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【シャミ猫の談話室】感受性が豊かだと国語は難しい。

こんにちは。シャミ猫です。

今回は、国語といっても、試験としての国語の話。
最近noteの中をふらふら漂っていたら、教育系を書いている人やお子さんがいらっしゃる方も多い感じがしたので、ちょっと私が苦戦したけど最終的に克服した現代国語について書いてみようかなと思います。

私は幼い頃から感受性豊かと言われてきて、人の感情も敏感に感じ取ってしまう、まぁラベリングをするならばHSPというものなのでしょう。
その性質は、対人だけでなく、対文章にも影響します。

それがただの読書なら問題ないのですが、試験として文章を読む時には弊害になります。
小学生の頃、試験問題に感情移入しすぎて、泣いてしまうこともあるくらい、行間を読み、背景まで考えてしまうのです。

ですが、国語の試験で問われているのはそういう能力ではありません。
あまり授業中に試験の解き方みたいなのはやった記憶がなく、現代国語に関しては読書量が大事、みたいな風潮があったように思いますが、点数は伸びませんでした。

この認識が変わったのは高校になってから。
国語の先生が文章をパズルのように分解して、問題の答えを全て文章中に明記されているもので組み立てていきました。

よくある問題で、この時の筆者の気持ちは?みたいなのがあると思いますが、それは本当の気持ちではなく、出題文部分だけを分析して解答することが必要だったのです。
背景とか、行間とかは、全く不要というか、もはやそれはノイズなのです。
すべては問題文の中から拾い出す必要があります。

ちなみにこの国語の先生とはちょこちょこ議論になって、先生に対して「先生は情緒がないですよね」って言い放ったこともありましたが、その先生の解き方を真似ていったら、飛躍的に点数が上がりました。

大事なのは、接続詞が順接なのか逆説なのか、そして指示語が何を指しているのかを明確にすること。
その文章から自分が何を感じ取るのかは一旦横に置いておいて、あくまでドライに立ち向かうことが試験としては要求されています。

この記事が役にたつと思う方がどれだけいるかはわかりませんが、もしお子さんに国語の解き方をうまく教えられなくて困ってるという方がいたら、こういうアプローチも試してみてもいいかもしれません。


マガジン【シャミ猫の談話室】では、雑談のような、独り言のような記事をまとめています▽

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