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短編集「体の贈り物」が復刊されていた

 かつて幼い私に母が「あなたはゲイにだけはならないで」と言ったこと、その一言で私が親にカミングアウトし得ずに終わったことは、折に触れて書いて来た。だが後年その母に「我が子がゲイでもいいと思うの」と言わしめた本が「カミングアウト・レターズ」であり、「私もエイズ患者たちのケアワーカーをしたい」と言わせたのが「体の贈り物」だ。これだけ書けばミーハーな人物のようだが、親子間の軋轢こそ別として、母は虐げられた人々を常に公正に扱ったし、深く思いを寄せていた。私に憲法の前文の美しさを教え、生き方を示しもしたのだ。あの母なくしてこの私はいないと心底思う。

 その「体の贈り物」が、復刊されていた。こんなに喜ばしいことはない。

 主人公はホームケア・ワーカーの女性。担当するのは常に死のそばにある人々だ。「エイズ=死」という時代の、連作短編集だ。この本の中では、病気や死の重みが安易に生の輝きで置き換えられたりはしない。それらはあくまでも冷厳で、絶対で、ことごとく奪い去るものとして描写される。病人の汗がにおい立ち、その指に残った力まで、読者は体感する。ホームケア・ワーカーが訪問しても、病状の急変でクライアントが搬送された後かもしれない。彼女が感じる喪失は、読者のものとしてある。主が不在になった家でひとりテーブルに着き、彼が遺したものに向き合う読書体験だ。しかし痛切な現実は、この「生きた証そのものの」物語集が陰鬱であることを決定づけるのではない。読者は揺さぶられるだろう。打ちのめされるだろう。しかし癒えるだろう。希望を手にするだろう。そして明日を生きようとするだろう。
 作家は圧倒的な物語力で、読む者をそこへと導く。

「リック?」と私はもう一度言った。
 彼の口が開いた。閉じて、また開き、音が出てきた。
「え?」と私は言った。
 何秒かして、また同じ音がした。「ヌグムシュー」
 私はまだわからなかった。「え?」ともう一度言った。
 彼の口がまたひきつったが、何の音もしなかった。
 私は身を乗り出して、もっと近寄った。彼と私の汗の匂いがした。彼の顔の前に自分の顔を据えて、おたがいの目がまっすぐ向きあうようにした。私は彼の目のなかを覗きこんだ。私にはわかった。リックはまだそこにいる。
「もう一度言って、リック」と私は言った。「聞いてるから」
 彼の唇がふたたびひきつり、私は懸命に耳を澄ませた。彼はそれをゆっくりと、まるで私がその言語の初心者であるかのように言った。
「ヌグ ‐ ム ‐ シュー」
 その最後の一回で、私は理解した。理解すると、私も同じ言葉を返した。私は言った。
私もあなたがいなくて寂しいよアイ・ミス・ユー・トゥー

「言葉の贈り物」柴田元幸 訳

 これはアメリカ人のレズビアンが書いた、ゲイとエイズの小説だろうか。事実の一部として、そうである。だが事実はこうである——あなたはこの短編小説集を、人生の折々に、忘れがたく思い出す。母はこの本をバッグに入れて通院していた。死に迎え入れられるまで、手放すことがなかった。

本の贈り物。昨日は在庫がジュンク堂にあったので、池袋へ。今回は理想に悩む友人のため

I miss you too.

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