休み方がわからなくなった34歳、子どもの頃から振り返ってみた
昨日とある場で「休むのってむずかしくない?」という話をしていた。
「人それぞれ休み方って全然違いますよね〜。私は1歳の娘と遊ぶことも休むに入るし、お風呂に浸かるも休むに入る。だけど、娘とお風呂に浸かるは休むではないんですよね」と話した。
その場が終わったあとも「休み方」について一人で考えていたのだけど、今朝、休んだって一番感じられるのは睡眠だと気付いた。昨晩、頭が動きまくって寝付けなかった、そこに深夜の娘の夜泣き、そして早朝4時にも泣き、そこから寝そうで寝ないまま7時を迎えた。久しぶりのこの感じに白目ひん剥いた。
ここで言う「休み方」って休みの過ごし方なのだけど、そもそも睡眠で自分のベースが整えられてないと何しても休んだ気持ちになれないわな、と。
ちなみに夫と交代で朝に仮眠を取り入れて少しだけベースを整え、動く元気を取り戻した。そこで、突然なんだけど34歳フリーランス1児の母の私の「休み方(休みの日の過ごし方)」をこども時代から振り返ってみたくなったので、つらつら書いてみます。
小学生時代 1999年〜
そらもう休みの日は友達と遊ぶの一択よ。家や公園で遊ぶ、キャッチボール、虫取り、ゲーム、シールとメモ帳とモー娘。の生写真の交換、とにかくチャリでどっか行く、あとはホームパーティかな。習い事もそうかも。水泳、高飛び込み、トランポリン、英会話。あと、母さんの自転車の後ろをとにかく走らされてた。マラソン選手になってほしかったらしい。私は風になった気持ちで走ってたから別によかったけどな。
年中無休のホテルを経営していた両親との暮らしだったので、家族で休みの日にお出かけした記憶がほぼない。家族でスーパーに行くのが私の中の遠出で、テーマパークに行くような気持ちだったな〜。だから今でもスーパーはワクワクする。
そもそも“休む”なんて言葉自体、考えたことがなかったのかもしれない。
中高生時代 2005年〜
部活、プリクラ、ミスドとかフードコートで何時間もくっちゃべる、カラオケ、彼氏とデート、きむやカナヘイに憧れて詩やポエムを書く、占いにはまって5円玉を念力で動かそうとする、とにかくチャリでどっかいく。チャリ最強。チャリがあればまっじでどこまででも行けた。あとあれだ、インターネットに入り浸り、ウィルコムで友達と長電話、そしてアホみたいに朝から夜まで寝る。塾にも行ってたか。高校生はバイトもしてたな。
振り返ると、とにかくアホみたいに寝ることで自然と休むができてたのかも。授業中も寝てたし、テストはじまってすぐ寝落ちもあったし、かなり睡眠足りてなかったのかな。
大学生時代 2011年〜
休みなんていらん!授業とバイト!とにかくバイト!あ、3年くらいまで野球部のマネージャーしてたから部活と授業とバイトや!カレンダーの空欄はとにかく埋めろ!隙間があれば、カラオケ。時々ドライブ(助手席)、旅行。あと、TSUTAYAで5本1000円のDVD借りて1日で観て目がバッキバキになるやつ。自分探しとか流行ってたな〜。映画観たら人生変わるって本気で思ってた時期。
学生最後の年は東京で就活するための夜行バスのお金と生活費を稼ぐために、カフェと居酒屋と施設の宿直のバイト3つを掛け持ちしてたから、休む概念なかった。
朝に宿直から帰ってきて、仮眠して昼からカフェ、そのまま居酒屋に行って深夜に帰宅、朝カフェ夕方宿直でそのまま朝を迎えて仮眠してカフェ⋯⋯。この頃ずっと微熱だった。しぬど。休め。でも100万貯めて東京で保育士なれた。やったー!
この頃の私は、休まないことを問題だと思っていなかったな〜。ずっと微熱出てても元気に生きていけたからな〜。休み方に悩むことなんて本当になかったな。
社会人(保育士) 2014年〜
いえ〜い!自由だ〜!東京だ〜!飲み会、ライブ、フェス、フットサル、スポーツ観戦、カフェ巡り、ショッピング!とにかく休みを謳歌していた頃。定時で帰れる職場だったこともあって、エネルギーしかなかった。遊びすぎてバイトで稼いだお金すぐなくなった。アホすぎる。相変わらずTSUTAYAで5本1000円のDVD借りて1日で観て目バッキバキにしてた。
この頃の休み方は「外に出て遊ぶこと」だったな。まだ体力があった。若いって最高。
コロナ禍 2020年頃〜
すっかり忘れかけていたけれど、ここだよ、休み方についての考え方が大きく変わったのは。やーっと自分の心と体に意識が向き始めて「休み方」も変わっていった。
ヨガ、ストレッチ、筋トレ、料理やおいしい食材・ちょっといい調味料にハマりだしたのも確かこの頃。アホみたいに飲んでいたお酒からも離れ、時間があれば足を運んでいた音楽の場からも離れた。
カレンダーにうまれた空欄にソワソワしながらも、だんだん心地よさを感じはじめて埋めることを目的にしていた手帳のカレンダーを買わなくなった。
マチアプで夫と出会った時期でもあった。付き合って1ヶ月後には東京と名古屋の遠距離恋愛。お休みの日にビデオ通話をつないでで同じ料理を作ったり、交換日記つけたり、ふたりで同じ本を各々読んで感想伝えあったり。恋のパワーってすごいよ。苦手な本もちょっと読めるようになったもん。
結婚も視野に入っていた交際だったからこそ、人と一緒に暮らすことを想像して眠れなくなる日々が増えていった。もともとずっと頭の中でなにかしゃべってるタイプなのだけど、それがより加速して内省に時間を費やしすぎて病んだ。
多くの人が内に意識が向き始めた時期だったと思う。「休み方」にも静と動・内と外のバランスは大事なのかもしれない。
遠距離のまま結婚 2022年〜
まだマスクはしていたけど、ようやく人と自然と会えるようになってきた時期。 夫になるまーくんとたくさん旅行に行ったり、おためし同棲をしたり、当時学んでいたコーチング界隈の人たちとコーチングセッションの練習を休みの日にたくさんいれていた。
この辺りからようやく「休みたい」が私のテーマになっていた気がする。それは、保育の仕事の忙しさもあったし、心が疲れてしまうことが増えていたから。大きな予定のない休日も休んでいる気がしなかった。身体も心も休みたいと叫んでいた。
小学生〜社会人までの「休み方」の空気感と違いすぎておもろい。「休む」に対する意識ってこんなに変わってきたんか。
保育の仕事を一度やめた 2024年〜
10年を区切りに保育の仕事をやめて週3,4日のアルバイトをはじめた。そして、まーくんともようやく同じ家で暮らすようになった。土日の2日間の休みじゃ足りなくなっていたのかもしれない。働きすぎていたわけでもないのだけど、疲れ切った身体と心を回復するにはこれが必要だった。
なにより、通勤1時間以上+不規則なシフトが睡眠をかなり狂わせていた。平均睡眠時間は4,5時間だったと思う。そもそも寝付きが悪くて2時間睡眠で保育をしていたこともあった。こわ。
だけど、仕事をアルバイトに切り替えて、夫と同じ屋根の下で暮らすようになってからこれまでの不調が一気に治って睡眠の質がかなりよくなって、秒で寝れるようになった。そして、娘もすぐに授かることができた。
「なんにもしない」という休み方がものすごく上手にできていた時期。
私の人生、振り幅激しすぎませんか?「休む」ことの大事さよりも睡眠の大事さがよく分かる人生史。
娘が産まれてからの現在 2025年〜今
この頃はなによりも「睡眠」が大事だって夫婦共々わかっていたから、娘の夜間の対応をシフト制にして確実に睡眠が取れる仕組みを作って過ごしていた。そして、足りない睡眠は仮眠で補うことも優先。
それでも、日々疲れは抜けないのだけど、娘が産まれてからは「休み方」に娘という新たな登場人物が加わったことによって考え方が変わってきている。というか、「個人」「夫婦」「親子」「家族三人」それぞれの休み方が違うから、ごちゃまぜにしちゃうと誰も休まらないという結果になっちゃうなーと。
睡眠という土台の確保と、無理をしない過ごし方はとにかく守りたい。だから、休みの日に遠くに出かけるなんてことは全くしたことがない。幸い1歳半が近づいている娘も家の中や近所の散歩でたのしそうに過ごしているので、腰を上げてどこかに出かけるのはまだ先でもいいなーと。
今の我が家にとって、無理に家族全員で出かけることが“休み”になるわけではないんだよね。どこか遠くに行きたければ、個人でどうぞというのが我が家のスタイル。
ここまで振り返っての気づき
「休み方(休みの日の過ごし方)」の話だったけど、
健やかな笑顔と丈夫な体とねむくない頭を維持するために、【睡眠】をとることが何よりも大事です!
というのが、私の答え。「休み方」はそれからだ!
そして、子供の頃の「休む」なんてことを考えず、ついつい体や頭が動いていた「遊び」は本当に健やかな活動だったなーと。私にとって休むことは、まず睡眠で土台を整えること。そのうえで、余白のなかから自然と何かをしたくなる状態を取り戻すことなのかもしれない。
いわゆる「趣味」というやつですね!また新たなフェーズに入っていきそうだぞ〜!
思った以上に長くなったけど、ここまで読んでくださった方ありがとうございます♡みんなの「休み方」もしくは長く続けていたり、最近はじめた「趣味」があったらコメント欄で教えてください!
またね〜!
いいなと思ったら応援しよう!
ここまで読んでくださり、ありがとうございます🍋 もし「これからも読みたいな」と思っていただけたら、お気持ちを託していただけるとうれしいです。いただいた応援は、学びや探求を深め、子どものまなざしを記録し届ける活動に大切に使わせていただきます。