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小説と音楽のマリアージュ

料理とワインには、「マリアージュ」という言葉がある。

料理とワイン、それぞれ単独でもおいしいものが、うまく組み合わさると特別な味わいを生む。

私はお酒は飲まないから、その楽しみを知らない。
けれど、「もしかしてこういう快なのかも」と思うような体験を、ここ最近重ねている。
それは、小説を読みながら、それに呼応する一曲が顕現することである。
これは、文学と音楽のマリアージュ、なのだろうか。

最近読んだ『世界99』のBGMとして、頭の中にある曲が流れだした。
また『マチネの終わりに』を読んでいると、とある曲が浮かぶ。

……。

たった二つの出来事。
あまりにも些細な出来事。

特に意味はないんじゃない?と言われれば、そうかもしれない。
でも、これまでにこのような経験はなかったので、私はちょっと面白がっている。

まるで、自分がソムリエにでもなったような気分で妄想を膨らませている。「この小説には、この曲が合いますね」
「この登場人物たちの言い知れない孤独と焦燥感には、この曲の物語性がピタリとはまります」

なんて。

誰かにお勧めするつもりはない。
私の脳内だけで味わう、秘密のマリアージュである。

お遊びのように見えるけれど、
ただ感覚的に、ランダムで思いついた組み合わせというわけでもない。
これは、意味の層で深く繋がっている

小説の中にある叫びが、あの曲のあのフレーズと呼応する。
物語の中だけの美しい濃紺の風景に、低いベース音が、しんしんと静かに、重く降り積もっていく。

文字を読んでいるのに、音が聴こえる。
音楽を聴いているわけではないのに、その音楽が小説の中にある。

恣意的にではなく、自然発生的に「あ、これだ」と繫がる。

そういう瞬間が、最近ちょっと楽しい。

考えてみれば、私たちは普段、作品を一つずつ受け取っている。
小説は小説。
音楽は音楽。
映画は映画。
詩は詩。

でも、自分の中にいろいろなものが蓄積されてくると、それらが勝手に反応し始めるのだろうか。

小説を読んだら、昔聴いた曲を思い出す。
ある言葉を読んだら、別の作品の一場面が浮かぶ。
季節の匂いを感じたら、昔の記憶が立ち上がる。

一つのものが、別のものを呼び出す。
そうやって、別々だったもののあいだに線が引かれていく。
もしかすると、これが「重層的になる」ということなのかもしれない。

知識が増えた、というのとは少し違う。
知っているものが増えるだけではなく、知っているもの同士が繋がり始める。

その繋がりに、正解はない。
そしてきっと、誰かと共有できるものでもない。
自分だけの、密かな楽しみ。
自分の層が増したことを実感できる、ちいさな出来事。

#読書 #小説 #音楽 #エッセイ #文学 #感性 #教養

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六花【詩と暦】 この記事に目をとめてくださって、ありがとうございます。そっと置かれた想いも、静かに受け取ります。