旧石器時代の捕縛された表現のある女性像の意味 結びで土偶を読む④
ロシアの旧石器時代の遺跡にあった女性像には、緊縛されたかのようなヒモ状のものが見える。それはどのような目的で描いたのであろうか。儀礼的な意味が関係するのならば、はたして数万年も前の人類にどのような思考があったのであろうか。

HP「THE ART OF THE ICE AG」Eの
「Female sculpture at Kostienki 1」より
両手にヒモ状のものが巻かれてつながっているので、捕縛された囚人のようにも見える。背面にはヒモ状のものは確認できない。

HP「ナショナルジオグラフィック」の
旧石器時代の女性像「ビーナス小像」より
右側の背面も同じように縛られているように見える。腕にも巻かれたような表現の模様がある。
旧石器時代に手や胴体などを縛るような表現の女性像があった。ロシア平原コスチェンキ遺跡の約3万年前の2号住居域から出土した泥灰岩製の女性像。『世界の土偶を読む』で取り上げられているものだが、捕縛されているのは植物の精霊が逃げ出さない為にこのような表現になったという。ただ、せっかく興味深い指摘をされたのだが、あまり事例がないなどから深く論究はされていない。そこでこの捕縛されたかのような表現について、さらにはその後の類例などを掘り下げて検討したい。
1.出産時の補助の綱なのか、それとも儀式の意味なのか
春成秀爾氏は『始原のヴィーナスー旧石器時代の女性象徴ー』において、膨大な人体像の集成の中で、この奇妙な表現のあるコスチェンキの女神像を取り上げている。
氏の説明は次のようである。
「2号居住域の南端付近の土坑から出土したもっとも写実的な1点で、頭部から乳房の個所は欠失している。穴に埋める前に故意に壊したものである。手首に腕輪をつけ、両手首を縄のように編んだ一本の帯でつないで捕縛している状態を忠実に彫刻している。腹部は大きく丸く張り、へそは飛び出し、臨月の女性をもっとも写実的にあらわした女性小像といえる。残存高13.7㎝」
さらに近くから出土したもう一体も、大変興味深い造形となっている。
「頭部は、前方に突き出した球形で、顔面から後頭部まで刺突状の点列でおおっており、目・鼻・口・耳の表現はない。頭部は乳房の下に前腕から手を下げている。乳房の上の位置で2本の刻み目つきの突帯を背中までまわし、その帯も胸も背中も別の帯でV字形に吊っている。肘にも帯輪を付けている。帯は編んで作っているようである」(春成2024)
しかし春成氏はこの両手の捕縛された表現を、出産時の措置と考えられた。「両手は捕縛しているが、両手の間に10㎝ほどのゆとりをもたせて自由にしてあるのは、旧石器時代の女性小像の本義を探るうえで、きわめて重要な手がかりになる。すなわち、妊婦が出産時に息むのに適切な措置であったと私は考える」とされる。氏は、その例として、綱を使った出産シーンや介助の女性が抱きかかえるように補助をしている絵画を掲載しておられる。
氏は、結論として女性小像の多くは出産・育児とかかわる護符として用いたとされるように、出産の際にロープを使うことの表現を造形したとされるのだが、産屋で天井の梁からロープを吊るすようなことが旧石器時代にあったのであろうか。また、ロープを使用したとしても、わざわざ一本の帯を両方の手首に巻き付けることが出産の補助になるとも考えにくい。
では、現地のロシアなどの海外の専門家はどう考えているのであろうか。ここは安直だがAIに試しに尋ねてみた。すると、この問題を論じられている海外の研究者がおられることが判った。
「M. Gvozdover: ロシアの考古学者グヴォズドーヴァは、コスチェンキの像の分類において、手首や胸、首周りに見られる紐状の表現を詳細に記述しており、これが特定の社会的地位や儀礼的な意味(束縛を含む)を持つ可能性を考察しています。
McDermott (1996): 自身の体を上から見下ろして制作した『自画像説』では、腕が体に密着したり、紐で固定されているように見える表現は、視覚的な短縮(パース)の結果である可能性も議論されています。
このように、日本以外の論考でも『体に巻き付いた紐状の表現』は非常に重要な研究対象となっており、それが『実用的な衣服や装飾品』なのか、あるいは『象徴的な意味を持つ拘束』なのかについて、多角的な議論が行われています。」
以上のように、捕縛された表現をなんらかの儀式と関係するといった研究は先行してなされていたのであった。『世界の土偶を読む』では海外の研究者の論考などに、少しでもふれるべきであったのではなかろうか。
その竹倉氏は、「オークの精霊」が逃亡しないように捕縛された表現でつくられた人体像とされ、その頭部の表現も、ドングリの類いの殻斗に見立てたものという。確かに似ている。頭部の表現については、春成氏は仏像の螺髪と形容されており、実際の民俗事例として螺髪のような髪型を提示しておられるのだが、ここは植物の何らかの形状の表現で良いのではないかと思う。
ただ竹倉氏は「オークの精霊」としたのだが、そこまで具体的に且つ断定的に考えるだけの材料は乏しいのではないだろうか。旧石器時代には獲物の確保も重要な関心事であったはずであり、ここは動植物の精霊とするほうが妥当ではないか。
それにしても3万年前の人類に、自分自身も含めたあらゆる生命に力を与えてくれる霊力を逃してはならないという思考があったのであろうか。その可能性について次に説明する。
2.依代という視点で捕縛の意味を考える
動植物の生命力となる霊力、精霊が人間界から遁走するといった考え方は、古代から世界中にあった(末尾の補足参照)。そして初期の人類にもそのような思考はあったと考えられる。
これまでに土偶は、動植物の形状などを取り入れてデザインした依代としての人体像であったと述べてきた。これは、世界の人体像にも当てはまると考えたい。だがなぜ依代である人体像を、緊縛された表現にしたのであろうか。それは、旧石器人が逃してはならないチカラ、ここでは精霊としておくが、この精霊を人体像に居付いた後につなぎとめるための呪術として紐で結ぼうとしたと考えたのだろう。
それは初期人類の身につけていたと思われる遺物などからもいえる。動物の牙に穴を開けてビーズのようにした首飾りなどあったようだが、これは、咥えたら離さない機能を持つ牙で、自分の身体を守ってくれる精霊を繋ぎとめる護符としたものと考えられる。縄文人もイノシシなどの牙を首飾りのようにしておそらくは護符としていたと思われる。

右は勾玉のようだが先が分かれており牙の表現か
千葉県松戸市立博物館蔵
石器時代の人体像はマンモスの牙で作られたものが多くあるのも示唆的である。魚を確保する釣り針も牙や骨で作っている。後にはこの人体像に居付いた精霊を繋ぎとめる表現として、牙の代わりに縄のようなものを描いたとすることは無茶な空想ではないと思われる。旧石器時代の人類は、既に精霊を繋ぎとめるという観念をもっていたはずだ。
アルプスで見つかったアイスマンには多数の入れ墨があったのだが、これも身を護る呪術であったと考えられている。お灸の意味でツボに施したという説もあったようだ。
先ほどの春成氏は、早くに銅鐸の文様の問題で穀霊を緊縛する機能にふれておられる。穀霊は稲籾を厳重に結びとめておかないと遊離したり逃亡してしまうので、銅鐸にある流水文や袈裟襷文などが霊魂を緊縛する機能をもっているのだとされている(春成1982)。

そして次に興味深いことを書いておられる。
「(銅鐸の)斜格子文を布目の帯、綾杉文を二本の網目(一種の注連縄)を表すものとして意識された」というのだ。

銅鐸の文様が注連縄のような表現というのは注目できる。しめ縄だとするとここでまた妄想が浮かぶ。
コスチェンキのヒモ状のものは、ひょっとするとしめ縄のようなものであったのではないか。命を守るため、再生のための依代としての人体像にしめ縄を飾ったような表現にしたと。
そうすると、春成氏が出産の補助具とされた捕縛の表現は、しめ縄であって再生の力になる精霊を繋ぎとめて、安産を願う依代としたのかもしれない。補助具よりはいいアイデアだと思うがどうであろう。

このように考えることもできるのだが、類例も少ないことから、判断はむずかしい。一方でそのふくよかなカラダの表現から、作物の成長を願う意味を持つことは十分考えられるだろう。
世界の人体像を見ていくと、縄文の土偶と同じように気になるものが多くあるのだが、後の時代にこのような捕縛された人体像が存在するのかどうかなどを次回に深めていきたい。
補足 世界中にある穀霊の逃亡譚や類似の説話
・風土記の鳥となって逃げた穀霊の説話
山城国風土記逸文にあるのだが、秦公伊呂具(ハタノキミイロコ)が富裕であることの驕りから、餅を弓の的にして矢を放つというぶしつけな行為を行ったため、餅が白鳥の姿になって逃げていったという話は、餅にいた稲魂が鳥になって逃亡した話と考えられる。
・常世の国に渡るアワの穀霊であったスクナビコナ
記紀に登場するスクナビコナは、古事記では天の羅摩(かがみの)船に乗ってくるのだが、国を作り堅めた後に、常世国に渡ったとある。書紀では、粟茎(あわがら)に乗って弾かれて常世の国に至っている。このスクナビコナは、伯耆国風土記逸文に粟を蒔いて実が一杯になったという逸話があるように、粟の穀霊であったと考えられている。彼は記紀にあるように、じっとせずに移動をする穀霊なのであった。
・シュメル神話の牧畜神
常世国に戻る話に似た、冥界に戻るという神話がある。
牧畜神のドゥムジとぶどうの木の女神のゲシュティンアンナが半年ずつ交代で冥界にとどまるという、死と復活を年間サイクルで物語にしたものだ。穀物が収穫され、肉も貯蔵された春に、ドゥムジは冥界に戻ると、ゲシュティンアンナがブドウの収穫が終わった夏から秋に冥界に下って探しに向い、見つけると、ゲシュティンアンナは冥界に戻り、代わってドゥムジが地上界に戻ると、生気が地上に戻ってくるのだという。
このタンムズ(ドゥムジの別の呼び名)は地上にいる半年間は植物が繁茂し、動物が成育するが、彼が地下に下るとすべてが止まるので、「女性たちはタンムズが地上に戻るように激しく哀願した」(岡田2008)のだという。
植物のみならず動物などすべての生命の成長に関わる霊力を持つ精霊、穀霊は、じっとはしてはおらず、確保しておかなければならないという考え方が古代人に共通してあったと考えられる。
参考文献
春成秀爾『始原のヴィーナスー旧石器時代の女性象徴―』同成社2024
春成秀爾『銅鐸の時代』国立歴史民俗博物館学術情報リポジトリ1982
竹倉史人『世界の土偶を読む』晶文社2025
岡田明子・小林登志子『シュメル神話の世界』中公新書2008
タイトル画の左の図はHPの"Thilo Parg / Wikimedia Commons"より
銅鐸綾杉文は、寺前直人『文明に抗した弥生社会』吉川弘文館より
なお、綾杉文に関してだが、神功皇后の説話のある福岡県の香椎宮の御神木は綾杉。銅鐸の綾杉文様との関係は不明ですが。
御神木の綾杉についてははこちらをご覧ください。
