映画『サブスタンス』を見た。玄関から出られなかった、私の話。
※映画の内容とセリフは記憶に基づくもので不正確な場合があります
この映画はグロいです。最初に言っておきます。
冒頭、ワインのグラスにハエが入っているシーンがある。カメラはそこをわざわざアップにする。この映画の自己紹介だと思った。「こういう映画です。嫌なら今から席を立っていいですよ」と。
デミ・ムーア主演。全国ネットのエアロビみたいな健康番組を持つ大スターが主人公で、50歳の誕生日に番組を降板させられるところから始まる。テレビ局の偉い人が「あんなババアはやめさせて、若い女に変えろ」などと話しているのを、偶然聞いてしまう。
そういう映画です。
デミ・ムーアのことが、最初から好きだった
主人公エリザベス(デミ・ムーア)への好感度が最初から高かった。
「50代だけど、私(俺)は若く見えるって言われる」みたいな言動を自分でする人が、私はどうも苦手だ。内心そう思っているだけならいい。でも言葉として出てくると、反応に困る。だって、たいてい50代に見えるんだもの…。
何に対して、誰に向かって言っているのだろう、と思ってしまう。
この映画の主人公は違う。自分の見た目が老いていくことを、素直にショックとして受け取っている。取り繕わない。それだけで、冷静で賢い人だと感じた。
もちろん、そんな聡明な女性の静かな物語では、映画はヒットしない。だから、だんだんおかしな方向に進んでいく。
サブスタンスとは何か
車の事故をきっかけに、主人公は「サブスタンス」という謎のキットを手に入れる。
注射を打って気絶すると、背中が割れて、若い女スーが生まれてきた。その女は、デミ・ムーアとは別の女優が演じる別人だ。私はてっきり若い頃のデミ・ムーアのような女が出てくるのかと思っていたので、ここで少し拍子抜けした。
仕組みはこうだ。「若い女」として過ごせるのは1週間だけ。その後は眠りにつき、「年老いた自分」が目覚める。また1週間経ったら交代。これを繰り返す。二人は同一人物だが、お互いが目覚めている間の記憶は共有されない。
この縛りを破ったら、どうなるのか。
ドラえもんの秘密道具みたいだと思った。便利な道具を手にしたのび太が、自分の欲を満たすため、やってはいけないことをやって取り返しのつかないことになるあのパターン。「笑ゥせぇるすまん」や「アウターゾーン」や「世にも奇妙な物語」や「ブラックミラー」の匂いもする。便利すぎるものには、必ず代償がある。
グロいのは変わらない。テレビ局の偉い人(男性)の唇だけをドアップにするシーンは、無駄に不快だ。エビをくちゃくちゃ食べる音も然り。デミ・ムーアがやけになってドカ食いして部屋を散らかすシーンは、映画「セブン」の大罪を思わせる。とにかく汚い映画だ。
玄関から出られなかった、あの場面
この映画で一番好きな場面の話をしたい。
主人公エリザベスが若い自分(スー)と1週間ずつ交代するうちに、スーは番組の主役に抜擢されて大人気に。エリザベスの頭が混乱し始める。そして気づく。年を重ねた、ありのままの自分を受け入れてくれる人間が、世界にただ一人だけいる、と。
その人は、車の事故で病院を退院した日に偶然出会った幼なじみの男性だ。オタクっぽい感じの変わった人で、「きみは今も昔と変わらない、一番可愛い女の子だ」などと言って50歳のエリザベスに電話番号を渡そうとするが、その番号が書かれた紙を泥水に落としてしまう。でも男は、汚れたそのままの紙を渡してくる。普通じゃない。
エリザベスは、彼に電話をかける。ぎこちないやりとりの末、「ルイジで夜8時に待ってる」と彼は言う。
7時半。エリザベスはメイクを始める。このときの顔が、私には一番自然に見えた。赤いドレスを選ぶ。玄関に向かう。
でも、彼女の部屋は、若い自分の分身スーも過ごしている部屋なので、いつの間にか、スーの巨大なポスターや写真が貼ってある。それが目に入った瞬間、主人公は後退りする。
メイクをやり直す。7時35分。まだ間に合う。唇に艶を足す。チークを入れる。胸元を隠す服に着替える。唇を真っ赤にする。バスルームには、眠り続ける若い自分が裸で床に転がっている。その傍で、メイクは永遠に完成しない。玄関まで行っては戻り、また鏡の前に立つ。
8時を過ぎた。
これが人生だ、と思った。
似たようなことが、私にもあった
私は男だが、あのメイクのシーンに見覚えがあった。
若い頃、自分の外見に強く固執していた時期がある。「理想の自分」と「今の自分」の差を埋めようと、毎朝時間をかけた。でも埋まらなかった。やればやるほど、鏡の前から離れられなくなった。
やりすぎた結果、肌を壊した。そこからしばらく、人と会うのが怖くなった。
でも今思えば、誰も私のことをそんなふうには見ていなかった。ずっと、自分が自分を責めていただけだった。
だから、エリザベスが玄関から出られなくなっているのは、おかしなことだけど、とてもありうることだと思って見ていた。
自分が自分の足枷になっている
彼女には、会いに行ける人がいる。受け入れてくれる人が、いる。なのに自分で自分に鍵をかけて、扉の前で立ち尽くしている。
その失敗を目の前にしたとき、私は思った。
自分はもう失敗しない。どんなときも、自分を受け入れる努力をする。自分の殻から出て、助けてくれる人がいるならば、必ず手を伸ばす。
そういう気持ちを、この映画を見て再確認した。
グロでもホラーでもブラックコメディでもなく、私にとってこの映画は、
外見の悩み、
若くて有能な人達への嫉妬や恐怖心、
若い頃の苦い記憶、
過去の栄光にすがりたがる病、
家を出られない怖さ、
自分の中にいる自分との戦い、
自分を理解してくれる誰かとつながる勇気、
そういうものを描いた話だった。
でも、最後のアレは…
ということで、5点満点で、4点。
おしまい。
