸収する。
その仕事のほとんどを担っているのが小腸である。

だから、小腸が失われると、生きることそのものが難しくなる。



小腸は約6〜7メートルある

健康な成人では、小腸は約6〜7メートル。

長いホースのような臓器で、その表面には無数のヒダや絨毛があり、テニスコート1面分とも言われる広大な吸収面積を持っている。

ここで糖質、脂質、タンパク質、ビタミン、ミネラル、そして水分まで吸収される。

この吸収装置が失われるとどうなるか。

答えはシンプルだ。

食べても栄養にならない。



短腸症候群とは

何らかの理由で小腸を大量に切除し、十分な吸収ができなくなった状態を「短腸症候群(Short Bowel Syndrome:SBS)」という。

原因はさまざまだ。

* 腸が壊死する急性腸間膜虚血
* クローン病
* 腸閉塞や絞扼性腸閉塞
* 外傷
* 腫瘍

救命のために腸を切除した結果、生涯にわたって栄養障害と向き合う患者さんも少なくない。



下痢では済まない

「腸が短いなら下痢になるだけでしょ?」

そう思われるかもしれない。

もちろん下痢は起こる。

しかし問題はそれだけではない。

水分が吸収できない。

塩分が吸収できない。

カロリーが吸収できない。

体重は減り続け、脱水を繰り返し、腎機能も悪化する。

ビタミン不足、貧血、骨粗鬆症。

食べているのに栄養失調。

それが短腸症候群の恐ろしさだ。



点滴で生きるという選択

重症になると、口から食べるだけでは生きられない。

そのため、自宅で中心静脈栄養(在宅静脈栄養:HPN)を行う患者さんもいる。

毎日、あるいは週に何度も点滴につながる生活。

感染症やカテーテルトラブルとも隣り合わせだ。

それでも家族と暮らし、仕事を続け、旅行を楽しもうと努力している患者さんはたくさんいる。



最近は治療が変わってきた

以前は、

「腸がないなら点滴しかない。」

それが常識だった。

しかし近年は、小腸の残った部分を発達させ、吸収能力を高める薬が登場した。

完全に元の腸に戻るわけではない。

それでも、

点滴の回数が減る。

点滴量を減らせる。

口から食べられる量が増える。

患者さんの生活は大きく変わる可能性がある。

医療は「命を救う」だけでなく、「生活を取り戻す」ことも目指す時代になってきた。



外科医は切るだけではない

外科医は手術をする。

でも、本当の仕事はそこで終わらない。

「どれだけ腸を残せるか。」

それは手術中の最も重要な判断の一つだ。

数十センチ残せるか。

あるいは切除範囲を最小限にできるか。

その判断が、その人の人生を何十年も左右することがある。

手術は成功した。

でも、その先の生活はどうか。

外科医はそこまで考えなければならない。



「食べる」は当たり前ではない

私たちは毎日、何気なく食事をする。

美味しい。

満腹になる。

それが当たり前だと思っている。

しかし、その当たり前は、小腸という臓器が24時間休まず働いてくれているからこそ成り立っている。

短腸症候群は決して多い病気ではない。

だからこそ、多くの人は知らない。

しかし、外科医にとっては決して遠い病気ではない。

一つの手術が、一人の人生を変える。

そして、残された腸が、その人の未来を支えている。

腸は、ただの「消化管」ではない。

人生そのものを支える臓器なのである。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
これまでの内容を Kindleに一部まとめました
著書名 『どんな外科医に切られたい?』

外科医として、そして患者さんとして。
「この人に任せたい」と思われる外科医とは何か。
現場のリアルから考えた一冊です。
ご一読頂けましたら幸いです。

https://www.amazon.co.jp/dp/B0DJ9N8HGZ


腸活アドバイザー外科医のマガジンです

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集