施設からの1本の電話。ケアのプロが家族の立場になって気付いた、言葉の重みと配慮
私はこれまで23年間、介護福祉士として高齢者ケアの現場に身を置いてきました。
長くこの仕事に携わり、現場の忙しさは誰よりも理解しているつもりです。 一筋縄ではいかない利用者様への対応の難しさも、身をもって知っています。
しかし今、私はもう一つの顔を持っています。 それは、93歳になる父を施設に預けている「一人の家族」としての顔です。
先日、父の入所する施設から一本の電話がありました。 その電話をきっかけに、私は一人の家族として激しい憤りと悲しさを覚えました。 同時に、ケアに携わるプロとして「言葉の重み」について深く考えさせられることになりました。
● 相手の都合を置き去りにした、突然の電話
最初の電話があった時、私はちょうど仕事の業務中でした。 ケアの現場は一分一秒を争うことも多いため、「後ほどかけ直します」と伝えて一度電話を切りました。
その後、時間を見つけて折り返しました。 しかし、「誰がかけたか分からない。たぶん看護師だと思うので、またかけ直させます」と言われたきり、しばらく連絡はありませんでした。
放置されたまま、再び電話がかかってきたのは、私が最も業務に追われて忙しくしている時間帯でした。 電話の主は、やはりその施設の看護師でした。
彼女は私の状況を気にかける様子もありませんでした。 ただ淡々と、自分の話したいことだけを長々と話し始めたのです。 あまりの配慮のなさに、私は「今、業務中なので、後からにしてもらえますか」と伝えて電話を終えました。
用件は、父の皮膚のかゆみについてでした。 施設で提携している病院の薬が効かないと、父が納得せず言うことを聞かないそうです。 お風呂の時に強くこすらないように言っても、耳を傾けないとのことでした。
だから「お父さんはうちの病院の薬で不満があるようで。再度、息子さんが本人の納得できる系列外の皮膚科に連れて行ってもらえませんか」という内容でした。
施設側の事情は分かります。 しかし、家族である私の都合を全く気遣わず、一方的に施設側の都合だけを押し付けるような態度に、私は少しイラッとしたのを隠せませんでした。 明後日が私の休みだったので「何とかします」とだけ伝えて、その場は収めました。
● 言葉選びひとつで、刃(やいば)に変わる
翌日、私は早番でした。 夕方の時間なら、仕事を終えてから父を皮膚科に連れて行けるかもしれないと考えました。 そう思い、段取りを工面して施設に「今日の16時過ぎなら連れて行けます」と電話を入れました。
すると、再びあの看護師が電話口に出たのです。 彼女は私の言葉を聞くなり、「えっ? 明日が休みと言いませんでしたっけ?」とけげんそうな声を上げました。
私が「今日が早番なので、夕方連れて行こうと思って」と説明すると、彼女から信じられない言葉が返ってきたのです。
「お父さんは、話が通じなくて大変です。こちらはてんてこ舞いなんですよ」
「お風呂の時も、タオルで強くこすりすぎます。息子さんからも注意してもらえませんか?」
この言葉を聞いた瞬間、私は強い嫌悪感と、ふつふつとした怒りを覚えました。
介護や医療のプロが、家族に対して、施設での対応の難しさをそのまま愚痴のようにぶつけるものでしょうか。 特に「話が通じなくててんてこ舞い」という配慮に欠けた言葉には、非常に激しい苛立ちを覚えました。
意思疎通が難しかったり、こだわりが強かったりする利用者様に対して、どのようなアプローチをして、どう対策を練っていくか。 それこそが、プロである施設側の役目であり、技術のはずです。 それを、何のフィルターも通さずに家族に不満としてぶつけるのは、あまりにも配慮に欠けています。
● 家族が施設に親を託す、本当の理由
そもそも、なぜ家族は大切な親を施設に預けるのでしょうか。 そこには、言葉には言い尽くせないほどの葛藤や苦悩があります。
私だってそうです。 「介護疲れを軽減したい」「このままでは共倒れになってしまう」――。 そうした切実な思いがあり、悩んだ末に、プロである施設を信頼して父を託したのです。
それなのに、現場の不満や「大変だ」という言葉をそのままぶつけられてしまっては、家族は深く傷つきます。 「私たちの選択が間違っていたのだろうか」 「私たちが無理をしてでも、家で看るべきだったのか」と、自分を責めてしまいます。
家族の立場になってみて初めて、その言葉がどれほど鋭い刃となって心をえぐるかが分かりました。
さらに悲しかったのは、私が仕事をやりくりし、夕方に父を皮膚科へ連れて行くと伝えたことに対する反応です。 その看護師から「ありがとうございます」の一言もなかったことです。
系列外の病院受診は家族対応、という施設のルールは理解しています。 だからこそ、家族も自分の生活や仕事を犠牲にして、必死に協力をしています。
せめて「ご協力いただき、ありがとうございます」という一言があれば、こちらも「お互い様だから、お父さんのために頑張ろう」と思えたはずです。 その感謝の言葉すらなく、「連れて行って当たり前」という態度を取られたことが、何より残念でした。
● おわりに:言葉の重みを謹んでほしい
その日の夕方、私は施設へ走り、父を皮膚科へ連れて行きました。 今の私は、新しく障がい者支援施設で働き始めてちょうど1ヶ月が経ち、一からの学び直しをしている真っ最中です。
自分自身も慣れない環境で必死に踏ん張っている最中でした。 それだけに、迎えた一日の終わりは、本当に嫌な雰囲気のものになってしまいました。
幸いにも、この施設の他の相談員の方々は以前からとても丁寧で、信頼できる対応をしてくださっています。 だからこそ、この看護師一人の「プロとしての資質」と「言葉の配慮のなさ」が際立って見えました。
忙しい現場の気持ちは、私にも痛いほど分かります。 余裕がなくなる瞬間があるのも事実でしょう。
だからこそ、私たちは「言葉の重み」を忘れてはならないのです。 家族を傷つけるような言葉は慎んでほしいと思います。 共に利用者様を支えるパートナーとして、最低限の敬意と配慮を持って接してほしいです。
一人の「家族」としてのこの苦い経験を胸に、私自身もまた、今向き合っている障がい者支援の現場で、目の前の利用者様、そしてそのご家族に対して、誠実で温かい言葉を紡いでいきたいと強く思っています。
