初心者目線で 『プラダを着た悪魔』を観て、「働くとは?」を考えた
先月『プラダを着た悪魔2』が前作から20年ぶりに公開された。
とはいえ、最初に映画のニュースを目にした時は「へえー、そうなんだ」程度しか思ってなかった。
その時は前作は観てなく、続編を待ち侘びていた訳でもない。
昔も結構話題になったので、さすがにタイトルくらいは知っていたが、特にファッションに興味も縁もなかった私は、何となく観ずに素通りしていた。
新作に興味を持ち始めたのは公開が始まって、よく聴くラジオ番組でMCやゲストの方々が『プラダを着た悪魔2』を絶賛していたからだ。
私は単純なので、身近な情報源からそんな話を聞くと途端に心変わりしてしまう。
巷では「絶対に1を観てから2を観た方がいい」という触れ込みだったが、結局、先に新作を鑑賞して後追いで前作も観た。
以下、全体的な感想として、
『プラダを着た悪魔2』のミランダ(メリル・ストリープ)は、確かに仕事に対して厳しさや完璧を求める一面は感じられつつも、想像より「そんなに言うほどパワハラ気質や悪魔レベルではないのでは?」が最初の印象だった。
ただ、前作を観た後に、時代の変化で会社のコンプライアンスや年月を経て彼女なりに周囲との関わり方をあらためた結果なのだと知った。
前作のミランダは、たしかに悪魔と呼ばれても過言ではない。
いくら仕事ができるトップとは言え、出社後に自分のコートをアシスタントに投げつけたり、悪天候で飛行機が欠航中なのに「何とかしろ」と強要したり「これは人間的にどうなの?」と感じた場面もあった。
実際にこれに近い話が許されていた時代もあるかもしれないが、映画を第三者の視点で見ると、ある意味コメディにすら思えてくる。
ミランダほどではなくても、彼女の指示や要求を一つのメタファー(隠喩)でとらえると「顧客や上司の無理難題、理不尽な要求」は働いている人であれば誰でも経験する話に思う。
多くの人にとって自分との重なりを感じたのは、主人公のアンディ(アン・ハサウェイ)ではないだろうか。
ただ、アンディもはじめから仕事ができた訳ではない。
前作のアンディは、「努力の過程を認められない」「感謝もされない」と新人だった頃の自分と思える「甘え」もあったように思う。
外資系企業に居るとよく感じるが、上司が見てるのは途中過程ではなく0か1の結果だけだ。
仕事の無理難題、理不尽な要求に対して期待以上の結果を出せるか?その人の真価を問われているのだ(人権侵害に類するものは除く)。
今は多様な価値観があるので、それはその人の仕事への向き合い方であり、一つの選択なのだとも思う。
無理難題に文句だけたれて、その場を去る選択もあるはずだ。
ただ、アンディは自らの考え方や行動を変えて、ミランダの要求に対して期待以上の結果を出す道を選んだ。そして(時にはハッタリも含めて)結果を残して周りの信頼を得ていく。
アンディが本気で仕事に向き合う覚悟を決めたことやミランダの要求に喰らいつき、何とか達成しようとする必死さが後の結果につながるのは「映画の話」だとしても彼女の仕事に向き合う姿勢は学ぶべきことが多いと感じる。
他に『プラダを着た悪魔2』を観終えて一番思ったのは「何をするにしても結局は人と人とのつながりが大切ではないか…」ということだ。
これからの時代、仕事はAIに置き換わっていくのかもしれない。
しかし、人間社会である以上、人には感情があり「正論」や「正解」だけでは動かない。あるとすれば、過去に共有した感動や苦労を乗り越えた経験、お互いの信頼関係が次につながる機会になり得る気がする。
映画後半、それぞれの登場人物が(表に出さなくても…)互いに強い信頼やリスペクトがあったこと。相手への感謝を知れた場面は目頭が熱くなった。
そんな「仕事」への向き合い方について、考える機会を与えてくれた映画だった。
加えて『プラダを着た悪魔2』本編は、(前作を観てない人も)最初から最後まで先が読めず、普段の生活とかけ離れたファッションやブランドの世界を垣間見れてエンタメとしても楽しめた(途中、某有名アーティストが登場するサプライズも…)。
その意味では、本作は時代による変化を取り入れつつ人間ドラマを主軸に置いているように感じる。
それから後追いで前作を観てわかったことも…
前作と新作は対比の視点で「ここはあの時のあのシーンか」という面白さもある(人は何年経っても同じことを繰り返してる感も)。
ただ、最後の結末は前作と少し違って、おのおのが選択した新しい道が同じ方向を指しているように思えた。
そういう背景も一緒に楽しみたい人は、先に前作を観ておく方がよいのは確かだろう。
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映画予告
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タイトル画像:椿 -TSUBAKI-さん
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