山登り人生VOL871古巣の記念山行、70周年時は退会していた。
1969年9月23日から記録を執り始めた山日記を5年前からブログで振り返っています。このシリーズは4年前からです。
2013年度最初の山行は、所属会の創立60周年記念山行でした。
10年後はあるだろうかと話していたが、
当時の仲間はご逝去されたり
私を含め退会したりと揃うことがない。
時の流れだ。

No1035創立60周年記念山行(九重山系・法華院山荘)
平成25年4月13~14日 26名参加
Aコース(牧ノ戸峠~星生山~久住山~中岳~久住別れ~法華院)会員10名
OB1名
Bコース(吉部~暮雨の滝~坊がつる~法華院山荘)私・M顧問ほか5名
Cコース(大曲~すがもり越~三俣山~すがもり越~法華院山荘)4名
Dコース(車入山)M名誉会長夫妻ほか6名

Nさんのお世話で無事、記念山行が盛会のうちに終了した。
今回の成功は、
殆どの会員参加と共に古老Eさん(S34年入会・在籍54年・79歳)、
T先生(S39年入会・在籍49年・79歳)、
M名誉会長(S48年入会・在籍40年・83歳)、
M顧問(S50年入会・在籍38年・84歳)と在籍が長い皆さんと、
入会は平成13年とまだ在籍12年であるが
72歳のI先生の参加が一番の要因である。
T先生の車手配で歩けない会員も山荘に集うことができた。
また、
岩国から参加いただいたOBも久し振りの対面で懐かしい限りでした。

7時30分に佐世保駅前を出発したマイクロバス組は、
牧ノ戸峠(10時30分着)でAコース班を、
大曲でCコース班を下ろして
最後に吉部でBコース班が下車して登山を開始した。

Bコースの私は、M顧問と二人で昔話をしながら大船林道を歩いた。
1時間半ぐらい歩いた頃、
後発のT先生車が追いついて来たので、M顧問には乗車いただいた。
吉部「九州芸術の杜」で美術館巡りしていたので、丁度いい具合であった。


M顧問と別れた後、鳴子橋の先で暮雨コースの三人を待って15時10分に法華院山荘入りした。野焼した坊がつるの景観は初めてであった。



各コースも三々五々、山荘に集結し早速喉を潤し盛り上がった。
手分けして持ち込んだ酒類や肴を食堂に並べ18時過ぎに祝賀会が始まった。
私の挨拶のあとM名誉会長より、山荘の主からも祝辞をいただいてM顧問の乾杯で宴が始まった。


これまで20周年(山なみ記念号発行・穂高春山合宿)、
25周年(黒髪山系地域研究・竜門での祝賀会)、
30周年(前穂高岳岩登り合宿・記念誌発行・黒木での祝賀会)、
35周年(九州標高1,000m以上58座完登・黒木での祝賀会)と
5年毎に大きな合宿に取り組み、
40周年は初代会長の訃報もあり一周忌追悼登山を星生山に集中登山し、
50周年は恒例のチャレンジ登山に冠をつけて総合グラウンドから将冠岳を歩いた。
今回の形は実に20年振りの記念行事らしい祝賀会であった。

次回、70周年はもう参加できないとの話もチラホラ。
長老達には現実的な話かもしれないが、私も74歳になっている。
他人事ではない気がした。
今の元気がいつまで続くか、
日々を大切にし山登りをいつまでも続けたいものである。
長老の皆さまも
末永く健康で会を支えていただきたいと祈念する次第である。

K君が準備した「山の歌掲示紙」で歌い盛り上がった。
2月英彦山では歌詞が続かず尻切れであったが、いいアイディアであった。
他の宿泊者も多くご迷惑を掛けたのだろうが主の気配りでかトラブルも起きることなく、予定時間前には食堂での宴をお開きにした。
二次会は宿泊棟で盛り上がったが、いつものように歯止めが利かない人もでて22時頃か別の部屋に引き上げ眠りについた。
25時過ぎまで頑張った面々もあったとか。

朝から温泉に浸かった。
7時頃までに朝食を終え部屋を片付け8時には外に出た。
記念写真を撮り、皆、吉部コースで下山する。

私ほか4名は大船林道から、他は暮雨コースから吉部に下った。
林道コースは2時間で下る。



既にマイクロバスは到着しており、喉を潤していた。
皆さんお疲れでした。
