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子育てはいつ楽しくて、いつ苦しいのか

菜桜(さいさくら)です。
この記事に触れて下さりありがとうございます。

そろそろ、子育て終盤、子供は大学生と高校生です。

子育ては、いつが楽しくて、いつが苦しいのか。

気持ちも時間も体力も、すべてを容赦なく奪っていく子育て。

愛おしく、憎らしい、どうしても離せない、子供。
そして、きっと、どうやって離れない、子供。
と思って、やってきた。

しかし、子供は、大きくなり意志を持ち、自分の時間を持つ。
やがて、親のそうした気持ちは空回りし、疎まれる。

あんなに、一緒に居たいと言っていたのに。
ずっと、そばを離れなかったのに。

そう思い続けているのは自分だけで、いつしか、でも確実に遠い日になる。
子供が保育園に行っていた頃、職場の先輩に「お母さん、お母さん、って言われているうちが花やで」
何のことかわからなかったけど、年々、その意味がはっきりしてきた。

子供の成長は。親の思うそれより速いと感じることがある。
しかも、年々見えなくなっていく。
何を食べている?何を読んでいる?何が好き?何を考えている?誰の事が大切?

年々、わからなくなっていく。
でも、親は、手の中に子供がいる時点で止まっている。

そんなはずはない。私が知っていることがこの子の全てだ。
やがて、別の世界に住む子供に遭遇する。
知らない世界、自分の全く経験したことのない、新しい、自分の人生を歩んでいく子供。

お母さんもそうだった……。は、もう昔のこと。
加速するすべてに、戸惑っている間に、子供はどんどん追い抜いていく。どんどん先を行く。

その狭い世界を自由に生き、小さい頭であふれる情報を処理する。

浮遊する時間をさまよい、何処にも着地せず、共感を伴わない。

こんなはずじゃなかった。

今は時間がないから大変だけど、子供と一緒に色んなことが出来る楽しい時が来る。
今は食べたり着せたり、手がかかるけど、そのうち人生の色々な話が出来る楽しい時が来る。

その時は、ごく短く、気づくとその楽しいは、親との時間では無くなっている。

この、寂しさ、虚しさは何だろう。

望んでいたことじゃないのか。
子育ての最終目標は『自立』。自分の考えを持ち、自分の力で生きる。

そう願ってやってきた。そこへ進んでいる。少しずつ。着実に。

その思いと、楽しいことは相容れないのか。

ほんの少しの楽しいと引き換えに、苦しいと寂しいを生きるのか。

それが親で、親子なのか。

育ててあげた。自分の気持ちを体力を時間を全て尽くした。

その見返りを求める?親のエゴ?

胸に迫る、心に留まる、この固く柔らかい気持ちは何なのだろうか。



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