【南米東大生一人旅🇧🇷】ブラジルは本当に“危険な国”なのか
こんにちは。
現在、卒業旅行として南米を一周しています。
これまでヨーロッパを中心に旅をしてきましたが、南米は自分にとってどこか「遠い存在」でした。
治安が悪い、危ない、スラムが多い――そんな断片的なイメージばかりが先行していました。
それでも、学生としてまとまった時間を自由に使えるのは、おそらく今が最後かもしれない。
だったら行くしかない。
そう思い、地球の裏側までやってきました。
南米一周の中でも、特に気になっていたのがブラジルです。
サッカー、サンバ、カーニバルといった陽気なイメージの一方で、治安の悪さでもよく知られている国。
実際のところ、どんな社会が広がっているのか。
「危険な国」というレッテルの向こう側には、何があるのか。
サンパウロとリオ・デ・ジャネイロを歩きながら、ずっとそのことを考えていました。
「異様さ」は本当に危険なのか
サンパウロに到着した瞬間、空気の違和感を覚えた。
壁一面の落書き。
路上に座り込むホームレス。
信号待ちのたびに近づいてくる物売り。
絡まり合う電線。
街全体がどこかピリついている。

日本の都市に慣れていると、この光景は即座に「危険」と結びつく。
実際、スマホを出すのも緊張する。
バッグは前に抱え、常に周囲を確認する。
正直、怖い。
だが、数時間歩いてみて分かった。
この街は荒れているが、 “常に暴力が起こる空間”ではない。
昼間に行動する。
人通りのある道を選ぶ。
スマホを出しっぱなしにしない。
基本的な対策を徹底すれば、歩ける。

日本の都市は秩序が前提である。
ブラジルの都市は秩序と混沌が同居している。
日本では「整然としていない状態」=危険と結びつけられがちだが、ブラジルでは必ずしもそうではないのかもしれない。
美と崩壊が隣り合わせに存在する
サンパウロ大聖堂は圧倒的に美しい。

しかしその周辺は明らかに荒れている。
数百メートルの範囲で、
荘厳な建築と薬物中毒者が同時に存在している。
中心街へ行けば、高層ビル群が立ち並ぶ。
南米最大の経済都市の顔である。


ブラジルは「発展途上国」でも「先進国」でもない。
両方が同時に存在している国だ。
日本では格差は視界の外に追いやられることが多い。
ブラジルでは格差が街の中に露出している
リオで見た「開放」
リオ・デ・ジャネイロはさらに象徴的だった。
コルコバードのキリスト像から見下ろす街。
山と海と高層ビルが混在する景観。
自然と都市が衝突しているような風景である。



そして街の人々。
男女ともに下着同然の格好で歩く者がいる。
路上で叫ぶ者がいる。
ホームレスがゴミを漁っている。

しかし、誰もそれを過剰に咎めない。
ここには「他人を制御しようとする空気」が薄い。
日本は同調圧力の強い社会である。
ブラジルは、少なくとも都市空間では「好きに生きよ」という空気を持っている。
それは無秩序とも言えるし、自由とも言える。
カーニバルは国家の演出か
リオのカーニバルは圧倒的である。
規模も、演出も、熱量も桁違いだ。


しかし同時に思う。
日本の祭りも本気を出せばこのくらいいけるのではないだろうか。
リオのカーニバルは確かに凄いが、個人的には青森で見たねぶた祭りの熱狂度合いも負けてないと思う。
では何が違うのか。一つはブランドではないだろうか。
カーニバルは単なる祭りではない。
「ブラジル」という国家イメージそのものになっている。
サッカーと並び、
ブラジルを語る上で外せない象徴だ。
つまり、文化が“国名と直結”している。
ここが決定的に違う。
ねぶた祭りは素晴らしい。
だが「日本=ねぶた」とはならない。
日本の祭りは地域ブランドであり、
ブラジルのカーニバルは国家ブランドである。
もちろん、どちらが優れているという話ではないと思う。
違いがあるとすれば、文化そのものの質というよりも、
それをどのスケールで語り、どう見せるかという点なのかもしれない。
その違いが、世界から見たときの印象の差を生んでいるのではないだろうか。
「雑さ」は弱さか、強さか
ブラジルは正直、雑である。
交通は荒い。
街は整っていない。
制度も洗練されているとは言いがたい。
しかし、その雑さの中にあるのは強烈な生命力だ。
完璧に整った社会は安心を与える。
だが同時に、息苦しさも生む。
ブラジルは不完全である。
しかしその不完全さの中に、自由がある。
日本は強い秩序を持つ国である。
ブラジルは強いエネルギーを持つ国である。
優劣の問題ではない。
社会の設計思想の違いである。
結論
ブラジルは確かにリスクのある国だ。
しかし、それは「無法地帯」という意味ではない。
秩序のかたちが日本と違うだけである。
ブラジルを一言で表すなら、
極端な国。
格差も極端。
美しさも極端。
エネルギーも極端。
開放も極端。
だからこそ、印象が強烈に残る。
来る前の私は、「危険」という言葉でこの国を理解したつもりになっていた。
だが今は思う。
ブラジルは、
怖さと自由が同時に存在する国である。
そして、その振れ幅の大きさこそが、この国の本質なのかもしれない。
