中国のロボット運動会を見て、外科医として考えたこと
中国のロボット運動会。
映像を見て、思わず、
「すごすぎる……」
と声が出た。
走る。跳ぶ。投げる。転ぶ。踊る。
そして、また立ち上がる。
すでに100m走でもウサインボルトの記録を塗り替えてしまった。
かつては「ロボットがここまでできるようになるのは、まだ先の話だろう」と思っていたことが、どんどん現実になっている。
AIもそうだ。
文章を書く。
画像を作る。
データを解析する。
プログラムを書く。
医学論文を要約する。
少し前なら「人間にしかできない」と思っていたことが、少しずつ機械に置き換わっていく。
そして、ふと思う。
全自動手術の日も、決して遠い未来ではないのではないか。
もちろん、明日からロボットが勝手に手術をする、という話ではない。
手術には予測できないことが起こる。
解剖は一人ひとり違う。
出血もする。
癒着もある。
癌の進展範囲も違う。
その場で判断し、予定していた手順を変更する必要がある。
だから、まだまだ人間の外科医が必要だ。
……と、言いたいところだが。
AIとロボットの進歩を見ていると、
「本当にそうだろうか?」
とも思う。
おそらく、私たちはこれから、AIやロボットの恩恵を受けながら、同時に脅威も感じることになる。
では、人間にしかできないことは何なのか。
創造性だろうか。
判断力だろうか。
経験だろうか。
コミュニケーション能力だろうか。
もちろん、それらは重要だ。
でも、それだけではない気がする。
最近、私は、
「人間らしさ」そのものが強みになるのではないか
と思うようになった。
未熟さ。
迷い。
葛藤。
相手を思いやる気持ち。
そして、少し不器用なところ。
完璧なイケメンより、少しドジな男。
意味不明ですいません。
完璧ではないからこそ、相手に寄り添える部分がある。
これは、手術にも少し似ている。
手術は、基本的には完璧を目指さなければならない。
出血を少なくする。
癌を取り切る。
合併症を起こさない。
解剖を正確に理解する。
無駄な操作をしない。
ここには、徹底的に「正確さ」が求められる。
むしろ、
「だいたいこれくらいで」
では困る。
手術は、できるだけ完璧に近づけなければならない。
だからこそ、AIやロボットとの相性は非常に良いと思う。
正確な動き。
膨大なデータ。
過去の症例との比較。
画像認識。
術式の最適化。
人間より機械のほうが得意な領域は、これからどんどん増えるだろう。
でも、手術にはもう一つの側面がある。
同じ病気でも、
「この人にとって、どうするのが一番いいのか」
を考えなければならない。
医学的に正しいことと、その人にとって最善のことが、いつも完全に一致するとは限らない。
たとえば、少しでも根治性を高めるために、より大きな手術をすることが医学的には合理的かもしれない。
でも、その人には、
「できるだけ早く家に帰りたい」
という事情があるかもしれない。
仕事がある。
家族がいる。
孫の運動会がある。
あるいは、
「これ以上つらい治療はしたくない」
と思っているかもしれない。
そこには、単純な正解がない。
エビデンスは、とても大切だ。
ガイドラインも大切だ。
データも大切だ。
でも、
「この患者さんにとって何が大切なのか」
という問いは、エビデンスだけでは答えきれない。
ここに、人間の仕事が残るのではないかと思う。
そして、もしかすると、
「相手のことを思いやる」
という極めて人間的な部分は、AIやロボットが進歩すればするほど、その価値が高まるのかもしれない。
機械が正確になればなるほど、
人間は「何のためにそれをするのか」を考える必要がある。
ロボットが完璧に手術をできるようになったとしても、
「なぜこの患者さんに、この手術をするのか」
という問いは残る。
そして、その問いに向き合うのは、やはり人間なのだと思う。
だから、これからの時代、
「AIに負けないようにする」
だけでは少し違う気がする。
AIが得意なことは、どんどん任せればいい。
ロボットが得意なことも、どんどん使えばいい。
そのうえで、
自分にしかできないことは何なのか。
それを考える。
外科医なら、
「この人の人生にとって、この手術は本当に意味があるのか」
と考えること。
患者さんの表情を見ること。
家族の言葉を聞くこと。
迷っている患者さんの背中を、ほんの少し押すこと。
あるいは、
「今日は手術をしないほうがいい」
と立ち止まること。
そんな、一見すると非効率なことの中に、人間の価値が残るのかもしれない。
中国のロボット運動会を見て、
「すごいな」
と思った。
でも、その次に、
「人間は何をするんだろう」
と思った。
たぶん、その答えはまだ分からない。
だから、考え続けるしかない。
AIやロボットが完璧に近づいていく時代だからこそ、
完璧ではない人間にしかできないことを、大切にしたい。
外科医としても。
一人の人間としても。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
これまでの内容を Kindleに一部まとめました
著書名 『どんな外科医に切られたい?』
外科医として、そして患者さんとして。
「この人に任せたい」と思われる外科医とは何か。
現場のリアルから考えた一冊です。
ご一読頂けましたら幸いです。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0DJ9N8HGZ
腸活アドバイザー外科医のマガジンです
