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社会人経験ゼロ。それでも、いきなりフリーランスエンジニアになった話

はじめに

あけましておめでとうございます。
HIJI と申します。

今年で30歳。
自分の人生を振り返ると、「ここは分岐点だったな」と思うタイミングが何度かありますが、今まさにその2回目くらいの節目にいる気がしています。

現在はフリーランスエンジニアとして活動しつつ、IT講師として講座に登壇したり、教材を作成したりと、教育分野にも関わっています。

しばらく Note をお休みしていましたが、2026年を機に、また少しずつ書いていこうと思いました。
そこで今回は、タイトルにもある通り 「社会人経験ゼロで、いきなりフリーランスになった話」 を書こうと思います。

「そんな生き方もあるんだな」
「遠回りでも、こういう道もあるんだな」

この話が、誰かの励みや、背中を押すきっかけになれば嬉しいです。
その前に、まずは私がそこに至るまでの経緯からお話しさせてください。




大学進学 ― いわゆる「優等生」だった頃

私は高校生までは、わりと真面目に生きてきました。
宿題はきちんと出し、提出物を忘れることもほとんどなく、成績も学年5位以内に入ることが多い、いわゆる「優等生」タイプです。

特別やりたいことがあったわけではありませんが、

「大学に行けば、好きな授業を自由に選べる」
「今まで真面目に生きてきたんだし、大学からは好きなことを学ぼう」

そんなふうに思っていました。

そして某四年制大学に合格し、大学生活がスタートします。


思っていた大学生活とのギャップ

大学生活が始まり、
「どのサークルに入ろうか」「どんなことを学ぼうか」と、最初はワクワクしていました。

サークル見学に行ったり、自分から話しかけたりと、スタートダッシュは悪くなかったと思います。
数日で友達もでき、順調そのものでした。

ただ、時間割を組む段階で、最初の違和感を覚えます。

必修科目の存在。

決まった曜日・決まった時間に、必ず受けなければならない授業。
「全部自由に選べるものだと思っていたのに……」と、ここで一気にテンションが下がりました。

そこから少しずつ、想像していた大学生活と現実がズレていきます。

(今思えば意味のある)授業も、当時の自分には面白く感じられず、
「何のために大学に行っているんだろう?」と、入学して1ヶ月ほどで考えるようになりました。

ゼミの先生に、そのまま「なぜ大学に行くんですか?」と聞いたこともあります。

その時の先生は「今はそんなこと考えなくていい」とおっしゃっていました。

当時は理解できませんでしたが、今なら本当にその通りだと思います。

やがて授業をサボるようになり、気づけばほとんど大学に行かなくなっていました。そして大学3回生の途中で中退します。


塾講師のアルバイトとの出会い

大学生になり、高校時代に通っていた塾で、塾講師のアルバイトを始めました。

正直、最初は乗り気ではありませんでした。
ですが、他のバイトの面接を受けてみて、

「あ、今の自分、どこも受からん……」

と痛感し、
「元々通っていた塾なら……」という、少しずるい発想で面接を受けました。

結果は合格。
そして気づけば、約8年間 塾講師を続けることになります。

最初こそ緊張しましたが、次第に教えることの楽しさややりがいにハマり、
大学そっちのけで、塾講師中心の生活が始まりました。

そして、このとき出会った 教室長(以降A氏とします) が、
私がフリーランスエンジニアになるきっかけを作ってくれた人物です。


塾講師時代 ― 大学より学んだこと

塾講師の仕事は、本当に楽しく、学ぶことだらけでした。

  • コミュニケーション力

  • 教える力

  • 後輩育成

  • 責任感

社会人として必要なスキルを、ここでたくさん学びました。
当時の講師仲間とは、今でもたまに会います。

正直、

「大学より学んでるんじゃないか?」

と本気で思っていました。

そんな中、A氏が異動したあと、色々なことが重なり、塾講師としての立場が危うくなります。(詳細は伏せますが、悪いことはしていません)

そこで、2年ぶりにA氏へ連絡を取りました。(このとき彼は教室長の職を辞められていました)
これが、彼との 2回目の出会い であり、フリーランスエンジニアへの第一歩でした。


新たなスタート ― フリーランスという選択肢

当時私は大学3回生相当の年齢。
普通なら就職活動を始める時期です。

しかし私は大学にほとんど通っておらず、取得単位も10単位未満。
今さら戻っても、就職では確実に遅れを取る状況でした。

やりたい仕事も特になく、「どうしようかな〜」くらいの、かなりのんきな状態。そんな中、A氏から

  • フリーランスという働き方

  • プログラミングという仕事

について話を聞きます。当時の私は、

フリーランスって何?
プログラミングって何?

という状態。(流行る少し前の時代です)

ですが話を聞くうちに、

  • スキルを磨き続ける

  • 形あるものを作る

  • 会社に縛られない

という点が、驚くほど自分にフィットしました。

「会社に属さない。スキルがすべて」

当時の私は、この言葉に完全に惹かれました。

こうして、塾講師を続けながら、プログラミング学習が始まります。


プログラミング学習の壁

最初の壁は、独学でした。

プログラミングを学んだことがある人ならわかると思いますが、
独学、めちゃくちゃきついです。

抽象的な概念が多く、文系出身の私にはかなりの苦行でした。
最初は Java から学習しましたが、

  • クラス?

  • インスタンス?

  • オブジェクト指向?

完全に意味不明。
それでも、とにかく手を動かし続けました。


初めての案件 ― 初めての「社会」

学習開始から約1年。
ほとんど理解できていない状態でしたが、初案件を紹介してもらいます。
これが 人生初の社会人としての仕事 です。

技術力は正直、皆無。
知っているのは Java / JavaScript / HTML/CSS / VBA を少し、程度。

それでも紹介という縁と、クライアント様のご厚意で参画が決まりました。

最初はA氏と2人で案件を受けましたが、実際の開発はほぼ私一人。

選定された技術はGAS と Vue.js。

どちらも初耳。何もかもが初めてでした。
出だしは、最悪でした。


納期という恐怖

この案件で、私は 納期の恐ろしさ を知ります。

迫りくる期限。
調べても分からないコード。
1日何も進まない日。

フリーランスにとって、納期遅れは信用の喪失。
下手をすれば損害賠償。

感覚もわからないまま設定した納期は、当然のように破綻しました。

途中で技術構成も変わり、
Vue.js / Firebase /(当時の)GCP へ。

もう、地獄です。


毎日怒られた日々

社会人スキルゼロ。
当然、毎日怒られます。

文章、報連相、進め方、すべて。

25歳の誕生日、深夜0時に Zoom で怒られたのも、今では笑い話です。

当時は本当に辛かったですが、今となっては、心から感謝しています。


1日20時間以上働いた日々

技術構成も変わり、納期を伸ばすことに成功しました。
ですが、状況が良くなったわけではありません。

なぜなら、技術力が追いついていなかったからです。

プログラミングをやったことがある人なら分かると思いますが、
「時間をかければ必ず終わる」というものではありません。

何時間考えてもわからない。
コードを書いてはエラー、直しては別のエラー。
1日中パソコンの前に座っているのに、進捗がゼロの日も普通にありました。

しかも当時は、生成AIもありません。
頼れるのは Google と Stack Overflow というサービス、自分の頭だけ。


「終わらない」という現実

納期が近づくにつれ、
頭の中は常に 「間に合わなかったらどうしよう」 で埋め尽くされていました。

  • この実装で合っているのか

  • そもそも設計が間違っているのではないか

  • 今さら方向転換したら、さらに遅れるのではないか

考えれば考えるほど、手が止まります。

それでも、止まるわけにはいきません。

フリーランスだから。

会社員であれば、
「上司に相談する」「チームで巻き取ってもらう」「最悪、異動や配置換え」
という逃げ道があります。

でも私は違います。

  • 納期を守れない=信用を失う

  • 信用を失う=次はない

そう思うと、怖くて眠れませんでした。


生活が「仕事一色」になっていった

この頃の生活は、今振り返るとかなり歪んでいました。

平日も土日も関係なく、
起きている時間のほとんどを作業に使っていました。

「今日はどこまで進めるか」
「この実装が終わらなかったらどうなるか」

そんなことばかりを考えていて、
生活そのものを意識する余裕は、ほとんどなかったと思います。


休んでいいのか、分からなくなった

一番しんどかったのは、
「休む」という判断が自分でできなくなっていたことです。

疲れている自覚はある。
でも、

  • 今ここで休んだら、もっと遅れる

  • 遅れたら信用を失う

  • 信用を失ったら、終わりだ

そんな考えが頭から離れず、
「今日は休もう」という選択肢が、最初から存在しませんでした。


精神的に限界だったことは確か

作業が進まない日が続く中で、
精神的にはかなり追い込まれていたと思います。

実際に精神科を受診し、
医師から診断を受けることにもなりました。

「本来なら、しっかり休んだ方がいい状態です」

そう言われました。


フリーランスという立場の重さ

ただ、そのときの私はフリーランスでした。

会社員のように「診断書を出して休職する」という選択肢はありません。
仕事は契約であり、納期は待ってくれません。

結局、

「体調よりも、まずは納品」

そう判断せざるを得ない状況でした。

それでも、止まれなかった

逃げたかったわけではありません。
ただ、

ここで投げ出したら、もう二度と立ち上がれない気がした

それだけでした。
だから、状態が良いとは言えない中でも、
とにかく手を動かし続けました。


納品を終えたあとに残ったもの

最終的に、アプリは形になり、無事に納品まで辿り着きました。

達成感よりも先にあったのは、「終わった」という安堵でした。

あの案件は、技術的にも、精神的にも、
自分の限界を初めて知った仕事だったと思います。


初めての案件を終えて

初めての案件を終えたあと、
正直に言うと「達成感で満たされた」という感覚はあまりありませんでした。

嬉しい、というよりは
「やっと終わった」
それが一番近い感情だったと思います。

身体的にも精神的にも余裕はなく、
しばらくは「次、何をしたいか」なんて考えられる状態ではありませんでした。

ただ一つだけ、はっきりと残ったものがあります。

それは、

「あの状況でも、最後までやり切った」

という事実です。


逃げなかった、という経験

今振り返ると、
この案件で一番大きかったのは技術力の向上ではありません。

逃げずに向き合った経験
これが、後の自分を支える土台になりました。

  • 分からないことだらけ

  • 誰かが代わってくれるわけでもない

  • 自分が止まれば、すべて止まる

そんな状況でも、
「じゃあどうするか」を考え続けたこと。

これは、その後どんな仕事をしても、
心のどこかで支えになっています。


自走力が身についた実感

もう一つ大きかったのが、自走力です。

  • 何が分からないのかを整理する

  • 調べ方を考える

  • 仮説を立てて試す

これらを、ほぼ一人でやり続けました。

正直、効率は悪かったと思います。
遠回りもたくさんしました。

でもその分、「自分でなんとかする力」は、かなり鍛えられました。


その後の仕事と変化

この案件をきっかけに、少しずつ次の仕事につながっていきます。

「まだ経験は浅いですが」

そう前置きした上で、

  • IT講師の案件

  • SESとしての案件

などを、お受けさせていただくようになりました。

当時は、プログラミング経験1年ちょっと。
決して胸を張れるキャリアではありません。

それでも、

  • キャッチアップ力

  • 手を動かし続ける姿勢

を評価していただいたのだと思います。

他の現場で気づいた「ズレ」

SES案件で、企業の社員の方々と一緒に働く中で、あることに気づきました。

自分のやり方が、かなり自己流だった ということです。

  • 開発の進め方

  • 報連相のタイミング

  • 仕事の優先順位の付け方

「形にする力」はある。でも、そこに至るまでが雑だったのです。


社会人経験ゼロでフリーランスになった感想

ここまで経験して、今だから言えることがあります。

いきなりフリーランスになるのは、正直おすすめしません。

理由はシンプルです。

  • 社会人としての「普通」が分からない

  • 正解が見えないまま、自己流で突っ走ってしまう

  • 後から修正するのが大変

これは、実際にやってみて痛感しました。


それでも後悔はしていない

ただし、「後悔しているか?」と聞かれたら、答えは NO です。
この道を選ばなければ、

  • 今の考え方

  • 今の仕事への向き合い方

  • 今の自分自身

は、間違いなく存在しません。
いきなりフリーランスになったからこそ、鍛えられた部分も確実にあります。


他の人に勧めるなら

もし誰かに「同じ道を進みたい」と相談されたら、
私はこう答えると思います。

まずは企業に勤めて、
社会人としての基礎を身につけてからでも遅くないよ

社会人マナー、仕事の進め方、チームで働く感覚。

これらを知ったうえで独立した方が、間違いなく楽です。


それでも、この道があったから

社会人経験ゼロで、ほぼ一人で仕事をこなす。

今思えば、無茶もいいところです。

でも、その無茶があったからこそ、

  • 仕事に対する覚悟

  • 自分で責任を取る意識

  • スキルを磨き続ける姿勢

が、身についたのだと思います。


さいごに

ここまで、本当に長文を読んでいただき、ありがとうございました。

かなり赤裸々に、自分の過去を書きました。
それでも、この経験が、

  • 誰かの不安を少し軽くしたり

  • 選択肢の一つとして頭に残ったり

そんなきっかけになれば嬉しいです。
また次の記事で、お会いしましょう。

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