<産経抄>「転石」貫いた生涯、ノーベル賞の利根川進さん逝く2026/7/17
「なのに未だに完璧な癌の治療法はない
科学の粋を結集した新薬は実験動物のネズミにはよく効いたが
人間には効かなかったからだ」
「面白いと思わないか?」
「ネズミの癌治療薬」
「もしかしたらそれが科学の発展の本質かも知れない・・・」
「しかし それが科学の本質だとしても・・・」
「一人の科学者は夢を叶えること以外は考えられないのだよ」
Boichi 『すべてはマグロのためだった』

「転石(てんせき)苔(こけ)を生ぜず」には2つの解釈がある。①一カ所に落ち着かぬ者は大成しない②活発に動き続ける者は古びない―。その人の転石さながらの経歴に驚く。京都大理学部の化学科で学び、分子生物学という分野を究めるために米国へ。
転石苔むさず (てんせきこけむさず、英: a rolling stone gathers no moss) とは、プブリリウス・シュルス(英語版)が『格言集 (Sententiae) 』で記した「一つの場所にも他の場所にも定着せず、常に動き回る人々は、責任や苦労から逃げている」から発生したとされる、イギリスの古いことわざである。
このフレーズは、より短く派生し、苔の無い転石のイメージを生み出した。そして、現代でのその道徳的意味は、人気曲の『パパ・ワズ・ア・ローリング・ストーン(英語版)』で使用されるような風来坊のイメージから、過剰な定着からの自由といった、より好意的なイメージへと分岐していった。
Papa Was A Rollin' Stone
The Temptations
イントロが長いのでインストルメンタルかと思ったw
「君が代」だと「苔のむすまで」なので
根無し草は良くないらしいねw
▼そこで何年か研究に打ち込んだ後、免疫学の魅力に目覚めスイス・バーゼル免疫学研究所へと移っている。行く先々で研究課題を見つけ、新たな発想で解決に導いてきた。米マサチューセッツ工科大教授の利根川進さんは、②の意味で自身の鮮度を保ち続けた転石だった。
利根川 進(とねがわ すすむ、1939年〈昭和14年〉9月5日 - 2026年〈令和8年〉7月11日)は、日本の生物学者。マサチューセッツ工科大学教授(生物学科、脳・認知科学科)、ハワード・ヒューズ医学研究所研究員、理化学研究所脳科学総合研究センターセンター長、理研-MIT神経回路遺伝学研究センター長。京都大学名誉博士。学位はPh.D.(カリフォルニア大学サンディエゴ校)。
生物の知識はほとんどなく、人間の体がみな細胞でできていることは大学に入り、一般教養の生物を取るまでは知らず、友達に話したところ馬鹿にされた[8]。
分数の掛け算ができない大学生がいるんだから細胞を知らないのもあり得るのかな?w
本当に好きなもの以外には好奇心が無いタイプなのでしょうか?
そこから生物学でノーベル賞を取るのだから「知りたいこと」に対しては熱心でストイックな人だったのでしょうね
▼ハイライトはスイス時代の、免疫の仕組みに関する発見だろう。生き物の遺伝子は長い時間をかけて変異する。それが免疫系の遺伝子に限っては親から受け継いだものを急速に変異させ、100億種類もの抗体を作る。無数の病原体に抗(あらが)うためだ。
この書き方だと抄子は勘違いしているようなので補足
抗体(こうたい、(英: antibody)は、白血球のサブタイプの一つであるリンパ球の一種であるB細胞の産生する糖タンパク分子。免疫グロブリン(めんえきグロブリン、(immunoglobulin)、血漿中のγ‐グロブリン(英語版)(ガンマグロブリン)、Ig(アイジー)とも。獲得免疫系の液性免疫(特定のタンパク質などの分子(抗原)を認識して、排除する働き)を担う。抗体は主に血液中や体液中に存在する。
1976年利根川らは免疫グロブリンの遺伝子再構成という現象を発見し[12][13]、この抗体の多様性に関する遺伝子レベルの謎に答えを出した。その他、体細胞超変異、遺伝子変換、クラススイッチ組み換えといった現象も抗体の多様性に関与していることが知られている[14]。
体細胞超変異(たいさいぼうちょうへんい、英: Somatic hypermutation, SHM)もしくは体細胞超突然変異(たいさいぼうちょうとつぜんへんい)とは、適応免疫系が微生物などの新しい外来要素に適応する手段の1つで、クラススイッチの際などに見られる細胞メカニズムである。親和性成熟の中でも重要な一部であり、外来要素(抗原)を認識するために使用されるB細胞受容体を多様化し、免疫系が生物個体の一生を通じて新しい脅威へ適応可能とする[1]。免疫グロブリン遺伝子の可変領域に影響を与えるプログラム済み突然変異を伴う。生殖細胞系列変異(英語版)とは異なり、SHMは生物の個々の免疫細胞にのみ影響を及ぼし、子孫に遺伝することはない[2]。B細胞リンパ腫[3]その他の多くの悪性腫瘍[4][5]の発症のメカニズムに誤標的化体細胞超変異が関わっている可能性が高い。
あらかじめ用意されたB細胞の中から抗原の形に合う細胞だけが急増殖し
少しずつ変異してより合致する免疫を作ると言う理解で正しいだろうか?
その細胞はその抗体に特化した「専門家」になります
それとは別に生まれつきの「自然免疫」もあるので一緒くたになっちゃったかな?w
▼「100年に1度の大研究」とノーベル賞の選考委員が評した事績で、日本人初の生理学・医学賞を手にしたのは昭和62年、48歳のとき。スイスでは研究途中で任期が切れ、一度解雇されている。無視して居座り、無給で実験を続けた時期もある。
時間のかかる実験は人間の任期なんて概念なんて無関係ですからね
給料を払わなくてもそこの研究所の成果としてカウントされるので
両方にとってwinwinだったのでしょうw
▼逸話が物語るのは、本懐をみつけた研究者の矜持(きょうじ)だろう。免疫研究が一段落した後は、脳の働きや記憶のメカニズムに新たな地平を求め、名だたる科学誌にその研究成果を発表してきた。まだまだ世界を驚かせてくれると思っていたが…。利根川さんが86歳で亡くなった。
当時の利根川はサラリーマンになる気がなく大学に残ることを考えていた。そのため、化学科の中でどの教室を選ぶかが重要になるが、化学は有機にしろ無機にしろ既にできあがった学問であり自分がやることは残っておらず魅力はないと考えたためにやりたいことがなく悩む。
「できあがった学問」というのは違うんでない?
それこそ生分解性プラスチックだの電池関係だの
でも当時の彼の興味がDNAにいったからそこしか見えなかったのかな?w
▼日本球界での栄光を捨てて、米大リーグに渡った野茂英雄投手のファンだったと聞く。「転石」の研究者人生は、無頼の性分が歩ませたのかもしれない。一つの分野に何十年も居座り続けるような大御所はいやだ―。あるインタビューでそう語っていたのが忘れ難い。
野茂が大リーグで野手に転向したのならその例えも合うんですがね投手から野手に転向した王貞治やイチローならわかるんですけど
競技そのものを変えたジャンボ尾形の方がふさわしいかなw
免疫システムはほぼ無限の種類の抗体を作ることができるが、約2万個しかない遺伝子で抗体がどう作られるのかは大きな謎だった。
利根川氏は、マウスの免疫細胞が成熟する過程で、遺伝子の断片が再編成されて多種多様な抗体が作られる仕組みを発見し、76年に発表した。遺伝子がダイナミックに組み換わるという発見は生物学の常識を覆した。
さすが読売新聞
これは中学生でもわかりやすい簡潔な文章でちゃんと説明できています
生物に興味のなかった少年時代の利根川さんには難しいかもしれませんけどねw
*
昨日に続き『すべてはマグロのためだった』から引用させてもらいました
この主人公は少年時代に食べたマグロを復活させるために
あらゆる分野を横断してあらゆる手段を試みます
その副次的効果で地球を救いながら・・・
そしてついには謎の知的生命体まで作ってしまいましたw

凡人は「マグロが無いなら焼肉を食べればいいじゃない」となってしまいますねw
利根川さんは漫画の主人公のような研究者だったと言えないでしょうか?
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まあ核融合炉が実用化されればできるかもねという程度ですが・・・
紀元前から研究された「錬金術」が本当にできそうです
過去の錬金術では金を作れなかったけれど化学などの科学に貢献したのはご存じ通り
「すべてはマグロのためだった」の主人公はノーベル賞授賞式で一言「ネズミだ」と答えますが
副次的効果の方が本質なのはどんな仕事でも当てはまるのかもw
