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シントラ紀行

リスボンから40分くらい電車に乗るとシントラに着く。ここには19-20世紀のポルトガルを象徴する建物が残っている。

レガレイラ宮殿

19世紀前半、ナポレオンがポルトガルに侵攻した。そして驚くべきことにマリア1世とジョアン6世ら王室は国を捨てて、ブラジルに逃げたのである。敵前逃亡だ。そしてこれがブラジル独立の要因にもなってしまうのだ。

ペーナ宮殿の門

ナポレオン侵攻中、リオデジャネイロがポルトガルの首都であり、ブラジルはポルトガルと同等であった。しかしナポレオン撤退後、ジョアンがポルトガルに戻ると、ブラジルを植民地に格下げしてしまった。怒るブラジル国民をジョアンの息子ペドロが率い、1822年にブラジルを独立させたのだ。ペドロはさらにポルトガルも奪取すべく娘のマリア2世と自分の弟のミゲルを結婚させようとするが、そううまくはいかず、ミゲルとペドロが内戦を始める。王室後継者争いを国を巻き込んでやったわけだ。結局ペドロが勝利するが、その後すぐに死んでしまい、マリア2世が即位する。そしてそのマリア2世の夫がドイツからやってきたフェルナンド2世、すなわちペーナ宮殿を建てさせた人間である。

ペーナ宮殿内部

ペーナ宮殿はもともとは修道院だったが、フェルナンド2世が王室の夏の離宮として整備した。ロマン主義建築の最高傑作と言われているが、ペーナ宮殿建築のために国家財政は逼迫し、ポルトガルを衰退させた。そして1910年にポルトガル王室は滅亡した。そのころできたのがレガレイラ宮殿である。

神曲の地獄の階層9の踊り場を持つイニシエーションの井戸

レガレイラ男爵夫人の土地をモンテイロが購入し、神秘主義の迷宮を建造したのがいまのレガレイラ宮殿である。モンテイロは貿易で成功した富豪である。フリーメイソンやテンプル騎士団を崇拝した神秘主義者でもある。

なんだか怪しい神秘的な感じのデザインの壁

イニシエーションの井戸は、フリーメイソンの入会儀式である死と再生の旅を模したものだと言われている。螺旋階段を降りていく行為は暗闇(無知)への下降を意味し、底にあるタロットや方位磁針のような紋章を経て、地下通路を通り、光の差す庭園へ出ることで新たな自分への転生を象徴している。地下通路は未完の井戸ともつながっている。

未完の井戸

筆者がシントラを訪れたのは令和8年2月18日だった。

どういうわけかレガレイラに行く道もペーナに行く道も途中で通行止めで車がはいれなかった。レガレイラまでは15分、ペーナまでは30分、坂道を歩かねばならなかった。ペーナはしかも雨。

嵐と霧のペーナ宮殿

何があったわけでもないのに車を遮断するとは。ポルトガルの謎である。
(Mar/2026)

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