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現実世界のチートは、どこにあるんだろうね


 少し前から、お金について考えています。

 お金そのものが欲しいというより、お金があることで自分の時間を守れたり、嫌なことを断れたり、妻と出かけたり、誰にも急かされずに小説を読めたりする。私が本当に欲しいのは、そういう自由なんじゃないかという話です。

 そんなことを考えているうちに、今の現実世界には「チート」を使ってお金を稼いでいる人がいるよなぁ、と思ったんですよね。

 いや、もちろん不正をしているという話ではありません。ここでいうチートとは、今までの常識とは違う方法を使って、普通に働いているだけでは届かないような場所まで行ってしまう人のことです。

 noteの記事で月に百万円以上稼いでいる人がいる。コンテンツビジネスで月に一千万円稼いでいると話す人もいる。

 それが売上なのか利益なのか、本当に毎月続いているのかは分かりません。大きな数字を見せること自体が、次の商品を売るための宣伝になっている場合もあるので、そこは少し冷静に見た方がいいと思います。

 それでも、会社に勤めて、決められた時間に働き、毎月決まった給料を受け取ってきた私からすると、まるで違う世界の話に見えるんです。

 一日は誰にとっても二十四時間しかないはずなのに、どうしてそんな金額を稼げるのか。普通に考えたら、どこかで時間の上限にぶつかるはずなんですよね。

 でも、その人たちは、自分の時間だけを売っているわけではありません。

 一度書いた記事が何度も読まれ、一度作った教材が何度も売れる。SNSを使えば、一人で話しているのに何千人、何万人へ届けることができるし、AIを使えば、今まで何日もかかっていた作業を短い時間で進められることもある。

 本人がその場で働いていなくても、過去に作ったものが働き続ける。

 たぶん、これが現実世界にあるチートの正体なんでしょうね。

 この話を考えていたら、異世界小説に出てくる主人公に似ているなと思いました。

 現代の日本から異世界へ行き、その世界にはまだない知識や方法を使って商売を始める。料理の知識だったり、農業のやり方だったり、商品の売り方だったりする。それによってお金を稼ぎ、やがて何不自由なく暮らせるようになる。

 異世界の人たちから見れば、それはとんでもない発明です。

 でも、主人公にとっては、元の世界では誰でも知っていたことだったりする。本人は何もないところから魔法を生み出したわけではなく、自分が知っていることと、その世界にないものとの差を見つけているんですよね。

 考えてみれば、これは今のコンテンツビジネスでも同じなのかもしれません。

 自分がいる場所を確認して、周りを見渡す。そして、自分が持っているものの中から、まだ届いていない人や、それを必要としている人がいる場所を探す。そこで自分の経験や知識を差し出して、お金に変えていく。

 つまり、チートとは特別な才能ではなく、自分と相手の間にある差を見つけることなのかもしれません。

 自分にとっては当たり前だけれど、誰かにとっては分からないこと。自分は何度も失敗しながら覚えたけれど、これから始める人はまだ知らないこと。そこに価値が生まれる余地があります。

 ところが、自分のことになると、それがなかなか見えないんですよね。

 自分ができることなんて大したことではない。もっと詳しい人がいる。こんなものにお金を払う人はいないだろう。そんなふうに考えて、最初から価値のないものとして片づけてしまう。

 私も同じです。

 小説を書いたり、AIで画像を作ったり、KDPで本を出したり、noteの記事を何度も書き直したりしてきました。でも、自分にとっては日々やってきたことなので、それが誰かに渡せる経験だとは、なかなか思えませんでした。

 けれども、最初にKDPの本を作ろうとしている人から見れば、画像のサイズや解像度、余白の取り方だけでも分からないことがたくさんあります。

 AIに画像を作らせたけれど、一度で完成しない。指示を出し直すと、直したかったところとは別の場所が崩れる。そんな経験も、同じところで困っている人には役に立つかもしれません。

 私にとってのチートは、何でも一瞬で完成させる魔法ではなく、失敗して、直して、また失敗してきた過程を残していることなのかもしれない。

 失敗した本人には遠回りでも、あとから来る人にとっては、その記録が近道になる。そう考えると、失敗も経験も、少し違って見えてきます。

 では、自分が持っているチートを見つけるには、どうしたらいいのか。

 ここで、ジャーナリングが使えるんじゃないかと思ったんです。

 ジャーナリングというと、毎朝ノートを開いて、目標や感謝していることを書くような、少し意識の高いものを想像してしまいます。

 でも、立派なことを書く必要はありません。ゴチャゴチャしている頭の中を、いったん外へ出すだけでもいい。

 たとえば、こんなことを書いてみる。

 「これまで、どんなことに時間を使ってきたんだろう」

 「何度も失敗したけれど、今なら人に説明できることは何だろう」

 「昔の自分は、何が分からなくて困っていたんだろう」

 「人から聞かれたり、頼まれたりしたことは何だろう」

 「自分の経験で、誰のどんな困り事を少し楽にできるだろう」

 すぐに答えが出なくても構いません。

 むしろ最初は、「何もない」「分からない」「自分には無理だ」と書くかもしれない。でも、そこから少しずつ掘っていけばいいんだと思います。

 自分には何もないと思っている人でも、これまで生きてきた中で、何かに困り、何かを覚え、何かを諦め、何かを乗り越えてきたはずです。

 仕事で覚えたことでも、趣味で続けてきたことでも、家族との生活で身につけたことでもいい。自分にとって普通になってしまったものほど、書き出してみなければ、その価値には気づきにくいんですよね。

 そして、もう一つ書いておいた方がいいことがあります。

 「私は、お金を得て、どんな自由が欲しいんだろう」

 ここが分からないまま、月百万円や月一千万円という数字だけを追いかけると、たぶん終わりがありません。

 もっと売らなければならない。もっと発信しなければならない。もっと大きく見せなければならない。自由になるために始めたはずなのに、いつの間にか別のものに追い立てられてしまう。

 私が欲しいのは、本当に月一千万円なのか。

 それとも、自分の生活を守りながら、会社だけに頼らなくてもいいと思える収入なのか。妻と出かけたり、小説を読んだり、自分の物語を書いたりする時間を、誰にも奪われずに持てることなのか。

 必要な自由が分かれば、必要なお金の形も少しずつ見えてきます。

 大勢に向けて高額な商品を売る必要はなく、少人数に役立つ小さな記事を積み重ねる方が、自分には合っているかもしれない。毎日SNSで発信し続けるより、時間をかけて本や教材を作り、それを長く残す方がいい人もいるでしょう。

 異世界小説の主人公だって、何も考えずに能力を振り回しているわけではありません。

 まず、自分は何を持っているのかを知る。次に、その世界では何が足りないのかを確かめる。そして、自分の力が役に立つ場所に立つ。

 現実世界では、突然ステータス画面が現れて、自分の能力を一覧で教えてくれることはありません。

 だから、自分で書き出して確認するしかない。ジャーナリングは、現実世界における自分のステータス画面のようなものなのかもしれません。

 書いたからといって、すぐに稼げる方法が見つかるわけではありません。

 何が売れるかは、実際に小さく出してみなければ分からない。記事を一つ書いてみる。自分の失敗と解決方法をまとめてみる。誰か一人に読んでもらい、どこが役に立ったのかを聞いてみる。

 そうやって試してみて、反応があったものを少しずつ育てていく。

 チートのように見える人たちも、最初から正解を知っていたわけではなく、自分の立つ場所を探しながら、小さな仕組みを積み重ねてきたのだと思います。

 あなたにも、すでに何かあるはずです。

 ただ、それがあまりにも自分に近すぎて、価値のあるものとして見えていないだけかもしれません。

 まずは、頭の中にあるものを外へ出してみる。

 自分は何を経験してきたのか。誰の、どんな困り事なら分かるのか。そして、その経験を使って、どんな自由を手に入れたいのか。

 その三つが重なるところに、あなたが立てる場所がある。

 それは、一夜で大金を生み出すような派手なチートではないかもしれません。でも、自分の経験を誰かの近道に変え、その対価として少しずつお金を受け取ることはできる。

 現実世界のチートとは、特別な人だけに与えられた能力ではなく、自分がすでに持っているものの使い道に気づくことなのかもしれません。

 そして、その使い道を探す最初の一歩が、ゴチャゴチャした頭の中を、いったん書き出してみることなのだと思います。


自分の中にある「チート」を、使える形にしてみる

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