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仮説があってもまだまだ土偶の謎は続く  結びで土偶を読む⑭

 ヨーロッパと縄文の時間も空間も離れている母子像。 
 古代人が思うことは共通するのであろうか。

 土偶を結び(結縛)という視点で解読をすすめたが、ここでこれまで扱ってきた内容について少し振り返りを行う。ただこれで完結ではなく、随時関連する話題を追加してはいきたい。
 

1.残念な『世界の土偶を読む』

 異様な雰囲気でもてはやされた『土偶を読む』は、その後の『土偶を読むを読む』などで研究者の冷静な指摘、批判にさらされることになった。それもあって、次作の『世界の土偶を読む』は、あまり話題になることもなかったようである。出版社からは「竹倉土偶論に考古学はどう向き合えるか」といったやや挑戦的なキャッチコピーで宣伝がなされたが、その内容はとても考古学者に物申せるようなレベルのものではなかったのではなかろうか。
 私自身の関心事でもある世界の重要な人体像を取り上げたものの(だが全部ではない)、その解説は著者の自論と結びつけることに力点が入ってしまい、残念ながら中途半端なものに思えた。著者のこだわりであるイコン(シンボル)論の説明は長くてくどく感じ、また民俗学や神話研究で既に語られている内容をトレースされるところも気になった。
 せっかく、捕縛や腰掛けの表現のある人体像を取り扱われたのに、種子の発芽に力点がおかれ、さらには前回の批判を意識してか、トチノミなどに執着された説明で、大事なことが見逃されたような内容と思われる。
 
 『世界の土偶を読む』で表紙を飾るコスチェンキの捕縛されたような表現のある人体像を、春成秀爾氏の説かれた出産の補助といったものではなく、穀霊の逃亡を防ぐためといった視点は極めて重要であった。
 だが著者はこの点をあまり深めることのないまま次の話題に移ってしまったようなので、成り代わって説明させていただいたのである。思い付きがほとんどであるが。
 ここでは、捕縛の意味について、生命を維持する霊力が逃げ出さないようにつなぎとめるものとして、獲物をつかんで離さない牙にあやかった勾玉や、銅鐸に穀霊を緊縛する文様があるとの研究者の見解も紹介した。
 世界の人体像や土偶にも、精霊の逃亡を防止するカタチがあったことも取り上げさせていただいた。椅子が用意されたこともこの点と無関係とは思われない。
 この著書を救済しようというつもりはないが、せっかく大事な視点、材料が提供されているのに、あまり話題になっていないことがもったいないというか、少し残念ではあったので同じ題材を使って自分なりの解釈を試みたのであった。また神話との関連についても述べさせていただいた。

2.土偶の用途の一つとしての依代という視点

 著者は、従来の研究者の土偶論が、全くの見当違いであるかのように言明されている。しかし、氏の土偶=植物の精霊論に対して、これに近い、類似するような説明は早くからなされていた。マリヤ・ギンブタスの解釈をここに紹介しておく。
 
 「作物の種子は発芽と成長の源であると考えられていた。同様に農耕の揺籃期において女性の妊娠した胎は耕地の肥沃さにも結びつけられていた。その結果、豊穣に影響を与え、これを促す特権的な力を授けられた多産女神の原イメージが生まれた。・・・・多産な女性は穀物に魔術的な影響を及ぼすとされた。穀物が妊婦のごとく「みごもる」からである。そしてそれは芽生え成長する」(ギンブタス1998)

 妊娠する姿が作物の成長と結びつくことを指摘しているのである。女神像そのものと考えていたのではなく、あくまで植物の成長を妊婦になぞらえたものとしてとらえている。これは、植物の精霊とする考え方と似ているのではないか。そして、竹倉氏が指摘している、土偶に見られる豊満な胸や妊娠したかのようなお腹、巨大なお尻の表現が女性そのものをかたどったわけではなく、あくまで食用となる植物の成長の暗喩としてデフォルメされたものという見解と近いことをギンブタスは語っているのである。

 次に「結びで土偶を読む③」で扱った顔と胴体が分離した造形が、精霊のとり憑く表現を表したものという土偶依代説の瀬口眞司氏の説明である。

 「ここで想定すべき肝心なことは、〈自然は多様な霊的存在に満ちている〉といった世界観が縄文社会の精神基盤に存在していた可能性であり、必要と期待に応じてその霊的存在の力を社会生活の中に取り込む仕組みが存在していた可能性である。端的に示すなら、土偶や土偶装飾付土器等の根本的性質とは、その世界観や仕組みをこの世に具現化する道具――依代である。土偶の使用者・製作者たちは、期待に応じてカートリッジのように必要な霊的存在を選択し、それを依代たる土偶関連資料にインストールすることで霊的存在を利用する仕組みの中にいた」(瀬口2020)
 
 縄文人は願いをかなえるために、土偶などの祭具に精霊をインストールするといった説明がユニーク。土偶が植物の精霊というよりは、こちらのほうがわかりやすいと私は思う。

 そして依代に降臨した霊的な力、精霊が逃げ出さないように、つなぎとめるカタチを表現したのである。『世界の土偶を読む』では、いくつかの事例を挙げられていたのであり、この点をもっと究めてほしかったと思う。

左がコスチェンキの捕縛された人体像 右は合掌土偶

 両者は無関係のようで、結びという古代信仰でつながると考えられる。

3.土偶の謎を解くために

 土偶のすべてを一つの視点で説明するのは無理な話だが、検討するための自分なりの方向性、考え方をここに示しておきたい。

①土偶のヒトガタとしての外見にこだわってはいけない。
 葉痕の例を示したように自然界に存在したあらゆる形を参考にして土偶は造形されている。ふくよかな体の表現、出産などの表現も植物の豊穣を願うカタチであった。

左と中央:市川市立市川考古博物館蔵
右:茅野市尖石縄文考古館

 ボインやデカ尻に惑わされては真実が見えなくなる・・・かも。

②世界の土偶との相対的な比較検討は必要。
 距離や時代が離れていても、人々の信仰における考え方は共通している。伝播もあれば、異なる場所で同時に発生することもある。日本の土偶も広い視野で検討することで理解が進むと思われる。

左:子を抱く聖母像 約7000年前 ユーゴスラヴィア
出典『古ヨーロッパの神々』 
右:子を抱く土偶 東京都宮田遺跡縄文中期 
出典『縄文土偶ガイドブック』

 母子像そのものをつくったわけではない。作物の成長を願った形と考えられる。それににしても、よく似たポーズなのがとても不思議。作成者の女性ならではの発想と思われる。

③結びという古代信仰
 勾玉や銅鐸などで説明されている結縛、結びという視点、さらには民俗学で扱われる依代など穀霊信仰の観点で土偶を検討することが必要と思われる。時代は離れていても信仰に関わる考え方は変わらないのではないか。

左:車駕之古址古墳出土金製勾玉 
出典『開かれた棺』特別展図録
  中央と右は堺市博物館蔵の子持ち勾玉

  車駕之古址古墳の金製勾玉に施された結びの文様は、霊力を逃さないために拘束するかのように念には念を入れた表現。子持ち勾玉も魂をひっかけるところを補強するように付け加えたものだ。「子持ち」では意味がわからないのである。

④弥生時代に縄文時代を引き継ぐ信仰のカタチがあった。
 以下のような指摘がある。
 「東北地方北部の縄文時代晩期後葉の土偶が、近畿地方の水田稲作開始期に見られる土偶と関係」(寺前2017)しているという。初期の銅鐸にも縄文時代からの文様が見られるのである。
 この点については合掌土偶に関しての「結びで土偶を読む⑥」で長原タイプの土偶などについて説明している。
 このことから、縄文の土偶の意味が、弥生時代の信仰、祭祀から理解できるということになるのだ。弥生時代の稲霊祭祀に使われた土偶が縄文の土偶の系譜をたどれるものならば、土偶の用途は明確となろう。
 ただ縄文時代に稲霊祭祀があったとは言い切れない。縄文時代の場合は、ヒエやアワといったものが対象ならば穀霊祭祀、堅果類などの場合はその成長を促す精霊祭祀となろうか。そこに土偶が重要な役割を担ったということになる。これは土偶の謎への一つの回答になるのではないか。
 研究者の方々には、ぜひこういった視点での検討もなされることを願いたい。

4.まだまだ謎の多い土偶

①正中線
 一番気になるのが多くの土偶に見られる体の中央を走るこの正中線。世界の土偶には同じようなものが見当たらないのが不思議である。また縄文のヴィーナスなど正中線のない土偶もある。さらに遮光器土偶のように正中線とはいえない複雑な文様がなされたものもある。諸説あるが決定的なものはないようだ。
 自分にも今のところ名案はない。強いて言うならば、葉の中央のライン、つまり葉脈の中央脈を植物の成長維持に欠かせないものとして、土偶の中央にも表現したのではないかと思う程度だ。

正中線のある土偶 描かれ方はまちまち
シダ類の葉の中央は葉柄とのこと

 正中線を妊娠線と混同した説明をされることがあるが、両者は別のもの。妊娠線は特に下腹部の皮膚の膨張でスイカの模様のようにみえるもの。正中線はあくまでへそを通る縦のラインのこと。

②ヒトの埋葬の様に扱われた土偶
 土偶を依代とした場合、どう関連付けられるであろうか。これまでの祭りごとに対する働きに感謝をこめて、丁重に葬ったのであろうか。郷原のハート形土偶も石をならべて囲った中央に寝かせるように埋めてあった。新潟県の栃倉土偶も頭は無くなっているのに、掘った穴に腐植土を入れ、赤く塗られた土器の破片を周りに置いたところに逆さまに埋められている。   

山形県杉沢遺跡の土偶
出典『縄文土偶ガイドブック』

 まるで人の埋葬のようだが、縄文のヴィーナスや仮面土偶のようにヒトの墓に添うように埋納されたものもある。はたしてどんな事情があったのか。

③玩具用の土偶もあったかもしれない
 残存する土偶に玩具と判断できるものはないのだが、幼児が手にするものとしての人形があってもいいのではないか。とにかく何か手に持っていないと気がすまない孫の姿を見ていると、用済みの土偶を持たせていた可能性もあると思われる。

④次々と謎は浮かぶ
 仮面は何を意味するのか?
 故意による破壊はあったのか?
 なぜ形を変えながらも、長期間作られ続けたのか?
 仮面土偶や縄文のヴィーナスといった特別な土偶が作られた意味
 土版などの祭具、土器文様との関係など、etc.

 今後も様々な遺跡調査によって、新たな情報、知見が得られることを期待したい。

参考文献
瀬口眞司『土偶装飾付土器の根本的性質と展開過程』 紀要 第33号(2020.3)滋賀県文化財保護協会
マリヤ・ギンブタス『古ヨーロッパの神々』鶴岡真弓訳 言叢社1998
寺前直人『文明に抗した弥生の人々』吉川弘文館2017
三上徹也『縄文土偶ガイドブック』新泉社2014

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