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二度と無い空と、出会う毎日

いつから、だったのだろう。
こんなにも、空に心惹かれるようになったのは。

過ぎゆく日々の中、そんなふうに思う瞬間がときおり訪れる。

今朝も、夜の名残りがほのかに揺らめいている時刻に外に出た。
静謐な空気に全身を包まれる。その一瞬の後に、ひんやりとした風が頬を撫でてゆく。風に溶けこんでいる香りは、土と濃い緑の色。葉脈の緻密な網目模様が蝶のように脳裡を過ぎった。



西の空から東の空へと、指先でゆっくりと弧をえがくように、視線を移動させてみる。
西方の山並みが、今朝は見えない。乳濁釉で仕上げられた陶器の肌のような雲が重く垂れこめているからだ。けれども、深い眠りが徐々に遠のいてゆくように、練乳を思わせるつやめく白へと変わり、その奥底からほのかに水色が顔をのぞかせはじめる。

磨り硝子めいた水色が、紺、瑠璃、紫へと透き通ってゆく。やがて色を失くして、冴えた玻璃の光の翼を広げた。澄みわたる輝きの向こう岸に、太陽が在る。橙色に上気した空に漂う雲のふちは、箔押しされたかのような煌めきを放っていて、瞳に金色の残像を刻印した。


まるで、夢からうつつへの透明な橋掛りが浮かんでいるかのよう。
心の奥に、その姿をそっと仕舞いながら、部屋へと戻る。



毎朝、空を眺めるたびに、これははじめて出会う光景なのだと思う。
刻々と移り変わりゆく色彩を見つめながら、同じものを目にすることは二度と叶わないのだと思ってしまうのも、いつものこと。

大寒に入り、みぞれが降っていたとある冬の日、毎朝の空の様子がえがかれた一冊の詩集を手元に迎えた。そして繰り返し詩のことばを味わうことで、その思いはより深さを増していったのだ。


本を机の上にのせ、表紙の中でのびやかに飛んでいる鳥と、目を合わせる。見返しのさらさらとした手ざわりの紙は、むらさきだちたるくものほそくたなびきたる、という一節を思い出すような藤色。スピンが挟まれている頁を開けば、そこにあるのは、8月の空だった。


白い空の下で、緑一色の山がよく映えています。


のめり込みたくなるような、しろくてやわらかそうな雲があります。


もやもやした雲の間から、青空がほんのり見えています。

『朝、空が見えます』 東直子
「8月」より 3日分を引用


頁の上に広がっているのは、2017年の、365日分の早朝の空の光景。
年が明けた日から、年が暮れる日まで、一日として同じものは存在しない。
毎朝欠かさずにやわらかなまなざしを向けられた空が、ことばの結晶となり、季節のうつろいとともに見せる多彩な表情をわたしのもとに届けてくれた。


ある朝には、のびのびと歌いあげるように。
ときにはたったひと言を、ぽつりと零すように。

長短さまざまな詩の旋律に耳を傾けながら、どのような空だったのだろうと思いをめぐらせるひとときは、まるでそのことばを紡いだひとのかたわらに立ち、会話を交わしているようにも感じられるのだ。


砂糖水を煮つめたような青白い空です。


ほんのり桃色の雲が、おいしそうです。


この一つきりの地球のごく一部にふる雨の、ひえびえとした一瞬の雨粒が、見えます。

「11月」より 


 
本に挟まれた薄氷うすらひのような用紙には、それぞれの詩がかつてのTwitterへと呟かれた時刻が、淡々と並んでいる。
08:25:28 というような時刻を示す数字を見つめていると、不思議な気持ちになる。
巻き戻すことはできず、けれども確かに存在したその瞬間の空が、手を伸ばせばふれることができそうなほど近くに、見えてしまうから。


光と色、温度や手ざわり。
手紙のようだ、と感じた。紡がれた詩には、そのときどきの想いと空気の質感が、みずみずしさを保ったまま宿っている。
ことばの響きの中にたゆたう空を思いえがきながら頁をめくっていると、おだやかな気持ちに満たされてゆく。そして今こうして流れている時も、刻々と過去になりつつあるのだ、と思う。



でも、いつものように朝は来る。空が見える。共有できる。そのことのかけがえのなさを、忘れないようにしたいと思うのです。

「空のあとがき」より



本を閉じて窓に近寄ると、強い陽ざしが硝子に濾過されて瞳に届く。
窓の向こうにあるのは、曖昧な色彩が消え去り、夏です、ときっぱりと告げているような眩い青。


風にのって悠々と泳ぐ雲を、ただ眺める。
心の奥にあるいくつもの空の記憶から、ことばがまぼろしの雪片となり、ゆるやかにふりそそいでくるような気がした。




詩の隣で微笑んでいるような線画は
横山雄さんがえがかれた作品。
この一冊もそうなのだけれど、
名久井直子さんが装釘を手がけられた本は
目が合った瞬間に惹かれてしまうことが多い。


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夏樹 最後まで読んで下さり、ありがとうございます。 あなたの毎日が、素晴らしいものでありますように☺️

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