【ネタバレ注意】映画ちいかわ深層考察|単3電池・セイレーンを現実の存在に例えると?・二重のダブルミーニングから紐解く恐怖と救い
【ネタバレ注意】映画『ちいかわ』深層考察メモ:単3電池、セイレーンの本質、そして表現の凄みについて
ネタバレなしの感想記事に続き、今回はネタバレ全開で映画『ちいかわ』(セイレーン編/島編)のディープな考察を展開していきます。
以下、ネタバレ無し編
鑑賞後に原作漫画を購入して読んだのですが、考えれば考えるほど恐ろしいほど緻密に作られた傑作だと痛感しています。
売上だけでなく作品としてのクオリティも極めて高いため、日本アカデミー賞アニメーション作品賞は確定的と感じます。
さらには、アメリカの典型的な3Dアニメとは一線を画す表現力と高い社会性(人間心理の描写)から、米国アカデミー賞長編アニメ映画賞へのノミネートも十分に狙える完成度だと確信しています。
ただ、受賞できるかどうかは競合作次第なところがありますし、ノミネートされるだけでも立派なことです。
それでは、本作が持つ深い魅力と伏線について、いくつかのテーマに分けて徹底的に解説・考察していきます。
1. 物語のその後:ヒトハとフタバ、そしてセイレーンの結末
まずは物語のラスト以降、ヒトハとフタバはどうなったのかについて。
ここは推測ではなく公式アイテム等で描かれている事実ですが、別の島へ逃げたヒトハとフタバは、追いかけてきたセイレーンに捕まり、水中の暗い場所に閉じ込められて「永遠の命」を味わうことになります。
公式で示されているのはここまでですが、個人的にはさらにその先、半永久的な命が尽きるタイミングで、ヒトハとフタバが「電池で動く人形」から「人魚」へと転生するような展開もあり得るのではないかと考えています。
2. セイレーンは「事故」だと知れば許すのか?
「もし事故だと知ったら、セイレーンは二人を許すのだろうか?」という議論がありますが、私の結論は「許さない。そもそも許す・許さないという思考の対象にすらしていない」です。
物語後のセイレーンは、現実世界で言えば「人肉の味を覚えたヒグマ」に近い状態です。
もともとは植物中心の食生活だったのが、人と関わることで味覚が進化し、事件の真相を捜査する過程で島民を食べ続けるうちに、その味を覚えてしまった。さらに言えば「一番美味しく食べる調理法や保存法」までマスターしてしまったわけです。
したがって、ヒトハとフタバを処理した後も、セイレーンは再び島民を食べにやってくるでしょう。
人間側の視点で考えてみてください。人間の街を何度も襲うヒグマに対して、私たちはどう対処してきたでしょうか?
セイレーンにとって島民は、人間に例えるなら「家畜」や「ペット」のような存在に過ぎません。
鳥インフルエンザで大量の鶏が殺処分されれば「かわいそうに」と胸は痛みますが、「責任を取って飼育員も死刑になるべきだ」とは思いませんよね。それと同じ残酷な認知のギャップが、セイレーンと島民の間には存在しているのです。
3. 「単3電池」に込められた意味と優れた考察たち
作中で重要な鍵を握る「単3電池」ですが、SNSや動画サイトでは様々な考察が飛び交っています。
感心した考察と疑問に残る考察
『電池が切れるまで』着想説 ドラマ化もされた名著『電池が切れるまで』がインスピレーション元ではないかという指摘には非常に納得しました。作者の世代的にも十分に考えられます。
安易な語呂合わせ説への疑問 一方で「『3』を2つ合わせると『∞(無限=永遠)』になるから」というような強引な考察には、少し首をかしげてしまいます。
個人的には、「作者の身近にあったおもちゃや人形が単3電池で動くものだった」というシンプルな理由が一番しっくりきます。ゲームボーイ(単3電池2本)のような電子ゲームというよりは、もっとシンプルな電池駆動のレトロなおもちゃのイメージです。
高須幹弥先生の感想動画に見る「人間心理」
もう一つ非常に印象深かったのが、高須クリニックの高須幹弥先生による感想動画です。
動画のサムネイルには「号泣しました」とあったため、最初は「ちいかわたちの友情に泣いたのかな?」と思っていました。しかし実際に動画を観ると、「弱点を突かれて倒れたセイレーンに対し、態度を手のひら返しで豹変させる島民たちの姿」に号泣したとおっしゃっていたのです。
数多くの人間模様を見てきた高須先生だからこそ、あの「状況や立場によってコロコロと態度を変える人間のリアルさ・醜悪さ」が深く刺さったのだと感じました。非常に深い視点ですので、未見の方はぜひチェックしてみてください。
(なお、ネット上では「ヒトハ+フタバ=ミツバ」となり、そこに「罪(ツミ)と罰(バツ)」が隠されているという説も見かけました。真偽は別として、興味深い着眼点です。)
4. 映画だからこそ映える「音声のダブルミーニング」と漫画の凄み
本作では「声に出した時の発音」によるダブルミーニングが決定的なキーポイントになっています。
「わかった(了解した)」と「(犯人が)わかった」
「単3電池」と「炭酸」
これらは「音声で聴かせる映画という媒体」だからこそ最大限に生きてくる仕掛けです。
唯一の例外:「実質無料」の仕掛け
しかし、原作漫画のコマに登場する「甘いもの、辛いもの、みんな実質無料」というフレーズには、漫画ならではの視覚的なレトリックが仕込まれています。
映画版では声優さんが「からいもの」と発音しているため音声上は「辛い」としか受け取れませんが、漢字表記では「辛いもの」を「つらいもの」とも読めます。
永遠の命を得る代償として支払う苦痛や悲劇――つまり「あまいもの(甘劇)」も「つらいもの(苦痛)」も、すべては『実質無料(代償なしでは済まない)』だったという恐ろしいダブルミーニングが成立するのです。
テキストで表現される漫画だからこそ成り立つの表現であり、メディアの違いを活かした素晴らしい描写だと感嘆しました。ぜひ、漫画版も読んでみてください。
5. ポスタービジュアルに隠されたメタファー
劇中の「ボンドロシール」に登場するアイテムやキャラクターが重要なのは明白ですが、あえてポスタービジュアルに描かれている「椿(ツバキ)」と「リンゴ」も、極めて重要なメタファー(暗喩)です。


椿(ツバキ): 不老不死の象徴である「八百比丘尼(やおびくに)伝説」とのリンク
リンゴ: アダムとイヴの「知恵の実(禁断の果実)」
その他、作中でちいかわが一人になった際、「プラムのような果実」をかじるシーンがあり、一部では八百比丘尼の「イチジク説」も取り沙汰されています。しかし、わざわざメインビジュアル(ポスター)に明示的に描かれた「椿」と「リンゴ」こそが、作品の根底に流れるテーマを提示する不可欠なメタファーであると考えるのが自然でしょう。

6. おまけ:公式の攻めすぎているコラボメニューと劇中歌
最後に、細かなファンサービスや仕掛けについても触れておきます。
コラボカフェのネタバレメニュー コラボカフェのメニュー名が「島民のタンサンドリンク」「セイレーンのたいへんよく漬けましたプレート」「いっしょに食べよう!人魚の煮付け」「人魚まんじゅう3個セット」など、ストーリーの核心を突きすぎていて驚きました(詳細はぜひ公式サイトを見てみてください)。

劇中歌の縦読み 劇中歌の歌詞(屋台のメニューが並ぶシーンなど)を縦読みすると「おわびじゃ、たすけて」になるなど、細部まで恐ろしいほど緻密に作り込まれています。
以下歌詞の引用
「おいしい屋台がてんこもり わたあめ ビールに じゃがバター たこやき すきやき ケバブに てりてりソースの焼きそば」
歌詞引用終わり
おそらくオープニング主題歌、エンディング主題歌も同様なのでしょう。
ただこれは、歌詞を見ればわかるし、「見ないとわからない」要素なので、本稿ではひとまず取り上げないことにします
まとめ
単なるかわいらしいキャラクター映画にとどまらず、人間の業や社会の残酷さ、そして言葉のダブルミーニングを巧みに組み込んだ映画『ちいかわ 人魚の島のひみつ』。
観れば観るほど、そして考察すればするほど新しい発見がある不朽の名作です。みなさんは今回の映画や一連の伏線についてどう感じられましたか?

