【読書感想】桐野夏生著「燕は戻って来ない」

桐野夏生ファンだと言っているくせに「今更かい?」と思われるかもしれない。
でも、やっと時間を作って読み終えた。
【あらすじ】
北海道のひなびた街に生まれたリキは、仕事が介護くらいしかなかった。だが、介護職は彼女には合っていなかった。リキは其処で働いた金を元手に希望を持って東京へ出てくる。ところが学歴も特技もコネもないリキは安月給の派遣の仕事にしか就けなかった。極貧生活の中で、バイトとして軽い気持で面接を受けたのが「卵子提供」だった。其処で、二十九歳のリキは「卵子提供」ではなく「代理母」の仕事をしてみないか?と誘われる。依頼人は子どもが出来ずに悩んでいた裕福な草桶夫妻だった。
と、ここまで読んで「ちょっと待ってー!!」と思った。この設定って、殆ど昨年の「創作大賞」へ応募した、私の「死者の涙は乾いたか」と、そっくりじゃないか(泣)
あ〜、桐野夏生先生のこの作品を先に読んでいたら、二匹目のドジョウなんて書かなかったのにー(号泣)しかも相手は桐野夏生大先生、やっぱりプロは違った(泣)
話を戻そう(笑)
リキは悩んだ末に、一千万円という報酬に目がくらみ、その仕事を引き受けてしまう。そして双子を妊娠し出産するのだが⋯⋯。
桐野夏生氏の凄いところは、主人公のリキを真面目な女として書いていないところかもしれない。
リキは「代理母」の誓約書の規約をことごとく破る。北海道に帰省して、昔の職場の不倫相手と関係をもち、東京に戻ってからは仲良くなった風俗セラピストと一夜を共にしてしまう。
二人の男と寝た後で人工授精に成功し、妊娠したリキは誰の子なのか悩む。
そこにはまだ「母性」はない。双子だと分かり、不安になったリキは、子どもを求めている草桶夫婦の妻、悠子の親友、りりこの元へ住み込みで働くことにする。
この「りりこ」が変わっていて大病院の娘で裕福な暮らしをしながら「春画」を描いている。
それなのにセックスには興味がなく、一生しないと宣言している。普段から「男根」や「性器」と騒いでいるくせにだ。
さて草桶夫妻の夫の方は、基といい結構有名なバレエダンサーだった。現在は母と都内でバレエスクールを営んでいる。基は以前、結婚していたが、不倫の末に悠子と再婚を果たした。ところが前妻は再婚し二人の子どもに恵まれている。自分達の方は、多額の治療費を不妊治療に費やしても、子どもが出来ない。
そこに変な負い目を感じている。自分の遺伝子を残したい。自分達の財産を自分の血が通った子どもに遺したい。女を子どもを生む機械のように考えている愚かな男だ。
妻の悠子の方は、知性的な人だったが四十歳を超え、自分の卵子が古くて使い物にならないと言われ、そこにまた女性としての負い目を感じ「代理出産」に合意してしまう。
経済的困窮からの脱却を求めたリキ、子どもを欲しいと願った夫婦、どちらもエゴの塊だ。
そして遂にリキは双子を出産する。男女の双子だ。
その赤ん坊を見て、基は父性に目覚め悠子もまた迷いをふっきり母性に目覚める。
さて肝心なリキは⋯⋯
ラストで赤ん坊の女の子の方だけを抱いて、りりこの家から逃げ出してしまう。
「女同士で一緒に生きよう。クソみたいな世の中だけど、それでも女はいいよ。女の方が絶対いい」と。
このラストが「気持が良かった」「爽快だった」「清々しい」と感想を書いた人がいるが、私はそうは思わなかった。無責任な親達のエゴの犠牲になるのは、子どもだ。
この女の子もまた「無国籍児」になるのだろうか。 貧乏は罪ではない。
だが、子どもは親の持ち物ではない。子どもの将来を摘み取る権利は、産んだからといってないのではないだろうか。
映画「市子」を思い出し、不快な気持で読み終えた(私の言う不快は、小説が悪いと評価しているのではい。むしろ素晴らしかった)
この小説は、近い将来セックスに母体を必要とせず、AIと好きなだけ出来る時代が来ることを暗示している。女性をモノとして見るのは止めないか、とも。いや、子どももだろ?と私は思う。
「燕は戻って来ない」
それはリキであり、女児「ぐら」だろうか。
りりこの家の家政婦、杉本が言った。
「赤ちゃんは世界一美しい」
この言葉が命題ではないかと思う。
