北欧神話は、なぜこんなにも筋トレ民に刺さるのか。雷神トールに学ぶ、バルクアップ哲学
筋トレ民って、きっと北欧神話が好きだ。
雷神。
巨人。
世界蛇。
終末戦争。
要するに、男子中学生の好きなもの全部盛りみたいな世界である。
だが、不思議なのはそこじゃない。
北欧神話が筋トレ民に刺さる本当に理由は、もっと深い。
あの神話、
実は
「滅びると分かっていても戦う話」
なのである。
これ、減量末期とかなり近い。
腹は減る。
イライラする。
白米が恋人になる。
それでも、またジムへ向かう。
冷静に考えると、かなり意味が分からない。
だが人間は昔から、そういう「強さ」に惹かれてきた。
重いものを持ちたい。
限界を超えたい。
何かに抗いたい。
北欧神話には、そんな人間の本能が、異常な熱量で詰まっている。
今日はそんな、北欧神話と筋肉の話。
北欧神話の世界観
世界は厳しい。でも戦う

北欧神話は、現在のノルウェー、スウェーデン、デンマーク、アイスランド周辺で語られていた神話だ。
とにかく環境が厳しい。
寒い。
暗い。
自然が強い。
つまり、生きるだけで体力が必要な世界だった。
だから神々も、かなり戦士寄りである。
北欧神話の世界には、巨大な世界樹「ユグドラシル」が存在し、その周囲に神々の国、人間の国、巨人の国、死者の国などが広がっている。
ゲームや漫画の元ネタにもなりまくっているので、知らないうちに触れている人も多い。
だが、北欧神話の本当に面白い部分は世界観そのものだ。
この神話には、ずっと一貫している空気がある。
それは、「世界は厳しい」という前提だ。
自然は容赦ない。
敵も強い。
しかも最後には世界が滅ぶ。
だが、それでも戦う。
「どうせ厳しい。でも戦う」
この感覚が、筋トレにかなり似ている。
筋トレも、楽だから続けるわけじゃない。
脚トレはキツい。
減量は腹が減る。
年齢を重ねると回復も落ちる。
それでもまた鉄を握る。
北欧神話の神々も、たぶん似た顔をしていた。
雷神トール 映画でも大人気の神界のパワー系
北欧神話で、特に人気が高かった神のひとりがトールだ。
「それってアベンジャーズの?」
と思った人。
そう。あのハンマー振り回してるムキムキである。
つまり世界的ヒーローの元ネタが、北欧神話のトールなのだ。
ただし、神話版トールはもっと脳筋寄り。
巨大なハンマーを振り回し、
巨人と戦い、
酒を飲み、
とにかく力で突破する。
完全にパワー系。
しかも面白いのが、そこまで知略タイプではない。
わりと勢いで突っ込む。
だが、それでも人々に愛された。
理由はシンプル。強いから。
これは筋肉にも通じる。
理屈を超えて、デカい身体には説得力がある。
もちろん中身は大事だ。
だが、肩幅のある人が部屋に入って来ると、空気が少し変わるのもまた事実。
筋肉とは、無言の圧なのである。
トールは、そんな「強さへの憧れ」を象徴する存在だった。
トール、猫を持ち上げる その重量、本当に猫ですか?

ある日、トールは巨人の国で力試しを挑まれる。
そこで巨人は言った。
「この猫を持ち上げてみろ」
トールは余裕だと思った。
雷神である。
だが、持ち上がらない。
全力を出して、ようやく少し浮いた程度。
実はその猫、正体は「世界を囲む大蛇」ヨルムンガンドだった。
つまりトールは、世界レベルの重量に挑んでいたのである。
これ、筋トレを始めた頃のベンチ100kgに似ている。
最初はただの数字に見える。
だが、実際にバーを握ると分かる。
あれは数字じゃない。
圧である。
そして知る。
世の中には、本当に重いものがある。
だが同時に、少しでも浮かせたなら、昨日の自分より強い。
トール神話って、そういう「挑戦する価値」を描いている気がする。
トール、海を飲む 増量期、人は理性を失う

別の日。トールは酒飲み勝負を挑まれる。
巨大な角杯を渡され、「飲み干してみろ」と言われた。
トールは飲む。
飲む。
飲む。
飲む。
だが、全然減らない。
実はその角杯、海と繋がっていた。
つまりトールは、海を飲んでいたのである。
脳筋にも程がある。
ちなみに北欧神話では、この時に海面が下がったことで、潮の満ち引きが生まれたとも言われている。
だが面白いのは、それでも海を減らしていたことだ。
これ、増量期の筋トレ民にちょっと似ている。
「俺はいま、本当に人間として正しい量を食っているのか?」
と、急に不安になる瞬間がある。
冷蔵庫も、途中から食事ではなく物流になる。
鶏むね肉が業務用になる。
米が消える速度がおかしい。
だが、筋肉とは時に、常識の外側へ踏み込む行為でもある。
普通の人が「無理」と言う量を積み重ねた先で、身体は変わる。
もちろん健康は大事。
でも少しだけ、理性を越えた挑戦が人を強くする瞬間もある。
トール、老婆に負ける 筋肉は永遠ではない

さらにトールは、
レスリング勝負を挑まれる。
相手は、ただの老婆。
余裕だと思った。
だが、勝てない。
実はその老婆、正体は「老い」そのものだった。
つまり雷神トールですら、老いには勝てない。
これ、かなり深い。
筋トレって、若い頃は「強くなる感覚」が大きい。
だが40代を超えると、少し意味が変わってくる。
回復。
睡眠。
関節。
疲労。
怪我。
今までよりも多くの色々なものと向き合い始める。
若い頃は、筋肉痛が「効いた証」だった。
40代になると、
「筋を痛めたかも…」になる。
しかも何回も来る。
話が変わってくる。
つまり筋トレは、成長だけじゃない。
衰えへの抵抗でもある。
だが北欧神話は、そこから逃げない。
老いも、限界も、滅びも、世界の一部として描く。
だからどこか、異様にリアルなのだ。
ラグナロク 滅びると分かっていても戦う

北欧神話最大の特徴。
それが、ラグナロクだ。
神々の最終戦争。
世界は滅ぶ。
しかも神々は、その未来を知っている。
自分たちが死ぬことも知っている。
だが、それでも戦う。
ここが、北欧神話の核心だと思う。
勝てるから戦うんじゃない。
誇りがあるから戦う。
これ、筋トレにかなり似ている。
例えば減量。
最後がキツいのは分かってる。
腹は減る。
イライラする。
コンビニのパンコーナーが輝いて見える。
それでも進む。
なぜか。
そこに、自分との戦いがあるからだ。
筋トレには完成がない。
どれだけ鍛えても、もっと上がいる。
年齢も来る。
衰えも来る。
だがそれでも、人はまた鉄を握る。
北欧神話の戦士たちも、
きっと同じだった。
世界が終わると分かっていても、最後まで武器を持った。
それはたぶん、勝利のためだけじゃない。
「どう生きるか」のためだったのだと思う。
結論
北欧神話が今でも人気なのは、
単なるファンタジーだからじゃない。
そこに、人間の本能的な「強さへの憧れ」が詰まっているからだ。
デカくなりたい。
強くなりたい。
限界を超えたい。
何かに抗いたい。
筋トレも結局、かなり原始的な行為なのである。
海を飲み、
世界を持ち上げ、
老いに抗い、
滅びを知ってなお戦う。
北欧の神々を見ていると、筋トレって結局、かなり神話的な行為なのかもしれない。
終わりがないと知りながら、
人はまた鉄を握る。
だから脚トレの日、少しだけ思えるのだ。
「あと1repくらい、いけるかもしれない」と。

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