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「空襲の猛火でご飯を炊く」という話

こんにちは。

空襲体験のエピソードに、水に浸しておいた米が炊けて、釜に焦げ付いていた…というものがあります。
だけど、今夜の空襲はひどいことになりそうだから…と、敢えて、米と水を入れた釜を土に埋めご飯を炊いた…という話を聞いたことがありますか?
しかも、それを準備したのが、空襲警報が鳴ってからなのです。

戦時中、まだまだ木造家屋が多かった日本。家の中の障子や襖は紙でできています。木材や紙でできた家は燃えやすいですよね。
それを焼き尽くすために作られた爆弾が、焼夷弾(しょういだん)です。
ガソリンを混ぜたゼリー状のものが中に入っているので、燃焼力がものすごいのです。火は空気中の酸素を使って、大きく燃え上がります。それが、風を呼びます。火の粉が飛び、燃え広がり、手がつけられないほどの業火になります。そして、全てを焼き尽くす。

空襲の業火を知っている当時の人たちは、持って逃げられない大切なものを、土に埋めたり、井戸の中に入れたりして守っていたようです。
空襲のあと、焼け跡からそれらを掘り起こすのです。

釜を土に埋めて飯を炊くというのも、その応用編のようなもの。
逃げた先から自宅に戻る途中、昨夜の空襲で亡くなった人の遺体がたくさんありました。自宅も焼けていた。それでも、庭に埋めていた釜の中で米が炊けていたという喜びがあった。茶色く煙臭くなってはいたけど、ホカホカのご飯がありました。
この日、避難所の学校で配られた罹災者用の食事は、乾パン少しとタクアン2、3切れ。周りの人にも、握ったごはんを分けてあげました。

命を奪う空襲が毎夜あるという非日常。それが、もう日常になるという恐ろしさ。
だけど、この空襲下の地熱炊飯は、非日常の中で、どうにか日常を確保しようとしていた合理的な知恵であり、たくましさ。人間がもつ生きるための底力の現れではないかと感じるのです。

それでは、またの日に。

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後藤 律子@ 戦災語り部ガイド 応援してくださり、ありがとうございます!  いただいたチップは、資料や書籍購入・下見の交通費に充てさせていただきます。