逃げ場のない舞踊人生スタート
小学校2年生の頃からモダンバレエのコンクールに参加し始めた。
きっかけは「我慢強いから」という理由でバレエの先生に誘われた。
私は少し変わっていたのか、注意されることが大好きだった。注意を守れば上手になるとわかっていたから。
稽古中に泣くのも嫌いだった。恥ずかしいから。
できないことがあるのが静かに悔しくて後ろを向いて涙を拭くタイプだった。
そんな性格だったので、厳しいコンクール稽古に耐えられるというジャッジがおりたのだろう。
はじてのコンクールは1つ年上の女の子とのデュエット。
振付はテクニックなどほぼ入っておらず、子供らしく子供の踊りを踊る必要だけがあった。
モダンバレエのコンクールでは、小学生の部、中高生の部、大人の部と分かれている。
当時の(現在のコンクール事情はよく知らないので)小学生の部では、
・子供らしく子供の踊りを踊る。
・子供らしさを残しつつ高度な心情表現が繊細にできている。
・テクニックが優れている。
この3点においての評価が大きかったように思う。
初のコンクール練習では、特に子供らしく純粋に丁寧にはつらつと踊ることをとにかく叩き込まれた。
当時の私はあまりに子供らしく真面目だったので毎日の稽古に励むことは難しくなかった。
そして迎えた当日、特に緊張することもなく(本番という自覚が欠けていた気がする)無事に踊り終えた私は客席に行き母と並んで他の出場者たちの踊りを見て目玉が飛び出た。
とにかく体が柔らかい。クルクル何回転も回れる。跳べる。なんかすごく難しいことをやってのけている。
「コンクールってこういうものだよね…」
母は来るところを間違えたと即座に思ったそう。
私は生まれつき体が固く、運動神経は悪くはないけれど、飛び抜けていいわけでもなかったためたいして回れもせずジャンプもできずいわゆるテクニックを全く持ち合わせていなかった。
母もそれはわかっていたのだろう。
私はというと他の出場者を見てまぬけにも
「すごーい!!!」
とか思っていた。
そんなこんなで結果発表。
特に賞を取ろうなどさらさら思っていない山之口家。
私も結果発表というものすらよくわからずその場にいた。
結果は、第3位。
第3位!?
え?なんで?
ただ自分達は先生に言われたことを守りながらニコニコ踊っていただけなのに。
(稽古は確かに毎日みっちりした。いわゆる指導&作品賞である。小学生の部で評価されるだけの魅力ある作品、この時の私たちにしか踊れない踊りを厳しく教え込まれたおかげで受賞できただけ。)
この初コンクールで3位を取ったことで先生に火をつけた気がする。
私は子供ながらにまぐれとわかっていつつもコンクールは賞を取るものという意識が最初からなんとなく形作られてしまったのだと今になって思う。
人生で初めて大きな賞状を貰い、なんだか嬉しかった。なんか嬉しいな〜程度の感情だった。
よくわかっていなかったしね。
ここからが逃れられない舞踊人生の幕開けである。
つづく。
