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ヨーロッパ。 他県へ行くように、国境を越える

夏のアムステルダムは、街全体が外に出てきます。 日はいつまでも暮れない。運河沿いには小さなボートが浮かび、誰かが持ち込んだスピーカーから音楽が流れている。冬の静けさが嘘のように、人の気配が街に戻ってくる季節です。

この時期になると、私はいつも「ヨーロッパに住んでいてよかった」と思います。 理由は単純で、すぐに別の国へ行けるからです。

国境が、県境くらいの軽さになる

日本にいた頃、隣の県へ行くのに身構えることはありませんでした。 高知から大阪へ、長野から東京へ。気軽に移動して、また帰ってくる。その程度の感覚です。

ヨーロッパで暮らしていると、それと同じ感覚で国境を越えられます。 アムステルダムから車を走らせれば、2時間ほどでベルギー、4時間ほどでドイツ、半日あればフランス。国が変わったという実感が、入国審査の列に並ばされない分、なおさら薄いのです。

ただ、面白いのはここからです。 県境を越えても日本は日本ですが、国境を越えると、何もかもが変わる。

言葉が変わり、看板の文字が変わり、街並みの色も変わる。 パン屋の種類、ビールの注ぎ方、人の話す声の大きさ。地続きのはずなのに、車で数時間走っただけで別の世界に放り込まれる。この落差が、私は何度経験しても飽きません。

近いのに、違う。 このバランスが、ヨーロッパに住む醍醐味なのではないかと思います。

アムステルダムから、車でマドリードへ

忘れられない旅があります。 数年前、友人たちと車でアムステルダムからスペインのマドリードまで行きました。片道およそ1,700キロを、3日かけて南下する旅です。

最初の数時間は、見慣れた景色でした。 オランダのまっ平らな干拓地、風車、地平線まで続く牧草地。それがベルギー、フランスと進むうちに、少しずつ表情を変えていきます。

フランスに入ると、土地の起伏が出てきて、家の屋根の色が変わる。 南へ下るほど陽射しが強くなり、空気が乾いていく。気づけばオリーブ畑が車窓を流れ、人の肌の色も、話す言葉の温度も変わっている。

地図の上ではただの一本の線を、肌で感じながら進んでいく。 飛行機で一気に飛んでしまえば3時間足らずの距離を、あえて3日かけたからこそ味わえた変化でした。

スペインのオレンジジュースは、別物だった

マドリードに着いて、最初に衝撃を受けたのは、意外なものでした。 オレンジジュースです。

カフェで何気なく頼んだ、搾りたての一杯。 それが、私がそれまで知っていたオレンジジュースとは、まったくの別物だったのです。

濃くて、甘くて、それでいて後味がすっきりしている。 オランダのスーパーでもその場で絞るオレンジジュースはありますが、それとは比べものになりません。太陽を浴びて育った果実そのものを、そのまま飲んでいるような感覚。

聞けば、スペインは世界有数のオレンジの産地。 そりゃそうか、と納得しました。同じ「オレンジジュース」という名前でも、土地が変われば中身がこうも違う。たかが飲み物ひとつに、その国の気候と土壌が詰まっている。

旅の思い出というと、観光名所を挙げるのが普通かもしれません。 でも私の場合、3日かけて南下した末に飲んだ、あの一杯のオレンジジュースのほうが、よほど鮮明に記憶に残っています。

移動できる、という選択肢

ヨーロッパに住むメリットは、いろいろあります。 ただ私にとって、いちばん大きいのは「すぐに別の文化へ移動できる」という、この感覚です。

週末に隣国の街を歩いて、月曜にはまた自分の生活に戻る。 言葉も建物も食べ物も違う場所が、車や電車で手の届くところにいくつもある。日本にいた頃の私には、想像もしていなかった日常です。

そしてこの感覚は、住んでみて初めて自分のものになりました。 旅行で訪れるのと、生活の延長線上に他国があるのとでは、距離の感じ方がまるで違うのです。

夏のヨーロッパは、その移動がいちばん心地よい季節です。 今年はどこへ行こうか——そろそろ考え始めています。


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