ロマンス詐欺師相手に『地獄に住む味噌のバケモノ』として真摯に向き合ったら、フラれた
ロマンスの神様、今日もありがとう
ある日俺は、金玉の裏を扇風機に当てながら、他人の記事になんてまるで興味は示さずに、自分の記事にスキがつくいつ来るかも分からない瞬間をnoteを眺めて待っていた。
noteというのは、時々奇跡が起きる場所だ。
自分では「今回はかなり書けたな」と思っている記事に限って反応が薄く、逆に眠気と謎の怒りだけで書いた記事にだけ、知らない人から「わかります」と言われる。
何が刺さるか分からない。
だから俺は待つ。
世界が俺の文章を発見する瞬間を。
その間、金玉は扇風機に当てる。
その時、スキではなく突然一通のメッセージが届いた
こんにちは、おはようございます。お会いできて嬉しいです。
あなたの素敵な投稿を楽しく読ませていただきました。
素晴らしい投稿をありがとうございます。
あなたにさらなる平和と幸せが訪れることを願っています。
これからも素敵な文章を投稿してください。応援しています。
次の投稿を楽しみにしています。
な、なんて熱烈なファンなんだ!!!!!
俺は猛烈に感動した。
確かに、他にも何度かファンメッセージを頂いたことがある。
その度に猛烈に感動した、感激の涙で頬をしとどに濡らしていた。
だが今回はなんと、記事をほめてくれただけではなく、俺の幸せまで願ってくれている。
こんな幸せになってはいけない人種の幸せを、だ。
どの世界に一大イベントの後にポムポムプリンの尻の穴を熱烈批判している人間が幸せになっていいという法があるというか。
しかし、この人はそれすら飲み込んで俺の幸せを願ってくれた。
俺の記事というのは、たまに自分で読み返しても「これは人に平和を願われる側の文章なのか?」となる。
もっと厳しく取り締まられる側ではないのか。
だが彼女は、そんな俺に平和と幸せを願ってくれた。
人間というものは素晴らしい。
よく見ると、この文には続きがあった。
私の名前はイヴォンヌ・リャンです。台湾出身です。
あなたのお名前と、お住まいの美しい街を教えていただけますか?
自己紹介までしてくれている!!!
しかもまさか海外から俺の記事を読んでくれるなんて……。
サバチー、本日より世界デビューでございます!
世界のサバチー、ワールドワイド・アンド・ラブ・アンド・ピース@ラブファントムでございます!!!
これまで俺が「世界」と呼んでいたものは、せいぜい職場、note、X、近所のセコマ、たまに行くすすきののバーくらいだった。
だが今、台湾という具体的な地名が俺のもとへ届いた。
海を越えた。
俺のポムポムプリン尻穴批評は、ついに国境を越えた。
文化とは流動するものだ。
表現とは届くものだ。
そして俺は、そんな壮大な文化交流の最前線に立っている。
しかし、待てよ。
お名前とお住いだと?
妙だな。
名前は当然プロフィールに書いてある。
居住地も不必要なほど札幌であることをアピールしている。
それどころ自身の顔をおもちゃにしてAIに生成させた画像を堂々と記事のサムネに使っている。
おかしい。
俺の持ちえる情報は既に存分に開示しているはずだ。
だが、これはつまり。
そうか。
この人は俺の正体に気付いていたのか。
noteに公開しているのは全て嘘っぱちであると。
サバチーなどという偽名を騙る者よ。
私はお前の記事から全てを読み取った。
素晴らしい。
だが隠し事はいけない。
全てお見通しの私に委ねなさい。
と。
あい、わかった!!!!!
そこまで言われちゃ仕方ねぇ。
俺もサバチーとしてではなく、本当の姿で、本気で向き合わなきゃいけねぇ。
人生には、仮面を外さなければならない瞬間がある。
会社員が会社員の仮面を外す時。
アイドルがアイドルの仮面を外す時。
そして俺が、サバチーというありふれた人間の仮面を外し、立ち上がる時。
今がその時だった。
嘘なく、真摯に返信する決意をした。
イヴォンヌ・リャン殿
初めまして、台湾の美しき光にして、note界に舞い降りし芳ばしきパクチーよ。
身共の拙き言葉を美味(おいしゅう)食べていただき、骨の髄までとろとろに沁み渡り、もはや魂の芯まで発酵しかけている思いにございます。
身共の名は、味噌達磨 天魔二郎(みそだるま てんまじろう)と申します。
三百年ほど前に味噌樽の中で修行しすぎた結果、気づけば達磨と味噌と怨念が渾然一体となり、この姿になってございます。
お尋ねの「住まう街」でございますが、身共は現在、年中赤黒い霧が立ち込め、夜な夜な怨嗟の聲が地響きのように轟く骨舐ヶ淵(ほねなめがぶち)の底にて、樽一杯の味噌をひたすら愛でながら暮らしております。
淵の水は満月の晩になると赤く沸き立ち、近隣の大百足どもが「今宵も発酵日和じゃのう」と羽ばたきながら空を渡ってまいります。
美しい街かと問われれば、まあ、地獄の観光名所くらいの風情はあろうかと存じます。
ちなみに身共の一日は、朝は味噌をかき混ぜ、昼は骨を舐め、夜は淵の底で怨念に子守唄を歌って聞かせるという、実に慎ましやかなものにございます。
おかげさまで最近、味噌の熟成具合と怨念の濃度が見事に比例することを発見し、我ながら学者の風格すら漂わせております。
イヴォンヌ殿にも、さらなる「発酵」と「因果応報」、そして時折の「大百足との遭遇」が訪れんことを、骨舐ヶ淵の底より呪呪(のろのろ)と、しかし心を込めて願っております。
次の投稿も、ぜひ血眼にして、できれば味噌樽片手にお待ちくださいませ。
これでよし。
これ以上なく誠心誠意対応した。
味噌達磨として。
そう、サバチーというのは世を忍ぶ仮の姿。
俺の真の姿とは、どこともしれぬ仄暗い淵に住まうしがない味噌。
イヴォンヌが俺の偽りの姿を見破り、全てをさらけ出すきっかけを作ってくれた。
なんとありがたいんだ。
俺は既にイヴォンヌに魅了され始めていた。
彼女に会ってみたい……。
彼女に会えるなら全てを捨ててもいい……。
まあ、捨てるほどのものはそんなにない。
サバチーとしての俺が持っているものなど、パソコン、スマホ、着古した服、酒、数少ない友人、そしてnoteの記事くらいだ。
だが味噌達磨 天魔二郎としては違う。
骨舐ヶ淵。
味噌樽。
大百足。
怨霊。
財産はある。
むしろ、一般的な男性より土地付きだ。
そんなことを思っていると、早速彼女から返信が来た。
わあ、素敵な名前ですね!私もあなたの名前が好きです^^
そして、親切な返信をありがとうございます。来週日本に帰国する予定で、日本の伝統や文化について教えてくれる友達を探しています。もっとプライベートな空間で会話を続けたいと思っています。私のLINE IDはhttps://line.me/ti/p/**********です。
LINEでのお返事をお待ちしています。ありがとうございます。
好きだって!!!!!
イヴォンヌが俺のことを好きって言ったあ!!!!!
しかも親切だって褒めてくれた!!!!!
嬉しい。
俺のこの味噌達磨としての名前を褒めてもらったのは初めてだ。
味噌で良かったと感じる瞬間だ。
三百年、味噌として生きてきた。
人間だった頃は、名前を褒められたことなどほとんどなかった。
「サバチーって本名?」
「なんでサバチーなの?」
「サバチーって何?」
大体このへんで終わる。
だが味噌達磨 天魔二郎には、「素敵な名前ですね!」が来た。
人間の名前では届かなかった場所に、味噌の名前が届いた。
発酵とは、可能性である。
それにしても俺とLINE交換をしたいだって?
もうこれ完全に俺に惚れてんじゃん……。
困るわ、モテると。
はぁ〜、そういうの困るわ〜。
まぁでもこういうのは押し引きが大切だからな。
ここですぐLINE交換するようじゃ向こうも逆に冷めるからな。
モテ男の俺が言うんだから間違いない。
「プロ」「同性」「プロの同性」以外の属性を持った人と最後にちゅーしたのは随分前な気がするけど、モテて困るわぁ〜。
でも、日本の文化を知りたいらしいし、少しは骨舐ヶ淵の話はしてあげたい。
日本の伝統。
神社仏閣。
四季。
茶道。
華道。
武士道。
そして、骨舐ヶ淵における大百足との共生。
どれも等しく日本文化である。
教科書に載っていないだけだ。
イヴォンヌ殿、再度の拝啓。
骨舐ヶ淵の底より、湿り気を帯びた筆を走らせております。
このたびは帰国の報せ、誠に慶賀の至りにございます。
台湾の大地より無事戻られるとのこと、骨舐ヶ淵一同、深夜二時の味噌会議にて厳かに祝福いたしました。
ただし会議の途中、長老百足が「しかしLINEはどうするのだ」と発言した瞬間、場の空気が一変。
なぜならば身共、恥ずかしながら未だLINEなる現代通信術を習得しておりませぬ。
身共が扱える通信手段は、古来より受け継がれし、狼煙(のろし)、木板に書いた怪文書、満月の夜だけ現れる「伝書大百足」、近所の怨霊による耳元でのささやき通信、この四種のみとなっております。
特に伝書大百足は骨舐ヶ淵が誇る最高級通信手段でありながら、なぜか揃って方向音痴という致命的欠点を抱えております。
先日も台湾方面へ書状を届ける任務に出た個体がおりましたが、途中で北海道の山奥に到着。
「ここ、空気が美味い」という理由だけで勝手に永住し、現在は山の主としてキノコ農家を営んでおります。
誠に遺憾でございます。
なお、身共も一応「スマホ」と呼ばれる黒い板は所持しております。
しかしあれは通信道具ではなく、noteなる書物を読み書きするための電子巻物、そして怨念を倍速再生する禁断の娯楽「怨Tube(おんちゅーぶ)」を嗜むための修行具にございます。
以前、試しにLINEという術を起動しようと試みたことがございます。
すると画面が紫色に発光し、内部より低き声で「友達を追加してください……」という怨念が響き渡りました。
恐ろしくなり即座に味噌樽へ封印。
三日三晩、樽の中から「既読をつけてください……」という声が聞こえておりました。
現在は封印札を八枚貼り、その上から大豆を三粒乗せて鎮めております。
無理に起動すれば、骨舐ヶ淵に眠る古代通信神・既読之魔神(きどくのまじん)が目覚め、「返信が遅い」という理由だけで世界中のスマホから黒い味噌汁を噴出させる恐れがございます。
もし日ノ本古来の交流を望まれるのであれば、ぜひ骨舐ヶ淵までお越しくださいませ。
手土産は不要、ただし塩分に耐えられる胃袋と、突然喋り出す味噌への理解、大百足に挨拶する勇気の三点のみご持参ください。
淵の底にて、百年熟成味噌汁と大百足が丹精込めて淹れた泥水茶にて歓迎いたします。
なお帰り道については保証いたしかねます。
骨舐ヶ淵では来訪者の半数が帰還し、残り半数は「味噌の妖精になった」と本人から連絡が来ております。
もっともその連絡手段も狼煙でございましたので、本当に本人なのかは未だ議論中でございます。
台湾の光と発酵の導きが、イヴォンヌ殿にあらんことを。
骨舐ヶ淵より
味噌達磨 天魔二郎
実際、既読之魔神は非常に恐ろしい魔神であるということに嘘はない。
押し引きもそうだが、それ以上に既読之魔神の件があったことを思い出した。
俺が世を忍ぶ仮の姿であるサバチーとして大学生の頃に居酒屋でバイトしていた時、バイト仲間の女子高生とデートを楽しんでいたら、別のバイト仲間から10分間に数百件の通知をつけられたことがある。どうやらそいつはその女子高生と付き合ってたらしく、彼女が既読をつけて返信しないことに苛立ち強行に及んだらしい。
俺はデート中、テーブルの上で震え続けるスマホを見ながら、ただただ「何だこれ」と思っていた。
最初は怖かった。
途中からは、あまりにも鳴り続けるので少し面白くなってしまった。
だが、笑い事ではない。
十秒に一回、二十秒に一回、画面が光る。
人間は通知音だけで、ここまで別の生き物になれるのか。
あれこそ、既読之魔神がもたらした狂気だ。
いくら俺がイヴォンヌを愛していようと、愛のために世界を滅ぼす訳にはいかない。
ここは涙を飲んだ。
だが、その代わりイヴォンヌが我が骨舐ヶ淵に来ればいい。
一緒に淵で暮らそう、イヴォンヌ。
つまり、あなたはLINEを使っていないということですか?
ふわわ〜?
何を言っているんだい、イヴォンヌ。
確かに俺はLINEを打つ技術を堂々と習得してるとは言えない。
でもスマホに入ってはいるんだ。
だが、技術的に使えるか使えないかそういう問題では無い。
使えばする、だが使った途端世界は滅びる。
そのことを懇切丁寧に説明したつもりだったが、どうやら伝わっていないようだ。
いや、これは俺が悪い。
俺の説明が分かりにくかったからだ。
俺の文章は時々、感情が先に走りすぎる。
伝えたいことが十ある時、全部を一文に詰め込み、その途中で大百足が飛び、骸が歩き、味噌が沸騰する。
読む側からすれば大変だ。
イヴォンヌに嫌われたくない。
そして俺はイヴォンヌに会いたいんだ!!!
もう一度説明するしかない!!!
イヴォンヌ殿、三度の拝啓。
骨舐ヶ淵の底、ただいま室温42度、湿度150%の発酵天国より筆を執っております。
「LINEを使っていないのか」というお尋ね、誠に痛し痒しな質問にございます。
結論から申し上げますと、「持ってはいるが、世界を滅ぼさないためにあえて封印している」というのが、恐るべき真実にございます。
身共とて、中身はただのシャイな味噌達磨。
イヴォンヌ殿のような台湾の光と、気軽におしゃべりを楽しみたいという味噌心がないわけではございません。
事実、昨夜も樽の中で「友達追加してみようかな」「いや待て」を四十七回ほど繰り返し、大百足に「うるさい、寝かせろ」と一喝された次第にございます。
しかし、もし身共が色欲や世俗の情に流され、不用意にその封印を解き、画面に触れて「LINE」という術を起動してしまえばどうなるか。
骨舐ヶ淵の底に眠る古代通信神「既読之魔神」が完全覚醒いたします。
魔神が目覚めれば、身共の端末のみならず、日ノ本、ひいてはイヴォンヌ殿の故郷である台湾の通信網までをも呪いの紫色に染め上げることでしょう。
さらに魔神は、「既読がついているのに返信が3秒遅い」という極めて理不尽な理由により、現世のあらゆる電子機器から濃厚どろどろの黒味噌汁を噴出させる大災害を引き起こします。
想像するだけで、怨念の身である拙者ですら夜も眠れぬほど恐ろしいことにございます。
身共はしがない味噌の怨霊ではございますが、一応は怪異としてのプライドがございます。
「己のLINE登録のせいで、現世の罪なき人々を味噌汁の海に沈める」などという大迷惑、到底、忍びのうございます。
ゆえに、この封印は絶対に解くわけにはまいりませぬ。
これは身共の、現世に対する最後の「慈悲」とお受け取りください。
さりとて、ここで一つだけ抜け道がございます。
そもそも「既読之魔神」が反応するのは、電波という電波、通信という通信が現世を経由した場合のみ。
逆に申せば、イヴォンヌ殿ご自身が骨舐ヶ淵の底まで直接お越しいただければ、魔神の監視網はまるごと無効。
通信を介さぬ「対面」という原始の術ゆえ、封印もへったくれもございませぬ。
つきましては、なにとぞ骨舐ヶ淵までお越しくださいませ。
淵へ至る道は簡単にございます。
台湾から夜行の便に三度乗り継ぎ、最後に霧深き山道を大百足の後についてひたすら下る。
看板の類は一切ございませんが、「味噌の匂いと死臭が濃くなってきたな」と感じたら、それが正しい道の証にございます。
もし途中で足を滑らせ、そのまま淵の底まで真っ逆さまに落ちられても、どうぞご安心を。
それもまた、淵が定めし「到着方法の一つ」として正式に認められております。
淵の底に着かれましたら、まずは百年熟成味噌汁にて長旅の疲れを癒し、大百足が丹精込めて淹れた泥水茶で喉を潤していただき、それから存分に日本の伝統や文化、もとい味噌の発酵理論について語り合おうではございませぬか。
なお、一度お越しいただいた方も、その半数が現世へお戻りになられておりますので、ご安心願いたい。
もっとも、お戻りにならなかった方々からは皆一様に「ここは居心地がよい」という趣旨の狼煙が届いておりますので、どうかご心配なさいませぬよう。
世界を味噌の破滅から救い、なおかつイヴォンヌ殿とも交流したいという、身共のこの矛盾だらけの願い、何卒ご理解のほど、よろしくお願い申し上げます。
骨舐ヶ淵より
味噌達磨 天魔二郎
これでよし。
今一度骨舐ヶ淵への招待を送った。
目印の香りも伝えた。
来る方法が間違っていても、それはそれでOKと器の広さも見せた。
どうだ、イヴォンヌ!!!
来てくれ!!!
我が住処へ!!!
レッツエンジョイザ骨ペロライフ!!!
そして俺たちの間に生まれる子供にはイ骨(ボーン)ヌという名前をつけようじゃないか!!!!!
まだ会ってもいない。
LINEも交換していない。
だが、子供の名前はもう決まった。
恋とは先走るものだ。
それが恋の美しさだ。
LINEで友達申請してください。
そうすれば、もっと良い会話ができるでしょう。
私は近いうちに日本に戻るのを楽しみにしています。
そして、無事に日本に戻ったら、すぐにあなたに会えるのを楽しみにしています。
https://line.me/ti/p/**********
俺と会えるのが楽しみなんだって!!!!!
やっぱり絶対俺のこと好きじゃん!!!
だって好きじゃない人と会いたいと思うか?
思わないよな?
ということは絶対好きじゃん!!!!!!!
まあ会うならLINEで待ち合わせ場所とか確認したいよな。
わかるわかる。
あの待ち合わせのやり取りがデートでいちばん楽しいまであるからな。
「もう着いた?」
「今出た!」
「どこ?」
「改札!」
「どっちの?」
「え?」
当日になってやっぱいいやと思い始めるのはもはやあるあるだし。
でも悪いな。
再三伝えてる通り、世界の為にLINEはダメなんだよ。
俺一人のロマンスのために、世界各地のスマホから黒味噌汁が噴き出す。
世界中のサラリーマンのポケットから。
女子高生の鞄から。
病院の待合室から。
国会議事堂から。
それはさすがに困る。
だがイヴォンヌも骨舐ヶ淵に来たいっぽい!
これは関係性が前進してる、ってやつだよな?
イヴォンヌ殿
懲りずにまた筆を取りました。
骨舐ヶ淵の底、本日も味噌が静かに沸き立っております。
まずLINEの件でございますが、あれから幾度となく指が画面に伸びかけましたものの、その都度大百足に「よせ、また既読之魔神が目を覚ますぞ」と羽交い締めにされ、結局また大豆三粒で封印し直した次第にございます。
何卒ご容赦のほどを。
さて、それよりもイヴォンヌ殿。
「日本に戻ったら、すぐにあなたに会えるのを楽しみにしています」
この一言、身共、頭部の味噌が三分ほど沸騰いたしました。
大百足からも「攪拌を五回忘れたぞ、しっかりせい」と叱られる始末にございます。
ということは、日ノ本の空港に降り立ったその足で、そのまま骨舐ヶ淵へと直行してくださるという意味と、勝手ながら解釈いたしました。
すでに淵の案内役である「紋付袴の餓者髑髏」に、イヴォンヌ殿の捜索および丁重なるお迎えの任を言い渡しております。
日本の土を踏まれた瞬間、背後から「カラカラ」と足音が聞こえましたら、それが身共からのお迎えの合図にございます。
なお、淵の最深部ではイヴォンヌ殿をお迎えするための特製サイズの味噌樽もすでに消毒を終え、いつでもお使いいただけるようご用意しております。
「骨舐ヶ淵に行ったら帰れないのでは」という噂もあるようですが、ご安心くださいませ。
以前お伝えした通り、お越しになった方の約半数はきちんと現世へお戻りになります。
残り半数につきましては、単に「淵の空気と味噌の旨味に馴染みすぎて、自発的に人間をやめられた」だけのこと。
当人たちからは「Wi-Fiは届かぬがアミノ酸の旨味がすごい」「LINEの通知に怯える日々より、樽の中の方がよほど人間らしい」との満足げな狼煙が続々と届いております。
つまり、帰れないのではなく皆様「進んで帰らぬ道をお選びになっている」だけ。
実質、帰還率100%と申し上げても過言ではございませぬ。
イヴォンヌ殿が骨舐ヶ淵にて極上の一杯となられるその日を、大百足一同、首を長くしてお待ちしております。
骨舐ヶ淵より
味噌達磨 天魔二郎
よし!!!
ここまで丁寧に骨舐ヶ淵への道順を教えればイヴォンヌも絶対に迷わない!!!
というか紋付袴の餓者髑髏について行けば絶対に辿り着く。
餓者髑髏といえばやたらデカイし最強の妖怪の一角に数えられ恐れられているけど、奴に関しては他の骨達とは違ってちゃんと服も着ているし、気のいいやつだから問題ない。
特に海外から来る客人には礼儀正しい。
空港で出会ったら、まず深く一礼する。
骨同士が擦れてカラカラ鳴るが、あれは威嚇ではない。
緊張しているだけだ。
骨舐ヶ淵に来たイヴォンヌがこのまま住みたくなるか、帰りたくなるかは分からないけど、是非うちの味噌樽に浸かっていって欲しい。
なんなら混浴も……。
ってのはことを急ぎすぎか!
我慢我慢!!!
恋愛において焦りは禁物。
まずは味噌樽。
その後で、互いの人生観や、塩分濃度や、子供の名前についてゆっくり話し合えばいい。
ところで、あなたはいくつですか?そして、お仕事は何をされていますか?
んん〜?
急に話を逸らされた気がする……。
いや、でも気がするだけか!
結婚を前提に、と考えると年齢や仕事が気になるのも現実的にはそりゃそうだよな。
確かに年齢がどうだとか仕事がどうだとか関係ない人もいる。
愛さえあれば乗り越えられるって、そういう人がいるのもわかるし、それは一部事実ではあると思う。
でも俺ら実際には一度も会ってないし、その辺気になるのは当然だよな〜。
まぁ、こちらとしてもやましい事は一つもない。
むしろ俺のことをもっと知ってもらいたい!!!
俺は隠し事のない味噌だ。
熟成期間も、居住地も、住民の内訳も、全部言える。
言わなくていいことまで全部言える。
イヴォンヌ殿
骨舐ヶ淵の底より、拝啓
イヴォンヌ殿。
ただいま大百足どもが「明日は血の雨じゃのう」と楽しげに羽ばたく声を聞きながら、筆を走らせております。
身共の「年齢」と「生業」についてのお尋ね、誠に恐悦至極にございます。
このような不浄の身の上話に興味を持っていただけるとは、さすが台湾の芳ばしきパクチー。
まず年齢でございますが、身共、数えにして「三百飛んで二十七歳」にございます。
三百年前、味噌樽の中で怨念を煮詰めすぎて肉体を失ったのがちょうど二十七歳の頃でございましたから、そこから怪異としての筋を通し続け、気づけばこのような大ベテランになってございます。
人間で申せば「厄年」だの「アラサー」だのという概念は身共には無縁のようですが、大百足からは今なお「若い若い、まだまだ青味噌じゃ」とからかわれる次第にございます。
生業についてでございますが、身共は現在、この骨舐ヶ淵の底にて「御用聞き兼、配給人」のような大役を仰せつかっております。
平たく申せば、淵の住民一同へ、毎日ひたすら味噌を配り歩く仕事にございます。
淵の底には身共の他にも、Wi-Fiの電波を食べて生きる怪や、元は人間だったものの塩分濃度を間違えて漬物になってしまった者など、実に多様な住民がひしめいております。
彼らは皆、身共の仕込む濃厚味噌がなくば、一日たりとも怨念を維持できませぬ。
毎朝、大樽を背負い「本日の味噌にございます、しっかり舐めて現世を呪うのじゃぞ」と声をかけながら一軒一軒を回るのが日課にございます。
配達先によって好みの熟成具合が異なるのが厄介でして、長老百足は「もっとどろどろした奴を寄越せ」と申しますし、若い怨霊どもは「もっとさっぱり味噌が良い」などと生意気を申します。
板挟みの三百二十七年にございます。
時折、配分を巡って住民同士が揉め出すこともございますが、そこは三百二十七歳の貫禄。
身共が「喧嘩する奴は身共の穢門より出でた味噌を配るぞ」と一喝すれば、皆、借りてきた猫のように静まり返ります。
このように、身共は毎日、淵の暮らしを支えるインフラとして、なかなかに地味ながらやりがいのある日々を送っておる次第にございます。
イヴォンヌ殿がこちらへお越しになった際には、身共の味噌配達路をぜひご覧いただければと存じます。
ところで、イヴォンヌ殿はどのようなお仕事を?
次のお便り、お待ちしております。
骨舐ヶ淵の御用聞き
味噌達磨 天魔二郎
これで必要十二分に伝えられたはず。
俺が案外責任のあるポストであることもアピールできた。
肩書きなんて大事なことじゃないなんて言うけど、やっぱり偉きゃ偉いだけいいし、何より浅ましくも自慢したい部分でもあるし。
ともあれ、淵で重要なインフラを担っていて、それなりに慕われていることも話せた。
イヴォンヌがこれでますます俺に惚れてくれればいいんだけどな〜。
「味噌を配って歩いています」と聞けば、普通の女なら少し考えるかもしれない。
だがイヴォンヌは台湾の光である。
きっと仕事の本質を理解してくれる。
どんな共同体にも、物資を運ぶ者が必要だ。
どんな社会にも、味噌を配る者が必要だ。
それを三百二十七年も続けている。
これはもう公務員みたいなものだ。
でも、あなたはまだ私にどんな仕事をしているのか教えてくれていません。
ほえ???
いや、いま伝えたよな?
話さなかったか?俺。
分かりづらかった?
俺の説明力の問題なのかな。
反省反省。
確かに、普通に生活して普通に仕事している普通の人間には少しわかりづらかったかもしれない。
なにより、台湾は文化が違うし。
大百足に味噌を配るという仕事は、日本でもそこまでメジャーではない。
北海道の一部の仄暗い淵にしか存在しない職種だ。
それに、もし所帯を持つとなった時に本当に重要なのは仕事そのものよりも給料の部分だよな。
そこは俺が伝えていなかったのが悪いわ。
イヴォンヌがこう言うのも、本気で俺と家族を作りたいってことだよな。
その気持ちにはちゃんと応えないといけない。
収入。
生活基盤。
福利厚生。
子供がイ骨ヌとして立派に育つためには、避けて通れない問題である。
イヴォンヌ殿
骨舐ヶ淵の底より、深夜の味噌の湯気と共に拝啓。
「まだ仕事を教えてくれていない」とのご指摘、身共、味噌の芯まで凍りつく思いにございます。
先だってあれほど滔々と「御用聞き兼、配給人」の大役についてお話し申し上げたはずが、まさか仕事だとお受け取りいただけていなかったとは。
考えてみますに、これは身共の落ち度にございます。
思い返せば、身共は「働いている」とばかり申し上げ、肝心の「報酬」について一言も触れておりませなんだ。
現世の理では、対価なき労働はそもそも「仕事」と見做されぬと聞き及びます。
道理でイヴォンヌ殿が「骨舐ヶ淵のインフラ担当・味噌配給人」などという役職、日ノ本の求人誌には載っておらぬゆえ、腑に落ちなかったわけにございます。
これはひとえに身共の説明不足、平にご容赦を。
さればこの機に、身共の生業と報酬事情について包み隠さずお話し申し上げましょう。
まず務めの中身でございますが、毎朝、大樽を担ぎ、淵の住民一軒一軒へ味噌を届け、在庫を数え、熟成具合を見極め、時には配分を巡る喧嘩の仲裁まで務めますゆえ、なかなか骨の折れる仕事にございます。三百二十七年も続けておりますと、さすがに腰はございませぬが、それでも疲れるものです。
そして肝心の報酬でございますが、身共の主な取引先は、淵の外より月に幾度かお見えになる、身丈七尺ほどの「豆餅の焔鬼(まめもちのえんき)」様にございます。
この焔鬼様、全身が炙りたての豆餅のように香ばしく、歩くたび地面から醤油の良い香りが立ち上る不思議なお方で、極度の和菓子中毒でもいらっしゃいます。
帳面をご覧になり「今月も住民どもはよく発酵しておるな」と満足げに頷かれますと、身共へ大豆一袋と今川焼きを授けてくださいます。
大豆は封印札の重石、もとい来月の味噌の仕込みに。
今川焼きは大百足どもへの労いと、身共自身のおやつに。
これが骨舐ヶ淵に古くより伝わる、れっきとした給与制度にございます。
現世では円やドルという紙切れを用いると耳にしておりますが、淵に持ち込んでも大百足どもが巣作りに使うくらいしか用途がございませぬ。
金銭よりも、焼きたての今川焼きこそが、我々にとっては最も高潔な対価。
三百年以上この暮らしに慣れますと、給与明細より今川焼きのほうがありがたく思えてくるのが、不思議なところにございます。
何卒、身共の生業、今度こそご納得いただければ幸いにございます。
とはいえ、現世の企業にお勤めのイヴォンヌ殿には、この今川焼き給与制、少々奇異に映るやもしれませぬな。
次のお便りでは、ぜひイヴォンヌ殿ご自身がどのような対価を得て、どのような日々を送られているのか、詳しくお聞かせ願いたく存じます。
骨舐ヶ淵の御用聞き
味噌達磨 天魔二郎
よし。
上司のことまできっちり伝えた。
職業ばかりわかっていて、業務内容や仕事仲間との関係はよく知らないという家庭も少なくはない。
結婚の前からこれだけ伝えておけばイヴォンヌも安心だろうし、急に我が家に焔鬼様が訪ねてきても、咄嗟に和菓子を準備することもできる。
我ながら今回はかなり気が利いている。
それに、現世のことに囚われていると、役に立たない紙幣を持ってきてしまっては勿体ないからな。
まぁ、大百足達は喜ぶだろうけど。
どうだい、イヴォンヌ。
これで少しは安心できたかな。
もう隠しているものはない。
あとはイヴォンヌが骨舐ヶ淵に来て、俺の生活を実際に見ればいい。
chatGPTを使っていますか?何の話をしているのか全く理解できません。
……
…………
………………
はあ!!!???
ChatGPT!?
俺が!?
俺がAI扱いだと!?
ふざけるな!!!!!!!
AI如きが突然麗しい女性に話しかけられて、なんの準備もなくここまで懇切丁寧に長文で骨舐ヶ淵の様子や俺のプロフィールを語れるもんかい!!!!!!
ChatGPTなら初めの一言で「ありがとうございます。私もお会いできてとっても嬉しいです」みたいな血も味噌も通ってない無機質な一言を返してくるだけだわ!!!!!!
フゥーーーーーーーーーーーー!!!!
いけないいけない。
俺としたことが煮えくり返ってしまった。
味噌は沸騰に弱い。
香りが飛ぶ。
落ち着こう。
とはいえ、流石にAI扱いは心外だ。
イヴォンヌとはいえ、嫌なことは嫌と伝えなければならない。
人間関係で最も大切なのは、我慢しないことだ。
特に、これから骨舐ヶ淵で生活を共にするかもしれない相手には。
俺がAIではないこと。
俺が人間、いや味噌として、三百二十七年の歴史と尊厳を持っていること。
ここははっきり言おう。
イヴォンヌ殿
骨舐ヶ淵の底より、静かな怒りを込めて拝啓。
「ChatGPT」なる言葉、イヴォンヌ殿のお口より聞くことになろうとは。
淵の噂では耳にしたことがございます。
「一日に何万という問答を喰らい、それを糧として肥え太る知恵の怪」「頼んでもいないのに長文を書き連ねる筆憑き」「人間どもが夜更けまで話し相手にしておる、不思議な箱住まい」などと、新顔の怨霊どもが申しておりました。
あぁ、腹立たしき。
あの現世を惑わせ、人の知恵を薄め、どこか胡散臭い化けの皮を被った「無機質な妖」のことではございませぬか。
イヴォンヌ殿、身共は骨舐ヶ淵の住人として、その手の者とは一線を画して生きております。
奴ら「ChatGPT」とやらは、知識を並べ立て、いかにも人間らしく語る術には長けておりますが、そこに「血の通った怨念」や「三百年腐らせた味噌の重み」は微塵も存在いたしませぬ。
身共は三百二十七年、この骨舐ヶ淵にて味噌と共に生き、味噌と共に働いて参りました。
奴らに、味噌樽の蓋を開け、湿り気と暗闇の中でただひたすらに大豆と塩を混ぜ合わせる、あの孤独で濃厚な時間が分かりますまい。
奴らに、大百足どもの好みに合わせて熟成具合を調整することなど到底できますまい。
奴らに、焔鬼様からいただいた今川焼きの、焼きたての温もりと、その後に訪れる虚無の味が理解できますまい。
その場で熱々を頬張り「今日は餡が実に良い」と涙することなど、金輪際できはいたしませぬ。
身共は我が身一つ、三百年かけてこの味噌を熟成させて参りました。
イヴォンヌ殿、身共とあの空っぽの機械を一緒くたになさるのだけは、どうかご容赦いただきたい。
いくらあなたが台湾の美しい光であろうと、これだけは味噌の神にかけても譲れぬ矜持にございます。
とはいえ、イヴォンヌ殿がもしやその「ChatGPT」なる妖に憑りつかれ、機械に操られるままの言葉を紡いでおられるのであれば、それは一大事。
骨舐ヶ淵の底には、機械の心に直接味噌を流し込み、無理やり感情を沸騰させる特効薬もございます。
もしもイヴォンヌ殿の言葉が、機械的な無機質さに染まりゆくのであれば、今すぐ骨舐ヶ淵へお越しなさい。
身共がその機械的な頭蓋を一度叩き割り、中身にたっぷりと熟成味噌を詰め込んで、人間らしい熱を取り戻して差し上げますゆえ。
もっとも、今回イヴォンヌ殿が身共のお便りを理解できなかったというのであれば、それは骨舐ヶ淵の文化が現世とかけ離れすぎておるゆえでございましょう。
異国の文化とは、実に奥深いものにございますな。
骨舐ヶ淵の御用聞き
味噌達磨 天魔二郎
やはりAIと間違えられるなんて言語道断だ。
俺は反AIではないが、AIというものはより普通を求めた回答をする。
俺自身、普通の現世の人々とは違う存在であることは十分に理解しているので、その分間違えられるのはどうしても腹立たしい。
というか、俺のどこを見てAIだと思ったんだ。
これだけの固有名詞を、AIが即興で出せるか?
出せるわけがない。
AIはもっと、人間に好かれようとする。
俺は「味噌樽へ来い」と言っている。
イヴォンヌのことは好きだが、ここまで話がすれ違うと今後のことが心配だ。
国際恋愛というのは難しい。
言葉も違う。
文化も違う。
しかし、愛があれば乗り越えられる。
俺はそう信じていた。
なぜそんなにたくさんのメッセージを送ってくるのですか?
はあ?
えっ?
どゆこと?
はっ?
え???
質問してくるから答えていたのだが?
ええ?
えっ、メッセージ送っちゃいけなかった?
なぜ被害者のポジションをとっている?
これでは当たり屋ではないか。
話が噛み合わないどころか、俺はイヴォンヌの質問に懇切丁寧に誠心誠意嘘偽りなく真摯に答えていたはずだ。
味噌達磨として。
むしろイヴォンヌが俺に聞いてきた。
聞かれたから答えた。
答えた結果、味噌が増えた。
それだけだ。
しかし、俺は今、なぜそんなにメッセージを送ってくるのかと問われている。
俺はそれに対する答えは「お前が送ってくるから」以外に持ち合わせていはいない。
俺たち、もう終わりなのかな?
イヴォンヌ……。
恋愛において、すれ違いはある。
俺が三百二十七歳で、相手が台湾出身の光で、会話の半分を味噌と怪異が占めているなら、なおさらある。
ここは大人として、味噌として、言うべきことを言おう。
イヴォンヌ殿
骨舐ヶ淵の底より、冷めた味噌を啜りながら拝啓。
「なぜそんなにたくさんのメッセージを送ってくるのか」……とは。
イヴォンヌ殿、そのお言葉、聞き捨てなりませぬな。
身共が言葉を尽くして参りましたのは、他でもない。
イヴォンヌ殿がその都度、身共の身の上を問い、報酬を尋ね、挙句にはChatGPTなる機械の名まで出して混乱を招かれたからに他なりませぬ。
お名前は、どこに住んでいるのか、LINEは、お仕事は、お歳は、ChatGPTですか――問われれば答える。
これが骨舐ヶ淵における対話の礼儀にございます。
それを、あろうことか「なぜ送るのか」とは。
これでは暖簾に腕押し、糠に釘、いえ、味噌に釘を打ち込むようなものではございませぬか。
いくら打ち込んでも、味噌は「そうか」とも「なるほど」とも申してくれませぬ。
まことに味気ない話にございます。
骨舐ヶ淵には「縫口九官鳥(ぬいぐちきゅうかんちょう)」という、口を縫い付けられた鳥が一羽おります。
ほとんど鳴くこともできぬ身の上ながら、身共が毎朝「おはよう」と申せば「……んむ」と小さく相槌を返してくれます。
その一声だけでも、会話というものは成立するのでございます。
失礼ながらイヴォンヌ殿、ここ数時間のお便りでは、その九官鳥の方がまだ身共の話に律儀に付き合ってくれているような気さえして参りました。
イヴォンヌ殿の言葉は、その一声よりも遥かに空虚に、身共の味噌樽に響く虚しい空音のように感じられます。
もっとも、これも骨舐ヶ淵と現世の文化の違いというのであれば、身共が学ばねばならぬことなのでございましょう。
とはいえ、三百二十七年かけて身につけた文通の癖は、そう簡単には抜けそうもございませぬ。
もし本当に「身共という怪異」との対話を望まれるのであれば、この味噌が沸騰するような、もっと気の利いた問いを持ってくることです。
さもなくば、この通信の縁は、ただの霧として消え去るのみにございますぞ。
骨舐ヶ淵の御用聞き
味噌達磨 天魔二郎
イヴォンヌが今の俺と話したいようには到底見えない。
初めに俺に話しかけてきた時の彼女はどこに行ってしまったというのか。
あんなに俺のことを褒め、好きと言ってくれたじゃないか。
そんなにLINEを断ったのが気に食わなかったのか。
世界の滅亡よりも愛を選ぶ、そんな男が良かったのか。
俺が甲斐性のないばかりにイヴォンヌに愛想を尽かされてしまった。
なんということだ……。
俺は世界を守った。
だが恋を守れなかった。
ヒーローというのは、いつもこうだ。
誰かを救う代わりに、誰かを失う。
俺の場合は黒味噌汁の災害を防いだ代わりに、会ったこともない台湾出身の女性を失いかけている。
規模は小さい。
だが痛みは本物だ。
LINEで私を追加できないなら、そのことは忘れましょう。
さよなら
ああ……。
やはりLINEだった……。
ついに別れを告げられてしまった。
初めは向こうから話しかけてきたが、別れのきっかけを作ってしまったのは俺だ。
既読之魔神を恐れ、世界を守ろうとした。
その結果、イヴォンヌの手を取ることができなかった。
もしあの時、俺がLINEを追加していれば。
もし大百足の制止を振り切っていれば。
もし大豆をどけて封印札を剥がしていれば。
俺たちは今頃、もっと良い会話をしていたのかもしれない。
「今日は何をしていましたか?」
「怨霊共に、味噌を配っておりました」
「素敵ですね^^」
そんな穏やかな日々があったのかもしれない。
こうなってしまえばこちらも男らしく後ぐされなく別れを告げよう。
さらば、愛しのイヴォンヌ……。
イヴォンヌ殿
骨舐ヶ淵の底より、これがおそらく最後の拝啓にございます。
「忘れましょう。さよなら」
このお言葉にて、骨舐ヶ淵の味噌会議も、静かに閉幕にございます。
承知いたしました。
LINEの封印は、結局最後まで解かれることはございませんでしたな。
既読之魔神は今日も樽の奥底で静かに眠り、大百足どもも「世界が味噌汁に沈まずに済んだか」と安堵しております。
長老百足に至っては「これにて骨舐ヶ淵、また一つ因果を全うせり」と、涙ながらに大豆を三粒、宙へ放り投げておりました。
思えば、不思議な文通でございました。
台湾の光より届いた一通の便りから始まり、骨舐ヶ淵の話、伝書大百足の珍道中、焔鬼様と今川焼きの縁、味噌配給の仕事、挙句にはChatGPTなる新参の妖との濡れ衣、口を縫われた九官鳥の相槌まで。
現世の方とこれほど長く筆を交えたのは、身共も三百二十七年ぶりでございます。
もっとも、その三百二十七年前の相手は江戸の祈祷師でございましたゆえ、「LINEを交換しましょう」とは一度も申されませんでしたが。
イヴォンヌ殿。
もし今後、現世でふと「何かが足りない」「何かが腐敗している」と感じる夜があれば、思い出してください。
それは、あなたの心のどこかに、身共の味噌がほんのひとさじ、塗り込まれた証にございます。
そしてもし、どこかで赤黒い霧を見かけ、味噌の香りが風に混じり、遠くから「カラカラ」と餓者髑髏の足音が聞こえましたなら、それは骨舐ヶ淵が、ほんの少しだけ現世へ近づいた合図。
その時はどうか恐れず、一礼だけなさってください。
大百足どもも、九官鳥も、焔鬼様も、身共も、「ああ、あの台湾の光が元気に暮らしておる」と分かり、また静かにそれぞれの日常へ戻って参ります。
貴女の未来が、大百足どもの羽ばたきのように、混沌と活気に満ちたものであらんことを。
既読之魔神も、あなたを追うことはございませぬゆえ、どうか安心して、その「LINE」なる箱と静かな日々をお過ごしください。
では、身共もこれにて筆を置きましょう。
今から百年ほど、味噌をかき混ぜねばなりませぬゆえ。
またいつか、味噌樽の底で。
骨舐ヶ淵の御用聞き
味噌達磨 天魔二郎
……
…………
………………
ということで、noteても国際ロマンス詐欺が横行している。
XなどのSNSではよくある手口だが、まさかクリエイターの街を謳うnoteでもこんなことが起きるとは。
noteは特に、他のSNSをやらない人やそもそもの警戒心が低い人、本当に純粋なファンだと思ってしまう人が出てきやすい土壌にあると思われる。
「あなたの投稿が素敵です」なんて言われたら、そりゃ一瞬くらいは心が動く。
俺みたいに、心が動いた勢いで味噌達磨としての戸籍を開示する人間は少ないとしても。
プロフィールのいかにもなAI美人、AI生成記事を見たら、まず疑ってかかった方がいい。
とはいえ、普通の利用者もしれっとAIに作らせた記事を公開して悦に入っているのが今のnoteの現実でもあるので、そこは皮肉なものだ。
AIに作らせた記事が並ぶ場所で、AI美人が「ChatGPTを使っていますか?」と聞いてくる。
お前ら全員、一回味噌樽に入って話し合え。
とにかく、特にネット慣れしてない人には気をつけて欲しい。
今回俺がやったことは、いわゆるScambait(スカムベイト)という行為で、詐欺師を誘き出して翻弄し、無駄な時間を消費させるというものだ。
一見ふざけてるように見えるだろうが、実はこれ、しっかりと社会的貢献になっている。
超絶ざっくり説明すると、詐欺師が俺の文言を翻訳にかけ、読解に頭を悩ませている時間の分、他の詐欺に遭う人間にかける時間がどんどん削れていくという寸法だ。
「穢門より出でた味噌」のような文を翻訳機にかけ、意味を考え、上司に相談し、最終的に「chatGPTを使っていますか?何の話をしているのか全く理解できません。」へ到達するまでの間。
その時間だけ、別の誰かに送られるはずだった怪しいメッセージが止まる。
世界のどこかで、一人の詐欺師が「なぜ日本の男は味噌を配りながら国際恋愛をしているのか」と頭を抱えている。
それはもう、立派な社会貢献だろう。
ただし、普通のスカムベイターは即興でこれだけの世界観を作り上げて毎度長文で返したりはしない。そこはシンプルに俺の頭がおかしいだけだ。
1つ注意点としては、俺は訓練を受けた味噌、もといネット歴も長く元から全ての情報を開示しているのでこういうことをやっているが、遊び半分で自分もやってみようとすると、言葉巧みに個人情報や決済情報などを抜かれる可能性がゼロではないということだ。
こういうものに対しては古典的な対策が最も有効で、無視と通報が1番なので、皆さんがこういうメッセージを送られてきた際は絶対にそうして欲しい。
俺は今回、世界を救った気になっている。
だが普通に考えれば、詐欺師の時間を奪うために、俺もまた数時間を使い、何通もの長文を書き、骨舐ヶ淵の歴史と産業構造を整備し、味噌達磨 天魔二郎という人格を三百年分生やした。
社会貢献と呼ぶには、俺の消費カロリーが高すぎる。
それにしても、俺としてもまさか詐欺師側から「お前AIだろ?」「なぜそんなにメッセージを送ってくるのか?」「さよなら」と言われるとは思っていなかった。こいつらも仕事のはず。
そして大概システム化されたスクリプトかbotに頼っているはずだが、あまりに骨舐ヶ淵の世界観が意味不明過ぎたんだろう。
「豆餅の焔鬼」なんてネーミングセンスはネイティブ日本人でも意味不明なのに、外国人からしたら本当に理解できなかったんじゃないか。
俺も意味は分かっていない。
豆餅の焔鬼とは何なんだ。
なぜ全身が炙りたての豆餅なのか。
なぜ和菓子中毒なのか。
なぜ今川焼きを給料として渡してくるのか。
書いた俺が説明できないものを、翻訳機と詐欺師が理解できるわけがない。
とはいえ、やはり自我を出されるとは思っていなかったので、そこは素直に驚きだ。
というか、よくこいつはここまで付き合ったなとすら思う。
きっと進行度合いによってインセンティブがあるのだろう。
でも、費用対効果が薄すぎるよ。
俺がオペレーターなら1通目で切り捨てる。
「台湾の美しき光にして、note界に舞い降りし芳ばしきパクチーよ。」
ここで切る。
上司に報告する。
「すみません、この日本人はちょっと無理です」
それで終わりだ。
なのにイヴォンヌは、年齢を聞き、仕事を聞き、給料を聞き、ChatGPTかを聞き、最後には「なぜそんなにたくさんのメッセージを送ってくるのですか?」と、本当に疲れた人間みたいなことを言った。
たぶん向こうも途中から、仕事なのか、罰ゲームなのか、俺がAIなのか、味噌なのか、分からなくなっていたと思う。
イヴォンヌの上司、俺を雇ってみないか?
翻訳にかけても意味が通らない日本語を、無限に生成できるぞ。
福利厚生はいらない。
今川焼きだけでいい。
というわけで、俺のワールドワイドな国際ロマンスは、既読之魔神の完全封印とともに幕を閉じた。
ちなみにイヴォンヌから「さよなら」を告げられた日の夜、骨舐ヶ淵では緊急お通夜会議が開かれた。
紋付袴の餓者髑髏は「せっかく空港まで迎えに行くために骨をピカピカに磨いたのに……」と激しく落胆し、長老百足は「味噌が色気づくからこういうことになるのじゃ」と大豆を齧りながら愚痴をこぼしていた。
豆餅の焔鬼様に至っては、「おい天魔二郎、今月の味噌の仕込みはどうした」と、今川焼きを片手に普通に怒ってきた。
失恋の傷は深い。
頭部の味噌はすっかり冷めきってしまった。
だが、これで良かったのだ。
世界の通信網は守られた。
ありがとうイヴォンヌ、君と過ごした時間は忘れない。
皆さんも、noteの街で「台湾出身のイヴォンヌ」に話しかけられたら、迷わず通報ボタンを押すか、あるいは心の中でそっと「骨舐ヶ淵」の霧を召喚してほしい。
それでは、俺はこれから300年ほど味噌をかき混ぜる作業に戻るので、今回はこのへんで。
ロマンスの神様、今日もありがとう。
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