見出し画像

ときめくシャンデリアの正体がわかった【ムラーノガラス】


ヨーロッパの国を旅すると足を運ぶことになる、豪華な内装のお城や美術館。

つい流し見になりがちな館内でも、遭遇すると足を止めるデザインのシャンデリアがあった。

それはお花をモチーフにした色鮮やかなガラスのシャンデリア。ピンクや緑のガラスに光が入って、とても綺麗。繊細で、遊び心がある。

似たようなカタチの照明に遭遇するたびに
「これ好きなやつだ!!」
と心を鷲掴みされてきた。

でも、その瞬発的な好意より深く考えたことはなかった。

ロンドンのレイトンハウス博物館
フレデリック・レイトン男爵の邸宅の一室にあるシャンデリア
チュニジアのバルド国立博物館のシャンデリア

ガラス工芸の島になる経緯

先日のバンクホリデーに、夫と2泊3日でヴェネツィアに訪れた。10年前にひとりで行って以来、ずっと夫婦で来てみたかったトキメキの場所。

2日目、ヴェネツィアから船で30分ほどのところにあるムラーノ島に行ってみることにした。

最近、知り合う人から「旅先を決めたら事前に縁のある本や映画を見てから行く」と教えてもらう度に自らを省みるのだけど、基本的にわたしは旅行先の予習はあまりすることない。

今回もなんの予備知識もなしに島に到着した。

水上バスでヴェネツィア本島から25分ほど
ディズニーシーみたい!とつい口にしてしまう。
こっちが先である

着いてから知ったのは、ムラーノ島は伝統的なガラス工芸で有名な島だということ。

なぜ小さな島がここまでガラス工芸に特化して発展していったのか、それには面白い経緯があった。

東方貿易のハブとして発展したこの街は、
世界中の最新技術を吸収し、
不純物を取り除いた「透明なガラス」の製造に成功。
ヴェネツィアのガラスは富と権力の象徴となり、
欧州中の宮廷から注文が殺到した。
1291年、すべての工房をムラーノ島へ。
表向きは火災を防ぐため。でも、真の目的は技術の流出を防ぐことだった。
職人たちは厚遇される一方で、
島外への脱出は固く禁じられた。
亡命者には死罪が課せられるほど、
その技術は厳重な管理下におかれていた。
国を挙げた徹底的な保護が、数世紀にわたりムラーノ・ブランドを支え続けることになったのだった。

日本の伝統工芸も、このくらい国が徹底的に保護していたら今の在り方は違っていたのではないかと、チラリと頭によぎる。

ちなみにあのヴェルサイユ宮殿の鏡の間にも、鏡やシャンデリアにムラーノのガラス工芸の技術が使われている。
どうしてもムラーノのガラスの技術を使いたいと思ったフランスは、秘密裏に職人に破格の金額を提示し、職人を引き抜くことに成功。

その後ガラス職人が引き抜かれたと気づいたヴェネツィア政府は、逃げた職人の家族を投獄したり、秘密警察を送り込んで職人を毒殺するなどした。

それほどまでに、彼らにとって伝統技術は「守るべき富」そのものだったのだ。今で言う核兵器の開発データのようなレベルの機密情報だったのだろう。

ルーツとの遭遇は突然に

ぶらぶらと島を散歩していると、ふと、重厚な店構えのガラス店が目に留まった。何気なくショーウィンドウを覗き込んだ瞬間、私は目を丸くする。

私が心を掴まれてきたシャンデリアが、商品として並んでいる!

そこで初めて知った。あのシャンデリアたちは、ヴェネツィアのムラーノ島発祥ということを。

私がときめいたシャンデリアのルーツの大元は、ここだったのだ!

ムラーノガラスのシャンデリアは富の象徴だった

もちろん私が「あれもムラーノのものかな?」と回想する全てのデザインが完全にムラーノのものではない。
18世紀以降、ここからヨーロッパ各国が自国の特色を取り入れたデザインに派生していったとのこと。

金額は2400~6000ユーロ

大富豪だけのものだと思っていたこのシャンデリアを、庶民の私でも所有できる可能性を知り心踊った。

値段はまったく可愛くないし、この一点にふさわしい空間を、自分がつくれるとも思えない。

それでも、いつか手に入れるぞ。
そんな決意を静かに固めたのだった。

ムラーノガラス博物館

この興奮を胸に抱いたまま立ち寄ったムラーノガラス博物館は、もちろん期待を裏切らず最高だった。様々なガラスの作品を目の前にして、時間を忘れるくらいまじまじと見入った。

そこで、私が好きなデザインはカ・レッツォーニコ様式と呼ばれているということを知った。

18世紀、ヴェネツィアの名門レッツォーニコ家の宮殿を飾るために生まれたのがその名の由来。

最大の特徴は、金属の骨組みを一切見せない緻密な構造。アームの一本一本を小さなガラスの筒で繋いで覆い、その上を色とりどりのガラスの花や葉が埋め尽くす。

職人による吹きガラスでつくられた花や葉っぱ
これは第1回ムラーノガラス博覧会で金賞を受賞した
カ・レッツォーニコ様式最高峰の作品
当時の究極のステータスシンボルだった
アヒルなどの水鳥のデザインも多かった
これはイタリア式の庭園を模した食卓の置き飾り
ガラスの金太郎飴方式で描いた、驚異のミクロ肖像画
ヴェネツィアの名物タコモチーフ
こちらのタコ照明もシンプルで素敵
なんとも豪華な鏡!

博物館でこんなにテンションが上がったのは、チュニジアのモザイク画に心を鷲掴みにされたバルドー博物館以来かもしれない。

この日、私はガラス工芸の魅力に初めて気づいたのだった。

手に届くムラーノガラス照明

購入への金額的なハードルが高いと知った翌日、ヴェネツィアの街中で更に小ぶりのムラーノガラスの照明を見つけた。

小部屋(トイレ)の照明にもちょうど良さげなサイズ感
伝統的な技術とモダンなセンスが融合してる
お値段数万円で、まだ買える金額だった

カラフルなムラーノガラスが彩られた照明がとてもかわいい。ロンドンに郵送するとプラスで80ユーロかかると言われて、この場で買って帰ろうかと本気で悩んだ。

結局買わなかったけど、ムラーノガラス照明を購入するハードルを下げてくれた出会いだった。

奥様も興味津々

写真のお店はこちら。
オンラインショッピングは無さそうだった。

おまえもか!

ヴェネツィアからロンドンに戻って数日。 旅の余韻に惹かれるように、私はヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)に足を運んだ。

ガラス工芸の展示室に直行し、ヴェネツィアに縁があるアート作品を探した。すると、記憶に新しい作品がそこにあった。

Maria Grazia Rosinデザインの「Folpo」

ムラーノガラス博物館で見た作品の色違いが、ここV&Aにも展示されていたのだ。思わず(おおお!)と心の中で歓声をあげた。

ムラーノの職人たちによる作品が何百点と展示されていた
イギリス出身Joe Tilsonがムラーノの職人と共同制作した作品

17世紀から18世紀にかけて、イギリスの貴族たちはムラーノガラスを競って収集し、職人たちはその技術を学んで独自のスタイルを発展させていったという。なるほど、だからこれほど多くの作品がここに展示されているのか。

ひとしきりガラスルームで作品を鑑賞した後、ふと思い立ち、スマホでAIに
「見るべきムラーノガラスの展示はある?」
と尋ねてみた。

返ってきたのは、思いもよらない答え。

「正面ホールの、あの巨大な作品もそうですよ」

正面ホール?
私は正面玄関へ引き返し、頭上を仰ぎ見た。

圧倒的存在感で青と緑が複雑に絡み合う、デイル・チフーリ(Dale Chihuly)のシャンデリア。

おまえも、ムラーノだったのか!
彼はアメリカのガラス作家だけど、外国人で初めてムラーノ島の有名ガラス工房に立ち入りを許可された。
伝統技術を現代アートに昇華させた作品

その瞬間、 私の散らかった頭に浮かんでいた点たちが、また鮮やかな線で結ばれていく。
世界の解像度が一段階ぐっと上がる感覚に、ある種の快感を覚えるようになったのは、ここ最近のことかもしれない。 この線を増やしたくて、旅しているまである。

ムラーノガラス。
無意識に惹かれ続けてきたそのルーツを知った今、私はもう「なんとなく好き」とは思わない。

いつか必ず手に入れるその日まで、待っていてくれ!

いいなと思ったら応援しよう!

あさのひ 最後まで読んでいただきありがとうございます!