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200日観察された生命体は、最後に記録を残した


宇宙には、言葉を持たない知性がいる。

宇宙生命体博物館の館外調査員であるユウは、ある惑星で200日間の調査任務に就いていた。

帰還前日まで、その生命体とは一度も会話が成立しなかった。

それでも毎日会っていた。

そして200日目。

彼は初めて知る。

観察していたのは、自分だけではなかったことを。


3日目

惑星エルダンは緑の多い世界だった。

森林が広がり、巨大な樹木が空を覆う。

知的生命体も存在する。

だが今回の調査対象は彼らではない。

山脈の向こう側に暮らす群居種族の音声体系と社会構造の記録。

それが本来の任務だった。

ユウは仮設拠点で生活しながら、

観測ドローンの回収、

生態サンプルの採取、

翻訳AIの学習データ整理を繰り返していた。

三日目の夕方。

拠点から少し離れた岩場で、

予定外の生命体を見つけた。

灰白色の身体。

四本の腕。

人間の胸ほどの高さ。

顔の凹凸は少なく、

表情はほとんど読み取れない。

その生命体は岩の上に座り、

ただユウを見ていた。

敵意はなかった。

逃げもしなかった。


21日目

同じ時刻。

同じ岩。

同じ個体。

毎日現れる。

調査対象ではないため記録は簡素だった。

未分類生命体。

行動変化なし。

以上。

だがある日、

ユウは気付く。

相手はこちらを見ているだけではない。

ドローン発着場。

作業机。

通信アンテナ。

視線が向く場所が毎回違う。

まるで観察しているようだった。


57日目

試しに平たい石を置いた。

翌日、

その横に別の石が置かれていた。

偶然だと思った。

さらに翌日。

配置を変えた。

翌日。

再び配置が変わっていた。

ユウは記録を始めた。

通信ではない。

会話でもない。

だが反応が返ってくる。

それだけで十分面白かった。


103日目

その生命体は石を集める習性を持っていた。

最初はそう考えられていた。

しかし映像を拡大した解析班が気付く。

石の表面に傷がある。

しかも日ごとに増えている。

自然に付く傷ではない。

四本の腕のうち、

下側の細い二本を使い、

少しずつ刻んでいる。

まるで記録を残すように。


141日目

追加調査が始まった。

博物館の分類では仮称レクタ種。

文明は確認されていない。

都市もない。

文字もない。

だが特徴があった。

重要な出来事を、

何日もかけて積み重ねる。

巣作り。

求愛。

弔い。

子育て。

どれも長い。

一日で終わる行為が少ない。

石に刻まれた傷も、

彼らにとっては文字に近いものではないかと考えられた。


173日目

定期報告会議。

本来の調査対象は順調だった。

翻訳モデルも完成に近い。

一方でレクタ種については評価が割れた。

知性あり。

知性なし。

意見はまとまらない。

ユウは記録映像を見返した。

毎日来る。

毎日見る。

毎日何かを刻む。

たったそれだけの映像だった。

しかし気付けば、

彼もまた毎日その個体を探していた。


199日目

交代要員が到着した。

二百日目で任務終了。

翌朝には宇宙船へ向かう。

最後の夕方。

レクタ種は現れた。

いつも通りだった。

岩の上。

灰白色の身体。

手には石。

特別なことは何も起きない。

ユウは少しだけ残念に思った。

結局、

最後まで分からないまま終わるのだろうと。


200日目

帰還準備が進んでいた。

機材の搬出。

記録データの転送。

交代要員への引き継ぎ。

すべてが終わりかけた頃。

レクタ種が現れた。

そして翻訳装置が反応した。

二百日分の映像。

二百日分の行動記録。

二百日分の学習結果。

ようやく意味推定が可能になったのだ。

ユウは近付いた。

「聞いてもいいか」

生命体は動かなかった。

「君は何をしていたんだ」

数秒の沈黙。

翻訳装置が音声を生成する。

見ていた

ユウは思わず笑った。

「何を?」

生命体は答えた。

あなたを

風が森を揺らした。

それだけだった。

それだけなのに、

二百日分の疑問が解けた気がした。


生命体は石を差し出した。

表面には無数の刻み傷。

解析結果は後に報告書へ記載される。

その石には、

二百日間の接触記録が残されていた。

ユウが来た日。

ドローンを飛ばした日。

嵐の日。

怪我をした日。

笑った日。

毎日少しずつ。

少しずつ。

刻まれていた。


出発時刻が近付く。

ユウは最後に尋ねた。

「明日も来るのか」

生命体は即答した。

来る

「私はいない」

生命体は少し考えたように見えた。

そして答えた。

知っている

短い沈黙。

続いて翻訳装置がもう一つの言葉を出力した。

だから今日来た


展示記録 No.200

三か月後。

宇宙生命体博物館。

調査報告は正式公開された。

結論は簡潔だった。


レクタ種。

知的生命体候補。

文化的記録行動を確認。

移送は推奨しない。

現地調査を継続。


展示ケースには一つの石が置かれている。


来館者には、

ただの石にしか見えない。

だが説明文にはこう記されている。

接触記録標本 No.200 レクタ種個体が二百日間かけて作成した観察記録。

その隣では映像が流れている。

岩の上に座る生命体。

遠くで作業する調査員。

毎日。

同じ時刻。

少しずつ増える刻み傷。


その日の閉館後。

新しい調査報告が届いた。

交代要員からだった。

対象個体を確認。本日も同時刻に出現。

報告はもう一行だけ続いていた。

手には、新しい石を持っていた。


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