16歳になった息子に「あの日」のことを聞いてみた
「今日、兄やばかったんだよ…」
5年前の夏のこと。仕事から帰宅した私に、小学4年生の長女が、声をひそめた。1つ上の兄が普段は仲がいいAくんにキレて、下校途中に制御不能になったらしい。
「周りの友達とかが引くぐらいキレてて、Aくんのアパートの前まで行って叫んでたみたい。兄の友達がみんなで押さえてさ…」
私は耳を疑った。なぜなら長男は、普段かなり穏やかな性格で、どちらかというと目立つことを嫌うタイプ。自己主張は控えめで、友達と争うことなどこれまでほとんどなかったからだ。
「それ、本当なの?」
長女の顔を見据えて、私は聞き返した。
「うん。ちょっと妹きてって呼ばれて行ってみたら、顔真っ赤にして怒ってて、兄じゃないみたいだった……」
「なんでそんなことになったの?」
「私も下校途中に兄の友達に呼ばれただけだから、詳しいことはよくわかんないんだけど…なんかAくんが言ったことに怒ったみたい」
長女は困惑しながら知っていることを話してくれた。
しかし、にわかには信じられない。4年生で転校してきて、なかなか自分のことを表現できず、学校を休みがちだった長男。5年生になって、ようやく先生や友だちと馴染んできて、楽しく登校するようになってきたと思った矢先のことだった。
夕食の時に力なく階段を降りてきた兄に、私は「別になんでもないけど?」みたいな態度を装いつつ、切り出した。
「今日、Aくんにキレて追いかけてたって聞いたけど」
「………」
「何があったのか聞いてもいい?」
「……今は話したくない。でも、悪いことはしていない」
長男の言葉に嘘は感じなかった。誠実に言葉を選んでいるのが分かったので、私は「わかった、じゃあ今は聞かない」と答えた。
翌日、Aくんと顔を合わせずらくないかな、と心配したけれど、長男はいつも通りに登校した。
私は私で、担任の先生に何があったのか聞いてみた。しかし、先生も下校中のことなので詳しいことはわからない、とのこと。
Aくんに謝った方が良いのではと尋ねると、「Aくんは普段からちょっと口が悪いところがあって、周りのお友達もフォローしてくれたみたいだから大丈夫ですよ」という。
結局、その日一体何があったのかよくわからないまま、その後も何事もなかったかのように時は流れた。

その長男が先日、16歳になった。
高校入学を機に、一人暮らしを始めて4カ月。夜19時まで部活をして帰宅した後、夕食を作り、風呂に入り、瞑想をしてから寝ているらしい。朝起きたら筋トレをしてから、朝ごはんと弁当を作って登校。勉強時間がほぼないことは、ご愛嬌。
ただでさえ忙しい高校生活に自炊が加わって、そろそろ心が折れるかなと思いきや、「楽しくてしかたがない」のだそう。
夏休みに入ってからも毎日部活があって、お盆になってようやく部活の練習がオフになり、2日間だけ家に帰ってきた。
たった4カ月だけれど、筋トレと部活の成果なのか、長男の肩幅はずいぶんと大きくなった気がした。よく日に焼けて、心なしか以前よりも食事作りや弟妹の世話を気にして積極的に手伝ってくれる。なんだか別人のようだ。

その日、少し遅れて長男の誕生日を祝おうと、夫が丸鶏を焼いて、その上に「1」と「6」のろうそくを差した。
嬉しそうにろうそくの火を消して、鶏肉にかぶりつく様子を見て、ふと、今なら聞けるかもしれない、と思い、息子に面と向かった。
「ねぇ、お母さんひとつ聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「え、なに?いいよ?」
「あのさ、小学5年生の時、周りが引くぐらいキレて制御不能になったことあったじゃん?」
「あったっけ?」
「うん、Aくんに怒って。それでね、その時『何があったの?』って聞いたら『今は話したくない』って言ってたんだよ。あれってさ、本当は何があったのか、今なら聞いてもいい?」
「あ〜あったね、そんなこと。俺もあんまりよく覚えてないんだけどさ、ハル(妹)のことをバカにするようなことを言われたんだよね、確か」
長男はなんでもなさそうにそう言って、また鶏肉にかぶりついた。
ハルというのは4人の子どものうちの3番目で、長男からすると4つ年下の妹にあたる。生まれつき脳性麻痺で肢体不自由、目は見えず、言葉を話すことはできない。
ハルにはできないことも多いけれど、きょうだいたちは辛いことがあると言葉を喋らないハルのお腹に顔をうずめて慰められたり、ハルがピンチの時は手助けをしてくれたりする。
そのハルをバカにされたことが、当時5年生だった長男が猛烈に怒った理由だった。
「あの日」から5年。怒りは敬遠されることが多い感情だけど、「あの日」の理由を知った私は、むしろ希望を感じた。
ここで、ひとつ気にしておきたい事実がある。それは、Aくん自身も、支援学級に在籍していたということだ。
Aくんはあの日、制御不能なくらいに怒った長男を、どう思っただろうか。もしかしてもしかしたら、少し救われたんじゃないか、と想像するのは、親バカなのかもしれない。
でも、障害や生きづらさがあることを、本気で尊重して、顔を真っ赤にするくらい必死になる人はどれだけいるだろうか。
長男はこれまで、不登校になったり、コロナ禍で鬱っぽくなったり、それなりに山も谷もあって、私とも何度もぶつかってきた。
長男が一人暮らしをする部屋は、いつ行っても雑然としているし、テストの点数も自慢できる感じではなさそうだ。
それでも5年前のあの日、制御不能になるほど我を忘れて怒った長男が、なんだか誇らしいと今は思う。
私自身も、顔を真っ赤にしてでも、守るべきものを守れる人でありたい。
長男、16歳、おめでとう。
