ハノイ情緒に、黎朝建国伝説を重ねて。
■「亀博士」ドゥック氏が86歳で死去。
・最近のニュース、「ベトナムの首都ハノイ・ホアンキエム湖の大亀研究に貢献、「亀博士」ドゥック氏が86歳で死去」。
・ハノイ市「ホアンキエム湖に生息する大亀の研究で『亀博士』として広く知られたハー・ディン・ドゥック博士が、8月7日午前4時45分、入院先のハノイ市フウギ(友好)病院で死去した。86歳だった」。ドゥック氏は「脳卒中や肝臓がんなどのため約2か月前から入院し、闘病を続けていた」。
・ドゥック氏は「1940年、北中部地方タインホア省スアンホン村(xa Xuan Hong、旧トスアン郡)で生まれた。1991年にホアンキエム湖の大亀を目撃したことを機に、その生態や歴史の調査に数十年にわたり取り組んだ」。
■湖の環境保全活動に貢献。
・同氏は「湖の環境保全活動や『道路元標(キロメートルゼロ)』の設置提案など、ハノイ市の文化の発展にも寄与し、2012年には『首都の優秀市民10人』に選出された。この大亀は「世界で2個体しか公式に生存が確認されておらず、極めて深刻な絶滅の危機に直面している。ベトナム国内では、2016年にホアンキエム湖の個体が、2023年にドンモー湖の個体が死亡した」。
・現在「公式に生存が確認されているのは、ハノイ市のスアンカイン湖の野生個体と、中国の動物園にいる個体のみで、種の回復への見通しは極めて厳しい状況となっている」。
■ホアンキエム湖と大亀のエピソード。
・余談、ここでホアンキエム湖と大亀のエピソードについて整理しておきたい。なぜホアンキエム湖と亀はこれほどまでに語り継がれているのか。その原点は15世紀の黎朝(レ朝)建国伝説にある。
・当時、明朝の支配下にあったベトナムを解放すべく立ち上がった英雄レ・ロイ(黎利)は、神亀(Kim Quy)から授かった宝剣「順天」を振るって敵を撃退した。独立を果たした後、彼がこの湖で舟を出していると、水中から現れた大亀が剣を奪い返し、深みへと消えて行ったという。この「剣を還した湖」こそが、ホアンキエム(還剣)湖の名の由来である。そう、ベトナムの人々にとって大亀は、国家の危機を救う平和の使者であり神聖な存在なのだ。
・水面に浮かぶ小さな建物の正体。これは亀を祀るためのものなのだろうか。湖の中央にぽつりと佇む「亀の塔(Tháp Rùa)」は、歴史の皮肉と謎を秘める。1886年に建てられたこの塔は、もともと仏領時代の有力者が自身の父の遺骨を納めようと建造したという裏史実が存在する。しかし時の流れとともに、その異国情緒ある建築は「還剣の伝説」と結びつき、ハノイの象徴として愛されるようになった。
・また、単なるおとぎ話ではないことを証明するかのように、この湖には実際に怪物のような大亀が存在した。湖の規模は面積約12ヘクタール、周囲長1.75km、水深1.2mほどと決して深く大きくはない。しかしそこに生息していたシャンハイハナスッポン(2016年に死亡が確認された個体)は、体長約2メートル、体重170キログラムを超える超大型個体であった。数百年を生き抜いたかのようなその巨躯が時折水面に顔を覗かせるたび、人々は伝説の神亀の姿をそこに重ね合わせてきたのだ。
・そんなことも知らずに、私はただただ朝焼けや西日に照らされたこの湖畔沿いを歩くことが好きだった。ホアンキエム湖(周囲約1.75Km)の西側に位置するタイ湖(西湖 / Hồ Tây / 周囲約17Km)と比べてこじんまりした湖ーーー庶民が散歩し、ハノイっ子がはしゃいだり語らい合い、コミュニティを作り体操する女性陣、観光客が旧市街情緒を楽しみ歩く姿、ここにはハノイの普通の暮らしと国際都市の音色が息吹き続けている。
