この夏、再読してよかった小説5選:同じ本なのに、前とは違う言葉が残った
久しぶりに読んだ本なのに、
「あれ、この本って、こんな話だったっけ?」
と思うことがあります。
もちろん、物語は変わっていません。
変わったのは、たぶん私のほう。
以前は通り過ぎた言葉が、今はやけに心に残ったり。
昔は主人公に共感していたのに、
今回は別の登場人物の気持ちがわかったり。
本を再読することは、
昔の自分と今の自分を比べることなのかもしれませんね。
この夏、そんな体験をさせてくれた
小説が5冊がこちら。
『ライオンのおやつ』
『蜜蜂と遠雷』
『羊と鋼の森』
『ツバキ文具店』
『舟を編む』
どれも大好きな作品です。
でも、読み直してみると、
以前とは少し違うものを受け取っていました。
今回は、この夏、再読してよかった5冊を紹介します。
1.『ライオンのおやつ』小川糸
つらかった時間の先で、人生の光を受け取る
余命を告げられた主人公・雫が、
瀬戸内の島にあるホスピス「ライオンの家」で過ごす日々を描いた物語。
扱われているテーマだけを見ると、
とても重い小説に思えるかもしれません。
けれど、この本を包んでいるのは、
むしろ静かなあたたかさです。
食べること。
誰かと話すこと。
海を見ること。
お茶を飲むこと。
限りある時間のなかで、
何気ない日常が、
どれほど愛おしいものだったのかが見えてきます。
再読して、とくに心に残ったのは、
「人はひとりで生きているわけではない」ということでした。
誰かに何かをしてもらう。
誰かのやさしさを受け取る。
それもまた、生きることなのだと思います。
人生には、
自分の力だけではどうにもならない時間があります。
そんなとき、
差し出されたものを受け取ることも、
大切な力なのかもしれません。
2.『蜜蜂と遠雷』恩田陸
今の自分の音を、世界に響かせる
国際ピアノコンクールを舞台に、
さまざまな背景を持つピアニストたちが競い合う物語です。
音楽を文字で描く。
それだけでも相当に難しいはずなのに、
読んでいるうちに本当に音が聞こえてくるような感覚になる。
何度読んでも、すごい小説です。
でも今回心に残ったのは、
「誰が一番優れているか」という競争そのものではありませんでした。
登場人物たちは、
ほかの人の演奏を聴くことで変わっていきます。
誰かの才能に圧倒され、
刺激を受け、
自分のなかにあったものを発見する。
競争しているのに、
同時に互いを育て合っている。
そんな不思議な関係があります。
誰かと比べて
「自分には足りない」と思うのではなく、
誰かの表現によって、
自分のなかに眠っていたものが呼び起こされる。
人と出会うことは、
自分の音を見つけることでもある。
そんなふうに読めた一冊でした。
3.『羊と鋼の森』宮下奈都
誰かと響き合うために、自分の音を整える
高校生の外村は、
学校にやってきたピアノ調律師と出会い、
その仕事に魅せられます。
やがて自分も調律師になり、
さまざまなピアノや演奏者と向き合っていきます。
この小説には、
派手な出来事が次々起きるわけではありません。
だからこそ、
「耳を澄ませる」ということについて考えさせられます。
ピアノを調律するには、
自分の思い通りの音にするのではなく、
そのピアノが持っている音、
弾く人が求めている音を聴かなければならない。
これは人との関係にも、
どこか似ている気がします。
伝えることより、
まず聴くこと。
自分の答えを押しつけるより、
相手のなかにあるものに耳を澄ませること。
誰かと響き合うためには、
まず自分自身の音も整えておく必要がある。
静かな物語なのに、
読後には世界の音が少し違って聞こえるような一冊です。
4.『ツバキ文具店』小川糸
言葉の先にあるものを、そっと受け取る
鎌倉で文具店を営みながら、
「代書屋」として人の手紙を書く鳩子。
絶縁状。
お悔やみの手紙。
恋文。
近況を知らせる手紙。
さまざまな依頼人の気持ちをくみ取り、
その人に代わって言葉にしていきます。
この本を読み返して、
改めて感じたことがあります。
私たちが伝えたいのは、
言葉そのものではないのかもしれない。
「ありがとう」
「ごめんなさい」
「さようなら」
たった一言の向こう側にも、
その人が過ごしてきた時間や、
言えなかった感情があります。
だから鳩子は、
文章だけではなく、
紙を選び、
筆記具を選び、
文字の形を選び、
届け方まで考える。
言葉とは、
情報を伝えるためだけのものではない。
誰かの想いを、
誰かへ運ぶものでもある。
便利に、速く、短く伝えられる時代だからこそ、
この物語の「丁寧に言葉を届ける」という姿勢が、
以前よりも心に残りました。
5.『舟を編む』三浦しをん
言葉を探すことは、誰かの世界へ船を出すこと
辞書『大渡海』の完成を目指す編集部の物語。
一冊の辞書をつくるために、
何年もの時間をかける人たちがいます。
言葉を集め、
意味を考え、
用例を探し、
何度も何度も検討する。
辞書づくりは、果てしない仕事です。
でも再読してみると、
そこに流れているのは、
言葉への執念だけではありませんでした。
「この言葉を使う誰か」の存在があります。
辞書を引く誰か。
うまく言葉にできず、
ぴったりの表現を探している誰か。
知らない言葉と出会う誰か。
辞書をつくるという仕事は、
まだ会ったこともない誰かへ、
言葉を手渡す仕事でもある。
タイトルの「舟を編む」という言葉が、
改めて好きになりました。
言葉という海を渡るための舟。
人と人は、
その舟に乗って、
互いの世界へ近づいていくのかもしれません。
再読すると、本ではなく「自分」が変わっていたことに気づく
今回の5冊を並べてみると、
まったく違う物語なのに、
共通しているものがありました。
聴くこと。
感じること。
言葉にすること。
何かを磨くこと。
そして、誰かへ手渡すこと。
以前読んだときには、
ここまで意識していなかった気がします。
本は変わっていないのに、
こちらが変わったことで、
本のなかから見つかるものまで変わっていく。
本棚に眠っている本は、
「もう読んだ本」ではなく、
今の自分なら、
もう一度違う出会い方ができる本なのかもしれません。
新刊を読むのも楽しい。
でも、ときどき昔好きだった一冊を
もう一度開いてみるのも
とても豊かな時間になります。
そこには、
以前の自分には見えなかった言葉が
待っているからです。
さて、あなたが今、
もう一度読み返してみたい小説は何ですか。
