いつまでも子供です
原付一種バイクの基準が変わった。
これまで原付一種と言えば、長い間50cc以下のバイクだった。
それが、排ガス基準が厳しくなったことにより、最高出力を抑えた125cc以下へと変更になった。
時代の流れだろう。
原付一種バイク(以下原付)と言えば、私が高校生の頃は、多くの同級生が自転車代わりに使っていた。(バイク通学は禁止でしたが。)
田舎の高校だったので、私も、土日の陸上競技部の練習には、原付で出かけていた。
もちろん、もっと大型の免許を取って、400ccバイクを乗り回す友人もいた。
まだヘルメットをかぶる義務もなかったので、ノーヘルで原付を乗り回していた(原付一種のヘルメット着用義務は、1986年から)。
三ない運動もまだ始まる前で、のどかな時代だった。
アマチュア無線をしたり、原付で近所を走り回ったり、部活に没頭したり、今から思えば、私は自由気ままに高校生活を楽しんだ。(もう少し勉強にも力を入れればよかったと反省します。)
60代も半ばを過ぎたが、今でもバイク雑誌やツーリング雑誌を見かけると、つい手に取ってしまう。
現在の私のバイク免許は中型(400ccまで)だが、原付二種(125CC以下)くらいの小型バイクで、片道5,60kmくらいのソロツーリングをしてみたいと、時々思うことがある。
本当にやろうとしたら、妻や子供たちの猛反対にあうことは分かっている。
だから、頭の中の想像だけで楽しんでいる。
それでも、若いころ、風を切ってバイクを飛ばしたあの感覚は、今でも忘れない。
思い出すと、身体が自然とワクワクしてくる。
まあ、アマチュア無線を無事復活させられたのだから、バイクはもうやめておこう。
家族を心配させてまで、乗りたいとは思わない。
しかし、いくつになっても私の心は子供のままだ。
青葉のように若かった時代に、いつでも戻ることができる。
昔のバイクカタログが売られていたら、買ってみよう。
それを眺めながら1日過ごすのも悪くなさそうだ。
※ちなみに、私が乗っていた原付バイクは、ヤマハのMR50というバイクでした。(2サイクル,5段リターン式のクラッチ付きです。メーター読みで90km/h近く出ました。)
友達の多くは、同じヤマハのGT50(ミニトレ)に乗ってました。
昭和50年頃のことです。
原付スクーターが普及する前の時代でした。
