22歳の夏に書いた文章を、41歳の今読み返して
こんばんは。
ロアー・ボイです。
今日はnoteの投稿企画で見つけた #未来のためにできること について書いてみることにしました。
(もうとっくに募集終了してる企画のようですが…)
僕は長らく建設業界でお世話になってきて、そこで数々の経験を得ると共に多くの方に支えてもらいました。
そして今があり、この先の未来に続いています。
小さなことですが、『未来のためにできること』として、建設業界で働く若い方々にエールを贈らせてもらいたいと思います。
昔の自分を思い出しながらお話しますので、先に少し、僕の昔話を聞いてもらえると嬉しいです。
駆け出しの頃
これは僕が仕事を始めた2007年の8月頃、先輩に書けと言われて(嫌々一晩で)書いたら入選してしまった作文です。
今読み返すと、愚直でひたむきでした。
建設業に働く若者からのメッセージ 香川県建設業協会 会長賞
『現場代理人への第一歩』 みつひろ(22歳)
「コーヒー買って来い。」
入社して4ヶ月、最近では自動販売機まで焦って走ることもなくなりました。いつものようにみんなで休憩している時間がとても楽しいです。
私の仕事は総合設備工事の現場代理人、今はまだ見習いですがメンテナンス中心の電気工事の現場を勉強させてもらっています。
大学卒業後の進路に何故この仕事を選んだかと言うと、就職活動中に参加した合同企業説明会がきっかけでした。当時私は住宅メーカーや自動車メーカーのブースを中心に会場内をまわっていました。そんな中偶然一人の学生も座っておらず、一見地味にも見える企業がとても気になったことをハッキリと覚えています。ブースに一人座り話を聞かせて頂くと、そこには「現場」の二文字がありました。大学時代の思い出の大半を占め、大好きだった引越しのアルバイトも終わりに近づき何処か煮え切らない思いで就職活動をしていた私ですが、これから自分が進むべき道が見えてきたような気がしました。
「この仕事をしてみたい!」
当時オームの法則も知らなかった私ですが、やる気だけでどうにか試験と二度の面接をパスし、入社することができました。
入社後の新人の仕事というのはどこの会社でもほとんど同じで、誰にでも出来るような事や、雑用だということは大学の教授や色々な人から聞き知っていました。しかし、雑用という仕事がまさか一日中ペンキを塗ったりコンクリートを塗ったり、ホコリと雨でドロドロになった電線を運んだりすることだとは思ってもみませんでした。仕事が嫌になったことも多少はありましたが、それでも今日までの4ヶ月、新鮮なことばかりで気付きの連続でした。建設業という業種の幅の広さ、図面を読む難しさ、電気工学等専門知識の必要性、現場代理人という仕事が協力者(材料屋さんや職人さん)の方々無しでは成り立たない仕事だということ、毎日のように顔を合わせる職人さんの口の悪さや人の良さ、ホコリやドロにまみれるような雑用も大事な仕事であること…等々。挙げれば限りがありませんがもう一点、建設業は危険が伴う仕事であるという事です。特に電気工事は目に見えない電気を扱う仕事であり、怪我はさることながら死亡する恐れさえある危険と隣り合わせの仕事です。
入社して4ヶ月、まだまだ半人前の私も段々と現場に慣れてきました。先輩の部下として大きな現場に入る日や、未熟ながら一現場代理人として小さなメンテナンスの現場に入る日等、毎日異なる現場や工事内容を経験させて頂いています。私の仕事は現場を経験するにつれ、工事の段取りをすることだけでは無いということが解ってきました。
電気は現代の生活に欠かす事のできないエネルギーであり、最近では建物の命であるような気さえします。そんな電気を設備する為に危険と隣り合わせで作業してくれる職人さん。この方達の安全を保つことが何よりも大事なことだと考えられるようになってきました。ほとんどからかわれている程度にしか聞いてはくれませんが、脚立上など不安定な足場で作業をする時に少しの注意を促してみたり、天井裏にいる職人さんに声をかけてみる等少しの心がけを怠らないようにしています。
「勝負にならん。」
という言葉を馴染みの職人さん達はよく使います。私はこの言葉をその場その場を勝負しているプロの言葉だと受け取っています。私自身も安全管理に関する講習等はもちろんのこと、常に勝負の気持ちを忘れずに過信や慢心と闘っていきたいです。
「コーヒー買ってこい。」
いつまでもこの楽しい時間が続くように。そしてこれからも会社の先輩や職人さん、材料屋さん…みんなで一丸となって良い作品を造り社会貢献出来るよう努力し、みんなの安全を保つことの出来る一人前の現場代理人になりたいと考えています。
その後
2011年の3.11をきっかけに、僕は自分の生き方を見つめ直しました。
「あとほんの少しでも、人の生活の基盤を支えることのできる仕事はないだろうか」
そう考えた結果、インフラに関わる仕事へ転職しました。
その会社には5年間お世話になりました。
ある工事で、僕は元請けの現場監督をしていました。
悪気がなかったことは分っています。とは言え、クライアントの過剰気味な要求を断りきれず、結果として下請けの親方に無理をさせてしまったことがありました。
その後、その親方は入院されました。関係があるかどうかは分かりません。それでも僕はお見舞いへ行き、謝りました。
(余談ですが、先日近所のスーパーで偶然再会しました。8年振りに元気な姿を見て心の底から嬉しかったです)
「こんなことをもう無くしたい」
その思いを核に、背伸びをしてプロジェクトマネジメントの世界に足を踏み入れました。
その後、独立しました。(関連記事を最後に貼らせてもらっています)
今日は夕方まで物流施設の設計図を描いていました。
機能的であること。環境に優しく、使う人も造る人も安全であるようにと思いを馳せながら。
そして今、「未来のためにできること」を考え、あの頃の僕のような若い人たちにほんの少しのエールを贈りたいと思い、このnoteを書いています。
みんなへのエール
今、君がしていること。
君がこれからしようとしていること。
それには間違いなく価値があります。
そこは、
君がいないと安全ではない場所かもしれません。
君がいないと形にならないものもあるでしょう。
技術は、人の手から人の手へ継承されます。
そして、君が歩いた道は
いつか迷っている誰かの道しるべとなります。
そのままで大丈夫です。
目の前のことから目を背けず、
できるだけ心のままに、真っ直ぐ進んでください。
そこには、
生きた建物と、人との繋がりが生まれます。
無理は禁物です。
それでも努力は確実に実を結び、未来は静かに続いています。
大丈夫です。
ロアー・ボイ(みつひろ)
追伸:関連記事です👇 良ければ。
僕の成り行きの独立。今はとても自然な気持ちです。|ロアー・ボイ(みつひろ)
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