雑記 不死身って
不死身。誰もが聞いたことがあると思う。文字通り、死なずの身体。全ての男子の夢。あるいは、科学が目指す極地。
アニメや漫画、ゲームでも度々不死身の力を持ったキャラクターが「究極の生命体」みたいな紹介のされ方、あるいは自称をして、主人公の前に立ち塞がり、そして多くの場合、皮肉にも不死身であるが故の末路を辿って物語から退場していく…が、少し待てと。今、「究極の『生命体』」って言ったか?実は俺はその表現に前々から異議を唱えたいと思っていたのだ。
では、どうして俺としては解せないのか。
生命というのは、まず生まれ、種や個体に差はあれど生き、そしていずれ死ぬ。生きている限り、必ず死ぬ。「光」という概念があるから「影」という概念があるように、「死」という概念があるから「生」という概念があると俺は考えている。ではそこから死がなくなったら?
もう言いたいことは伝わっていることだろう。
俺は同時に、「生」という概念もなくなると思う。生きるものは遅かれ早かれ死ぬ。ならば逆に死なないのならそれは生きていると言えないのではないか。そう思うのである。
光がないのなら、そこに広がる一面の暗がりは闇であって、影ではないのと同様に、死がないなら生もない。そういう理論。
そこで俺は気づいた。
生きているとは言えないなら、「究極の『生』命体」って表現、おかしくないか?だって、「生」という概念がないのだから。
ならばどう呼べばいい?答えはこう。
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> 自律思考及び全自動有機擬似生命物体 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
うん。我ながら厨二臭くてカッコいいな。
死なず、生きているとは言えないそれを、俺はただの「モノ」だと思った。だからこそのネーミング。
自分のことを「究極の生命体」だとかカッコつけて自称する不死身の力を手に入れたキャラどもはこれから「自律思考及び全自動有機擬似生命物体」とでも名乗るといい。長い?素人は黙っとれ。こういうのは漢字たっぷりで長ったらしいのがカッコいいって相場が決まってんの。
以上、俺が不死身に対して抱いていた異議でしたとさ。
余談にはなるが、不死鳥/フェニックスは、死んだら自ら燃えて灰になり、そこから生まれてくる。気づいた?
そう、「死」んでいる。不死鳥ってのは名ばかりで結局死んでいるのだ。だから、俺の理論では生命体でいいと思うし、不死身でもなんでもない。よかったね。
結局何が言いたかったのかまとまらず、訳がわからないことになっているが、「不死身」の「生命体」って表現は矛盾してるんじゃないってお話。なにか思うところがあったらコメントとかで言ってね。
じゃ、また次の文章で会いましょ。
アリーベ帰るチ!(さよナランチャ)
