それでも私が私で在りたかった〜デートDV私に起きた全ての事〜#14 【創作大賞2026応募版】
最愛
それからの日々は、静かに、確実に私を削っていった。
誠一の説教は、ほぼ毎晩のように続いた。
きっかけは、本当に些細なことだった。
言葉の選び方。
返事の間。
表情。
そのどれか一つが引っかかると、そこから延々と責められる。
私は否定され、人格を分解され、最後には必ず同じ場所へ辿り着いた。
「お前はおかしい」
誠一は何度も言った。
「絶対にADHDだ」
「俺はそういう人間をたくさん見てきた」
「普通のことができていない」
私は違うと分かっていた。
息子が幼い頃、親として一緒に検査を受けている。
それでも毎日同じ言葉を浴びせられると、自分の感覚さえ少しずつ信じられなくなっていった。
さらに、私の身体も限界に近づいていた。
私は糖尿病を抱えていた。
過去には、重い数値で即入院と言われたこともある。
だから食事には気をつけてきた。
けれど誠一は、私にも自分と同じ食生活を求めた。
甘い飲み物。
不規則な食事。
時間も関係なく繰り返される食事。
説明しても、聞き入れることはなかった。
その結果、私の数値は悪化し、医師から注意を受けるようになった。
それでも誠一は、気にする様子もなかった。
そんな時、定期検査で告げられた。
――がんの疑い。
母はすでに余命宣告を受けていた。
いつ何が起きてもおかしくない状況の中で、自分の身体にも不安が生まれた。
もし私に何かあったら。
最後に、私の人生を一番知っていてほしい人は誰なのか。
その時、浮かんだ名前は一人だけだった。
――岳。
岳は、私に初めて「守られてもいい」と教えてくれた人だった。
10年前。
私はシングルマザーとして、息子を育てることと生活に必死だった。
そんな私と息子を、岳は真正面から受け止めてくれた。
そして、何の迷いもなく言った。
「お前の息子には、好きなことを何でもやらせてやれ。
もし迷った時は、その時に考えればいい。
何のために俺がいると思ってるんだ。」
その言葉に、どれだけ救われただろう。
岳は、自分自身も背負うものがある中で、家族を守り、仲間を大切にしてきた。
私にとって岳は、ただの恋人ではなかった。
安心できる場所だった。
私たちは一度、現実に押し戻されるように別れた。
年齢差。
家族の反対。
それぞれが背負うもの。
簡単には越えられない壁があった。
それでも、不思議なほど何度も巡り会った。
何年、連絡を取らない時間があっても。
お互い別の人と人生を歩んでいても。
それでも、私たちには一つだけ守り続けた約束があった。
――お互いのLINEをブロックしないこと。
完全に切れてしまうことだけは、しなかった。
どこかで、繋がっていると信じていた。
その頃、誠一は私の携帯を管理していた。
連絡先を一つずつ確認される。
「必要ないよな?」
そう言われるたび、私は頷くしかなかった。
選んでいるようで、最初から選択肢などなかった。
そして岳の連絡先も消された。
私の携帯から、岳の痕跡はなくなった。
なのに――
誠一の携帯には、残っていた。
それを知ったのは、誠一が私の携帯を見るようになった頃だった。
私は言った。
「私の携帯を見るなら、あなたの携帯も見せて」
誠一は、すぐには渡さなかった。
理由をつけて、何度も避けようとした。
それでも最後には確認することになった。
そこで私は知った。
岳の名前が、誠一の携帯には残っていたことを。
誠一は知っていた。
岳が、私にとって特別な存在だということを。
それなのに、自分は残し、私には消させた。
その矛盾に気づいた時、私の中で何かが変わった。
そして私は、誠一の携帯の中で、さらに別の事実を目にすることになる。
そこにあったのは、マッチングアプリだった。
顔写真を載せ、複数の女性とやり取りを続けていた。
さらに、ロマンス詐欺によって大金を失っていたことも分かった。
そして、以前関係のあった響子との繋がりまで戻っていた。
画面に並ぶ言葉。
「愛している」
「離婚するまで待つ」
私は、自分の目を疑った。
私が問いただすと、誠一は言った。
「LINE上のプラトニックだから問題ない」
その瞬間、分かった。
誠一が欲しかったのは、愛する相手ではなかった。
自分の思い通りにできる相手だったのだ。
私は、もうそこにはいなかった。
私が本当に人生を共に歩みたいと思った人。
何かあった時、一番に知ってほしいと思った人。
それは――岳だった。
だから決めた。
岳の連絡先を取り戻す。
それは、ただの連絡先ではない。
私が私の人生を諦めないための証だった。
誠一が眠る朝方。
私は、枕の下に隠されていた誠一の携帯を、震える手で取り出した。
怖かった。
バレたら何をされるか分からない。
それでも、止まらなかった。
探した。
そして――見つけた。
岳の名前。
岳の番号。
涙が溢れた。
「……取り戻した」
私は静かに誠一の携帯を戻した。
角度を合わせて。
何もなかったように。
完璧に。
そう思っていた。
数時間後。
誠一は、冷たい声で言った。
「……なぁ。
俺の携帯、触ったよな?」
その瞬間、背中に冷たいものが走った。
――終わった。
ここから、本当の地獄が始まる。
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