最近のエンタメ作品はリアルを追求しすぎていて共感疲れしません?
最近、ドラマや映画を見ていて、また共感かよ、と思うことがある。仕事がうまくいかないとか、恋人とすれ違うとか、家族とうまく話せないとか、そういう生活のすぐ隣にある出来事の解像度が高くなっているなと思う。
日常の小さな違和感や感情を描く作品自体は悪ではない。よくできている作品ほど、細部が本物みたいで、感心しながら観ている。SNSでも「共感した」というコメントが多いし、求めている人も多いのだろう。
最近は求められているからそういった作品を作るという流れが強い。視聴者がいる以上、求められていない作品を作っても意味がないから当然の話だ。
登場人物の台詞には、作り手が伝えたいメッセージが隠されている。その作品を通して何を伝えたいのか。どんな社会問題があるのか。そこに込められた意図を考える時間が好きだ。
最近のエンタメそのものが、すべて「共感」を目指しているわけではないのだと思う。SNSで作品について語る時代になったことで、「これ、わかる」「自分の話みたい」「刺さった」と言われる作品ほど、人から人へ広がりやすくなった。
短い動画やショートドラマならなおさらだ。数分、場合によっては数秒でこちらの感情をつかまなければならない。そうなると、知らない世界をゆっくり見せるよりも、誰もが知っている感情から始めるほうが早いのも頷ける。
恋愛のすれ違いや職場の息苦しさ、友人への嫉妬や家族との距離など、「こういうこと、あるでしょう」という入り口を起点に物語が始まる。共感できる作品が増えたというより、SNSによって共感できる作品ほど見つかりやすくなったのだと思う。
そして、ぼくがその入口に少し疲れているのは、現実でも人の気持ちを考えすぎてしまうからだ。
仕事では相手が何を求めているのかを考え、適切な答えを導き出さなければならない。プライベートで友人と話すときにも、相手の気持ちを想像する。そして、家に帰れば、自分の気持ちについて考えることが多い。
今日はなぜ疲れているのか。あの言葉をどうして気にしているのか。そんなふうに生活しているだけで、ずいぶんたくさんの感情を扱っていると気づく。
それなのに夜になってドラマをつけると、そこでもまた感情を揺さぶられてしまう。職場での気まずさや恋人とのすれ違い、将来への不安などに直面して、登場人物が葛藤する。そして、誰かの力を借りて、問題を乗り越えていく。
登場人物が葛藤する姿を見て、わかるなぁと思ってしまう。けれど、せっかく一日が終わったのに、別の誰かの一日をもう一度生きているような気持ちになることがある。
たとえば仕事で嫌なことがあった日に、仕事のしんどさを緻密に描いたドラマを見るとする。そういった作品で描かれる嫌な上司の言葉も、会議が終わったあとの重たい空気も、家に帰る電車のむなしさも、まるで本物みたいだ。
そのとき。ああ、今日の出来事と重なってみるのがしんどいと思ってしまう。再現性が高いからこそ、逃げ場がなくなる。リアルな作品が嫌いなわけではないし、現実に近いこと自体が嫌なわけでもない。むしろ生活の細部がきちんと描かれている作品は好きだ。
でも、その先であなたにもこういうことがあるでしょうと差し出されると、少ししんどくなる。リアルを追求した作品に触れすぎたからこそ、共感疲れを起こしているのだと思う。
現実にありそうな話でも、最後まで理解できない人が出てきていい。でも最近は物語を見たあとに、これは私たちの話、これは現代を生きる私たちの問題だと自分の生活へ戻されることが多い気がする。
日々の生活を終え、現実から離れようとしていたのに、結局また自分のところへ帰ってくる。エンタメには現実を映す役割と同じくらい、現実から遠ざけてくれる役割もあるはずだ。
ありえないほど大きな事件が起きる。見たことのない場所へ行く。どうしてそんなことをするのか、最後まで理解できない人が出てくる。そんなことあるわけないだろうとツッコミながら、それでも夢中になっている。
最近、自分が求めているのはそういう作品なのかもしれない。共感ではなく、驚き。理解ではなく、理解できなさ。自分の人生との接点ではなく、自分の人生からどれだけ遠いか。せめてドラマや映画ぐらいは、生活の地続きとは程遠い場所に行きたい。
共感は人と生きていくうえでは大切なことだ。現実ではできるだけ人の気持ちを想像できる人でいたいと思う。仕事でも、友人関係でも、なるべくそうありたい。だからこそ、エンタメくらいは共感と離れたものであってほしいと思ってしまう。
昔はリアルな作品を見ると嬉しかった。こういう人いるよなとか、この気持ちわかるなと思うことに価値を感じていた。いまもその価値がなくなったとは思わない。世の中に求められているからこそ、そういった作品がどんどん作られるのだと思う。
単に自分がいま求めているものが変わっただけだ。
自分によく似た主人公がいるなら、まったく理解できない主人公も見たい。現実から逃げたい、と言うと少し大げさかもしれないけれど、エンタメを楽しんでいるときくらいなら逃げてもいい気がする。
仕事のことや自分の悩み、誰かの気持ちを考えることも忘れたい。そんなこと起きるわけがないとツッコミを入れながらエンタメを楽しむ。そこに自分との共通点はなくてもいい。全然わからないと思いながら夢中になれるような作品を求めている。
最近のエンタメは、ずいぶん優しい。あなたの気持ちはわかる、あなたは一人じゃないと、言ってくれる作品が増えた。もちろんそれに救われる夜もあるけれど、今日はもう大丈夫です、と思う夜もある。
今日は誰かの気持ちを理解したくないし、自分の気持ちについても考えたくない。そんな夜に「はい、これ共感できるでしょ」と差し出されると、もうお腹いっぱいですと拒否反応が出る。
いまは共感できる物語ではなく、わからないまま夢中になれる物語を求めているのだろう。エンタメを観ているときくらいは、生活の地続きではない遠い場所に行きたい。
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