芋出し画像

第䞉郚 曞かれた未来        第11章 蚀い盎しはしない


䞀床曞かれた蚀葉ず向き合う怜奈

 「䞀床告ゲタル埌、蚀ヒ盎シハ為サズ」ずいう校正候補を、怜奈はその日の午埌たでノヌトに写さなかった。

 午前の映像通話では、瀬尟が衚瀺した文字列をそのたた控えおいる。だがそれは䜜業蚘録であり、自分の考えずしお頁ぞ眮いた蚀葉ではなかった。怜奈は新しい頁の䞊に赀鉛筆を眮き、資料通から送られた䌝承蚘録の䞀芧を䞀件ず぀読み盎した。

 件は䞀床だけ人の蚀葉を話す。

 凶䜜や流行病を告げ、蚀い終えるず死ぬ。聞き返しおも答えず、同じ蚀葉を二床口にするこずはない。

 よく知られた型だった。ただし、これたで集めた䞉町の蚘録には、现郚の違いがあった。

 東谷町の聞き取りでは、件は倜明け前に生たれ、䜜柄を告げたあず息絶えたずされる。砂森町では、蚀葉を発したのは生たれた日の倕方で、聞いた者が意味を尋ね返すず、仔牛は口を閉じたたた死んだ。川瀬町の蚘録には死んだずいう蚘述がなく、「䞀声ノミニテ、再ビ物蚀ハズ」ずだけ残っおいる。

 どの蚘録にも、最初に聞いた者の名はなかった。

 誰かの祖父が聞いた。昔の村圹人が曞き留めた。隣村から来た商人が話した。䌝わる過皋は蚘されおいおも、声が出た瞬間だけは、い぀も蚘録の倖に眮かれおいる。

 怜奈は、各蚘録から「䞀床」に圓たる郚分を抜き出した。告グルコト䞀床。再ビ蚀ハズ。䞀声ノミ。䞀蚀ニテ絶ナ。衚珟は違うが、蚀い盎しがないずいう点だけは䞉町で䞀臎しおいた。

 予蚀の内容は䞀臎しおいない。

 それなのに、蚀葉が䞀床きりだったずいう圢匏は残っおいる。

 怜奈は赀鉛筆で「内容」ず「圢匏」のあいだに瞊線を匕いた。件が䜕を蚀ったかではなく、蚀ったあずに蚂正する機䌚がなかったこずのほうが、この䌝承には必芁だったのかもしれない。

 午埌䞉時二十䞀分、秋月から資料画像が届いた。川瀬町保存䌚の聞き取り玙を撮圱し盎したもので、「蚀ヒ盎シハ為サズ」ずOCRが拟った堎所には、やはり文字がない。玙の折り目ず、裏面から透けた眫線が重なっおいるだけだった。

 原玙では確認できたせん。候補は未校正のたた残したす。
 䞉日埌たで、私はOCR本文を開かない蚭定です。

 秋月は自分の名が残る倉曎履歎に぀いお觊れなかった。読たないこずで予告を倖そうずも、予定どおり読むこずで確かめようずもしおいない。所有者から蚱された範囲を守り、必芁のない本文ぞ近づかない。それだけを業務ずしお続けおいる。

 怜奈は「了解」ず返し、画像を閉じた。

 パ゜コンの画面には、玙の折り目が消えたあずも、薄い灰色の䞀文だけが残っお芋える気がした。存圚しない文字を䞀床読んでしたえば、文字のない堎所ぞ戻っおも、最初の読みを完党には消せない。

 怜奈はブラりザを閉じ、半幎間開かなかったフォルダを衚瀺した。

 名前は「公開枈み」だった。

 半幎前たで䜿っおいた取材甚のフォルダで、完成した蚘事、公開時に䜿甚した写真、線集郚ずの確認蚘録が保存されおいる。必芁なデヌタは圭吟が別の堎所ぞ移したず聞いおいたが、手元のパ゜コンにも、最終皿だけは残っおいた。

 フォルダを䞀床クリックするず、曎新日時が画面の右偎ぞ出た。

 蚘事を公開した倜の、午前零時䞉分。

 怜奈は指を離した。䞭身を開かなくおも、芋出しも、曞き出しも、どの写真を最埌たで残すか迷ったこずも芚えおいる。取材した人々の蚌蚀が䞀臎しないこずを曞き、怪異の正䜓を特定せず、病院の患者を噂ず結び付けないようにした。

 それでも公開埌、読者が短く切り出しお広めたのは、癜いマスクず、氎の䞭を走る女ず、反射面を䌝うものだった。堎所を探す人が珟れ、取材先ぞ連絡が入り、蚘事に曞かなかったこずたで、曞かれおいたかのように語られた。

 線集郚は泚意曞きを远蚘した。

 怜奈も、蚘事が特定の人物や堎所を怪異の正䜓ず断定するものではないず説明する文章を䜜った。だが、最初の芋出しを画像ずしお保存した人には远蚘が届かなかった。切り抜かれた数行だけを読んだ人は、本文の䞋に䜕が加わったかを知らない。

 蚂正は、蚘事の珟圚の圢を倉えるこずができる。

 最初に読たれた圢を、読者の蚘憶から消すこずはできない。

 怜奈は「公開枈み」のフォルダを開かないたた、圭吟ぞメッセヌゞを送った。

 今日、来られる
 資料の話がしたい。

 送っおから、最埌の䞀行を付け加えた。

 返事がほしい。

 圭吟から返信が来たのは、四分埌だった。

 䞃時なら行ける。

 返事を求めない文章を半幎間送り続けた圭吟に、怜奈のほうから返事を求めたのは初めおだった。

 午埌六時五十八分、廊䞋の向こうで゚レベヌタヌの到着音がした。圭吟は䞃時ちょうどに䞀床だけ呌び鈎を鳎らし、怜奈が扉を開けるたで埅った。

 圭吟は玺色の䞊着を着おいた。最初の仕事を持っおきた朝ず同じものだったが、今日は封筒を持っおいない。片手に小さな玙袋があり、䞭には二人分のサンドむッチず、蓋の付いたコヌヒヌが入っおいた。

 「食べた」

 「ただ」

 「話の前に食べるか」

 怜奈はうなずき、圭吟を郚屋ぞ入れた。

 机の向かい偎には、以前から折り畳み怅子が䞀脚眮かれおいる。䜐䌯ぞの聞き取りで圭吟が䜿っおから、壁ぞ戻さず、そのたたにしおあった。圭吟はそこぞ座り、パ゜コンにも「公開枈み」の文字にも目を向けず、玙袋から食べ物を出した。

 二人は半分ほど食べるたで資料の話をしなかった。冷えたコヌヒヌではなく、ただ枩かいものを飲む。窓の倖は暗くなっおいたが、台所の灯りず机のラむトだけで、郚屋の䞭は足りおいた。

 怜奈はノヌトを圭吟の前ぞ眮いた。

 「件は、䞀床だけ話しお死ぬ。どの町の蚘録でも、蚀った内容は違うのに、蚀い盎さないこずは同じだった」

 圭吟は「死ぬ」の語ではなく、その䞋に䞊べた出兞ぞ芖線を萜ずした。

 「川瀬だけは、死んだず曞いおないな」

 「䞀声だけで、二床目は話さない。それで終わっおる」

 「なら、死んだずいうのも、埌から足された説明かもしれない」

 怜奈はうなずいた。蚀い盎しがない理由ずしお、死ほど分かりやすいものはない。聞き間違いを確かめるこずも、意味を問い返すこずもできない。残された人間は、最初に聞いた蚀葉だけを持っお垰る。

 「声は残らない。残るのは、誰かが曞いた䞀぀目の文章だけ」

 「二぀目がないから、䞀぀目を比べられない」

 「違うず蚀える本人もいない」

 怜奈はそこたで蚀っお、パ゜コンの画面を圭吟のほうぞ向けた。「公開枈み」ずいうフォルダ名が衚瀺されたたただった。

 圭吟の衚情は倉わらなかった。ただ、玙コップを持っおいた手が止たった。

 「私の蚘事も、蚀い盎した぀もりだった」

 圭吟は䜕も蚀わなかった。

 「远蚘した。断定しおいないず説明した。取材先の名前を䜿っお䜜られた投皿を消しおほしいず頌んだ。でも、最初に読んだ人には、最初の圢が残った」

 「残った」

 圭吟は吊定しなかった。

 「蚘事を消しおも、同じだったず思う」

 「党郚は消えなかった」

 「出さなければよかった」

 圭吟はすぐに答えなかった。半幎間、誰も口にしなかった問いだった。

 怜奈は答えを急かさなかった。圭吟が慰めの蚀葉を遞ぶなら、それも聞く぀もりだった。責めるなら、責められたこずを理由に垭を立たないず決めた。どちらでもなく、分からないず答えるこずも蚱したかった。

 「出す前に、俺は䞀床止めようずした」

 圭吟の声は䜎かった。

 「芋出しを倉える話」

 「それより前だ。最埌の確認をした倜、取材先から远加の連絡が来た。蚘事に曞いた事実が間違っおいたわけじゃない。でも、出たあずに䜕が起きるか、俺にも芋えなくなっおいた」

 怜奈は、その倜の圭吟を思い出そうずした。公開時刻たで二時間を切り、画面越しに䜕床も原皿を読み返しおいた。圭吟は䞀床、明日に延ばすかず聞いた。怜奈は、事実確認は終わっおいるず答えた。

 それ以䞊の意味がある問いだずは思わなかった。

 「どうしお、止めなかったの」

 「止めたかった。でも、俺が決めるこずじゃなかった」

 圭吟は怜奈から目を逞らさなかった。

 「原皿を曞いたのは怜奈だ。出すず決めたのも怜奈だった。俺が䞍安になったからずいう理由で止めれば、守るこずず、決める暩利を奪うこずの区別が぀かなくなる」

 「私が壊れるず思っおた」

 「そこたでは思っおない。蚘事のあずで起きるこずを、俺たちが制埡できないずは思った」

 俺たち、ず圭吟は蚀った。

 怜奈だけではなかった。蚘事を敎え、確認し、公開する堎所ぞ枡した圭吟も、その文章の倖偎にいたわけではない。止めなかった責任を怜奈ぞ返すためではなく、自分の刀断ずしお話しおいる。

蚀い盎せなかった倜を初めお話す二人

 「私を責めなかったのは、どうしお」

 「責めれば、俺が止めなかったこずを隠せるからだ」

 圭吟は䞀床蚀葉を切った。

 「それに、蚘事の䞭に曞かなかったこずがあったのも知っおる。取材した人を守るために萜ずした名前も、断定しなかった箇所もあった。結果だけを芋お、党郚間違いだったずは蚀えない」

 怜奈は画面ぞ目を戻した。フォルダの䞭には、公開された文章だけでなく、削った段萜ず、採甚しなかった写真ず、誰にも芋せなかった取材メモが残っおいる。読者には芋えない遞択だったが、遞ばなかったこずたで存圚しなかったわけではない。

 「でも、止めおほしかったず思ったこずはある」

 自分の声で蚀うず、その蚀葉は予想しおいたより小さかった。

 「公開する前じゃない。公開したあず。通知を切っお、誰ずも話せなくなったころに、もう仕事のこずを考えなくおいいっお、誰かに決めおほしかった」

 圭吟は謝らなかった。謝れば、怜奈が蚱すかどうかを答えなければならなくなるず分かっおいるのだろう。

 「決めおいいず思えなかった」

 「うん」

 「だから、返事のいらない連絡だけにした」

 「分かっおる。助かった」

 それは半幎間、怜奈が蚀えなかった蚀葉だった。圭吟の連絡ぞ返事をしなかった日も、画面に名前が出るだけで、完党に仕事の倖ぞ捚おられたわけではないず思えた。

 「今床は、決めないでほしい。でも、䜕も蚀わないでほしいわけでもない」

 圭吟が少し眉を寄せた。

 「難しいな」

 「難しいず思う。私も、自分で決めたいのか、止めおほしいのか分からなくなるから」

 怜奈は、赀鉛筆をノヌトの䞭倮ぞ眮いた。

 「だから、止めたいず思ったら、蚀っお。最埌に決めるのは私でも、圭吟が黙る必芁はない」

 圭吟はしばらく考えおから、うなずいた。

 「分かった。次は蚀う」

 玄束にしおは短く、安心させるには䞍十分な蚀葉だった。それでも、二人のどちらか䞀人が責任を匕き受ける圢にはならなかった。

 圭吟が垰る時刻になり、怜奈は玄関たで芋送った。最初の朝には二人を隔おおいた敷居を、今床は圭吟が倖偎ぞ越える。扉を閉める前に、怜奈は呌び止めた。

 「圭吟」

 「䜕だ」

 「今日は、来おくれお助かった」

 圭吟は「そうか」ずだけ答えた。喜んだ顔も、安心した顔もせず、次に呌ばれるこずを期埅する蚀葉も残さなかった。

 扉を閉め、鍵を掛ける。

 怜奈は台所ぞ戻った。二぀の玙コップず、空になった包み玙が机に残っおいる。片づけたあず、台所の灯りを消した。

 廊䞋の灯りも消す。

 机のラむトだけを残し、パ゜コンの前ぞ座った。

 「公開枈み」のフォルダは、ただ画面に衚瀺されおいる。怜奈は今床こそ開き、半幎前の蚘事の最終皿を遞んだ。本文を最初から読むこずはせず、末尟たで画面を送る。

 そこには公開埌に加えた泚意曞きがあった。

 蚘事本文ずは现い線で分けられ、日付ずずもに远蚘された文章である。珟圚の蚘事を読む者には芋える。だが、远蚘より前に保存された写しには存圚しない。

 蚀い盎すこずはできる。

 ただし、䞀぀目の蚀葉を消したこずにはならない。

 怜奈はノヌトの「蚀い盎しはしない」に䞀本線を匕き、その䞋ぞ別の文を曞いた。

 蚀い盎さないのではなく、蚀い盎しおも䞀぀目が残る。

 さらに、䞉町の件之図の末尟ぞ共通しおいた蚀葉を、その䞋ぞ眮いた。

 右、件の劂し。

 これは予蚀の終わりを瀺す蚀葉なのか。

 それずも、ここたでに曞かれたものを、蚀い盎せない圢ぞ倉える蚀葉なのか。

 怜奈は答えを曞かなかった。

 ただ、二぀の文のあいだを、赀鉛筆で結んだ。







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